第472話 逆転


「男の縄をとるのじゃ!」


 え、ちょま、はい?


 目の前には大勢、なんてもんじゃない。視界を埋め尽くさんばかりに獣人の屈強な男たちが構えていた。


 俺の不注意で捕まったとは言え、ここまでされないといけないのか? ってかそもそも俺は何をされるんだ、今から。


 どの野郎をみても目が血走っていて、正常じゃない。俺を今にもぶっ殺そうとしているのが嫌でも伝わってくる。自分の命がとても儚いものに感じらるのだ。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことかと身をもって体験している。


「お前ら、やれ」


 とても短く簡単なその言葉が一瞬理解できなかった。頭が回らないとかそういう次元じゃない。現実を体が受け入れないのだ。


 俺の心の臓がドクドクと鼓動を打っている。血液が全身を駆け巡りどうにか俺の体に解決策を求めている。だが、心臓がいくら血を回したところで脳には届いてない。届いているのかもしれないが機能していない。



 恐らくブドウ糖が足りないのだろうな。


 いや、違うか。ってか、そもそもここ敷地内なんですけど、確かに広いけど、それにしても多すぎじゃね? 何、屋内でやり合おうとしてるんですか、この人たちは。


 なんでこんな状況になってるんだろうな。全く身に覚えがないし、相手にも顔見知りなんて一人もいない。恨みを買った覚えも売った覚えもない。


 にしても、人多くないか?


「あ、」


 そうだ。そうじゃん、それにしてもこんだけ人がいれば修練メニュークリアできるんじゃん。皆、謹慎中だからどうしようと思ってたんだが、わざわざ家の中に招待してくれたんだ。ありがたく利用することにしよう。



❇︎


「も、申し訳ないっ!」


「……」


 何故か先ほどよりも不可解な状況になっているのは気のせいだろうか。目の前には拘束された人達がおよそ百名ちょい。皆さん、正座した状態で拘束してもらってるので、俺が全員を叱ってるみたいだ。


 先程までは俺一人が拘束されていたというのに、立場がすっかり逆転してしまったみたいだ。立場というか、人数もだが。


 この中で一番偉そうな人物に話を聞いてみると、どうやら息子の報復の為らしい。そういえばそんな奴いたな、という印象だが、流石に親御さんの前で子供を蔑ろにするのは良くないだろうということで、善戦していた風にしておいた。


 俺は気が利く大人なのだ。


 そして、そのお父さんから話を聞いた後に、何を望むのか、と聞かれた。なんでもするから命だけは助けてくれ、と。


 まあ、良くあるやつだな。それにしても何を望むのが良いのだろうか。金、は稼げごうと思えば稼げるだろうし、強さ、は自分で手に入れるものだろうし、んー、他に望むものなんてあるか?


 別にこの人たちの命も欲しくないし、折角なら良いものもらいたいが、別にたいしたことしてないのに何か貰うのもなー、可哀想だ。


「あ、そうだ。じゃあ、二十四時間このままでいてもらえません?」


「はい?」


 そうだ、俺は気が利く大人なのだ。

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