第272話 鋭敏化


 目の前に広がる世界は真っ暗だった。ホワイトアウトした後だったから一瞬理解が遅れたがいつまで経っても光が見えてこなかったから真っ暗だと分かったのだ。


 真っ暗なことがわかったのはいいんだがこれからどうしろというのだ? 真っ暗だから先に進むことすら難しいぞ? いや、真っ暗な状態ではあるが進めるかどうかを試しているのか? 確かにRPGとかでは暗い洞窟の中を探検させられて記憶は結構あるな。つまり、そういうことなのだろう。


 今まで数多く暗闇という世界がゲームに誕生し、経験してきたと思いますが、果たしてあなたはその実物を目にしたときにクリアできますか? ってことを問われているのか。よしよし、ではいくしかないな、進もう。


 まずはひたすら前進してみる。すると案の定行き止まりが発生した。それもそのはず、ただ真っ直ぐ進むだけでクリアできるのならば真っ暗にする理由がほぼないからな。というわけで俺は右か左に進もうとするわけなんだが、どちらにしようか。対して差は無いとは思うがなんとなくとても重要な気がしてならない。そんな気分にさせられる。これが暗闇効果というわけか。


 よし、では左に進もう。


 そう思い左に進み始める。壁を触りながら方向転換をしたため間違いはないはずだ。そしてある程度進んだところで、


 ドシンッ!


 俺はどうやら落ちてしまったようだ。暗闇だから落ちたかすらも実感がないのだが、足を踏み外したという感覚はあるため落ちたのだろう。落ちたのだがたいして痛くも痒くもなかったため、どこにどう落ちたのかがわからない。


 俺が落ちた地面を触ってみると。先の尖った硬い何かがずらっと並んでいる気がするのだが、これはなんだ? なんのためにここにあるんだ? さっき触った壁とも違う材質であるからおそらく異質なものであるはずだ。


 俺が落ちた場所の周辺を探ってみると、また先ほどと同じような壁があった。それも四方向に、どうやら俺は閉じ込められているようだ。だが、立って手を伸ばしてみると普通に、恐らく俺が先ほどまで歩いていたであろう地面に触れることができた。


 つまり俺は落とし穴にはまってしまったというわけなのだろうか。なんとも間抜けな状態であったというわけか。だが自分の視覚が機能していないからか、不思議と全く恥ずかしくないのだ。真っ暗って意外と面白いし、解放的な気分になれる場所なのかもしれないな。


 ただ、それをもし誰かが暗視ゴーグルでもつけていたら一気に興醒めだな。皆の信頼の上で成り立つものだろう。皆っていうほど誰かがいるのかもなぞだが。


 またそれと同時に俺ら人間がどれほど日常的に視覚に頼ってきたかがわかるな。俺はゲーム内でこそ、気配を感じる! とかいう厨二チックなことができているわけだが、現実ではそうじゃないからな。ほぼ視覚に頼って生きている人生だ。


 この階層はそんな人間のライフスタイルに警鐘を鳴らしているのかもしれないな。もっと五感で感じる体験をしてみろということかもしれない。確かに視界を奪われてから、他の感覚、聴覚、嗅覚触覚が鋭くなっている気がする。


 もし今料理を食べたら今までで一番いい食レポができるかもしれないな。まあ、食レポなんてしたことはないがな。

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