第260話 スパーリング


 門を開け、そのまま館の扉も開けて一番大きな気配のある方向まで一直線に向かっていく。すると、そこには王座のように高い位置にある豪華な椅子にふんぞり返って座っている、いかにも成金臭の漂う、一発当てた二十代起業家みたいな風貌をした吸血鬼がそこにいた。


「ふんっ、門の前を彷徨っていた辺りから様子を伺っていたが、まさかここまでやってくるとはな。余程のバカか命知らずかアホかマヌケか身の程知らずだな。まあよい、その気持ちに免じて死ね」


 いや、話に聞いてた通りの奴だな。開幕早々殺しに来るとは流石すぎる。だが、


「おっと、死ねと言った割には、俺はまだ死んでいないようだが? ここの領主は嘘をつくのが好きなのか? しょうもない領主だな」


 勝手に人の家に不法侵入しておいてこの言いようはどうかと思うが、死ねって言われたからイーブンなのだ。殺人未遂に対して不法侵入プラス煽りならどちらが悪か一目瞭然だろう。


「なっ、何故死んでいない!? ふんっ、そうかどうせ小手先の道具やらでも使って死ぬのを一度防いだだけだろう。それならば死ぬまで殺せばいいだけだ。というわけで死ね」


 いや、なんであんなに調子に乗れるんだろうね、見ていて眩しいほどだ。俺自身そんなに社会経験がある方ではないのだが、それでも彼の言動には懐かしさと後悔が湧き起こるほどだ。


 まあ、男の子は誰もが必ず一度は通る道のりだと思う。それをこれほどまでに真っすぐ歩んでいるのは濁りきってしまった俺からすると眩しすぎる。


「……」


「……何故、死なない? 先ほどから何度も俺さまの奥義【吸血】を使っているのだが何故生きている。あと、その憎たらしい顔をやめろ! 俺の両親みたいだ。殺してやる、殺してやるっ!」 


 そう言って彼はその椅子から飛び出し、一直線に俺に向かってきた。かなりの速さだ。そしてその勢いのまま拳を俺の顔面目掛けて繰り出してきた。


 ッバッチーーーーン!!


 流石に顔面でパンチを受け止めるのはダメージ云々の前になんとなく嫌だったから、手を滑り込ませて拳を受け止めておいた。手をどけて見るとそこには驚愕の表情を浮かべた顔がそこにあった。


「肉弾戦が好みなら拳で語り合おうか? まあ、結果は見えているが付き合ってあげてもいいぞ?」


「ちっ、っるせーなー! 黙って死ねやゴラ!」


 彼からさっきまでの余裕も強キャラ感もなくなってとうとう粋がった高校生くらいに成り下がってしまったな。まあ、子供は大人から揉まれるながら成長していくもんだ。今までしっかりと相手してくれる大人もおらず、両親も殺してしまったんだ。俺がみっちり相手してやるぞ。


 この子は拳の喧嘩をしたことがないのだろう。動きが直線的でとても読みやすい。動作も大きく、避けるのも簡単だ。対人戦ではノーモーションパンチで攻撃した方が当たりやすい。


 別に俺も喧嘩の経験は無いんだけどな。これでも最初の頃は拳一つで戦っていたし、対人戦の傾向も少しはある。この子よりはできる自信はあるからな。


「はぁ、はぁ、はぁ、お前はただの人間じゃ無いな、一体何もんだ。そもそもなんでここに来たんだ。別に俺を殺す為でも喧嘩する為でも無いんだろう? 誰の差金できたんだ?」


 お、ようやく冷静になって人の話を聞こうという気になったか。これでまともな会話が出来るな。


 といっても、さっきまでの発言でイライラしたからもう少しスパーリングに付き合って貰おうか。

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