第209話 歌手
明かりがある方に向かうと、そこは正に幻想的な光景が広がっていた。鍾乳洞が淡く光っており、それが地底湖に反射しており、とても綺麗だ。輝き方が、玉虫色の青バージョンとでもいうのか。綺麗で美しく、その中に虹を秘めているようでもある。
「……」
綺麗だ、とても美しい。しばらく言葉が出なかった程だ。久しぶりに絶景をこの世界で見たな。なんというか、この心が洗われていく感じとでもいうか、その神聖な感じに圧倒される。
やはり、人工物では到達できない境地があるのだろう。まあ、この世界自体、人工物と言ってしまえばそれまで何だが。
俺が暫くの間ずっと見入ってしまっていると、何処からともなく、綺麗な歌声が聞こえてきた。
この景色にぴったりな清らかで優雅な、それでいて荘厳な雰囲気を併せ持った歌だ。運営もわかっているな、元々、綺麗だった景色が歌によって更に彩られ、神聖さが増していく。
「はぁ」
なんて綺麗なのだろう。俺はもうずっとそこに留まっていたかったのだが、いつまでもいるわけにはいかない。いつかは離れなければならないのだ。そしていつかは現実に戻らなけれないけないのだ。ならばさっぱり綺麗にここで終わっておこう。
綺麗なものであれば、俺の記憶にこびりついて離れないだろうし、もし、どうしても見たくなったらまた来ればいい。ならば、ここは踏ん切りをつけて敵を探し、先へ急ごう。
そう決意して振り返ると、そこに居たのは、醜い顔をした人魚だった。
「え?」
その人魚は歌っていた。あのとても美しい歌だ。どうやら、あの歌は彼女から発せられていたらしい。とても景色にマッチしていて、違和感なく聞き入ってしまっていたぞ。顔の醜さは置いといて、歌の技量はとても素晴らしい。
ん、これって敵なのか? ようやく見つけた生物だが、ただ歌ってるだけで一切攻撃してくる素振りがない。んー、これは放置でいいかな?
うん、素通りしよう。キモ人魚がやってきた方向は俺がきた道とは反対方向の行った事ない場所だったから、隣をなんの気なしに通ろうとした。すると、
がしっ、
肩を掴まれた。それもかなり尖った何かで。まあ、どれだけ尖ってても痛くないから大丈夫なんだけどな。寧ろ尖ってくれてた方が折りやすいから、そっちの方が楽ではある。
俺の右肩を掴んできた奴の顔を見てみると、どうやら大層ご立腹のようだ。なんか物凄い形相をしているぞ。何かあったのだろうか、それともここだけは絶対に何がなんでも通したくはなかったのか。
俺の右腕を掴んで、物凄い形相でメンチ切った時も歌を歌っていた。俺が剣で軽く攻撃してみても、すべて防がれた。
もう少し試したくなって、ギリギリせめて行こうとしたり、そーっと通ってみようとしたけど、意味が無かった。本気を出そうと思えば存在を消したり、即死させられるかもしれないが、なんかここまでくると、どうしてそんなことをするのか理由が知りたくなってきた。なんでこんなにもここを通させないことに、執着しているのだろうか。
まあ、という訳でもう少し鍾乳洞と地底湖を綺麗な歌声を添えて、もう暫く観察してみよう。
べ、別にもう少し見ていたかったとかではないからな? そこだけは注意していて欲しい。
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