第196話 雲の上


 門番……は見たところいなさそうだった。良かった。確かに、もしいたらもうこんなことしてられないよな。それにしてもでっかい門だな。柱がこんなにも大きいなんて、向こうの柱まで、結構距離あるぞ? 門からこのスケールとはな、ここに住んでる人はどんな格好してるんだろうな。


 ズドーン、ズドーン


 何やら、地響きのような音が聞こえてくる。おかしくないか。ここは空中、それも雲の上だぞ? 地響きが一番起こりそうにない場所じゃないか? なんでこんな音がするんだ?


 そう思い門の中を覗いてみると、そこには予想通り巨人がいた。しかも、スーツを着ている。え、スーツ? 自分で言ったが違和感がすごいな。巨人といえば、どっしりしていて、その体格から重鈍でズボラ、ガサツのようなイメージがある。良く言うとしたら、大らか、だろうか。


 とにかく、優しそうで細かいことは気にしなさそうな巨人が、スーツを着ている。しかも一番上のボタンまで。は? いやいやいや、うん、分かった、一旦落ち着こう。


 落ち着いた上で疑問なんだが、見た目とそのイメージによる、俺の勝手な偏見である、大らかとかズボラが間違っていた、というのは認めるとしてもだ。なんでスーツなんだ? この世界にスーツなんてあるのか? ま、まあ、この塔には現代の街並みまであるほどだし、再現するのは本当に容易いことなのだろう。


 ただ、どうして巨人がスーツを着ているんだ? どういう経緯でそうなったか説明してほしい程だ。俺の巨人像が一斉に音を立てて崩れ落ちていくのが分かる。


 今の現実世界では、仕事でもほとんでスーツは着ないし、もし着ることがあってもそれは特別な行儀などがある時だけだ。結婚式や成人式の時とかだな。それでも、テレワークで殆ど全ての仕事が出来るから、スーツを着ている人を見ること自体少ないぞ。成人式以来のスーツだ。


 なんで、こんなにスーツの話で盛り上がっているんだろうか。それよりも巨人が近づいている、もう目と鼻の先だ。見つけられた瞬間八つ裂きとかやめろよ。俺の肉は食っても美味しくないからな。やめろよ、物騒なことするのは。


 そうやって圧倒的質量の前にただただ怯えていると、門の柱にいる俺にも目をくれず、そのまま俺が居る方とは反対の柱に立った。どうやらこの人が門番のようだ。


 今頃門番に立つなんて、やっぱり巨人は時間にルーズなのかと思ったが、そもそも太陽がずっと同じ位置にあるから今が何時なのかも分からないな。もしかしたら本当は今朝が始まったばかりなのかもしれない。また勝手にズボラなイメージをつけるのはよそう。人は見た目によらないっていうしな。


 見た目と言えば、これもイメージと反するんだが、勿論清潔感もある。スーツを着ているくらいだから当然っちゃ当然かもしれないな。髪もしっかりセットしていて、安定の七三ヘアだ。バッチリ決まっている。決してバカにはしてないぞ?


 よし、早速入る前に、折角だから門番に話しかけてみるか。勝手に入ると怒られてしまうかもだしな。巨人ともコンタクトを取って見たい、どんな生命体なのか純粋に興味がある。


「あのー、すみませーん」


 普通に人に話しかける音量で声を出してしまった。これはもう癖だからしょうがないよな。よし、もっと大きな声で、


「あのー! すみませーん!」


 うん、結構声張ったんだけどな、聞こえそうな香りもしない。もっと気合い入れて、


「あのおおー!!! すぅーみぃーーまぁーしぇーーーんん!!!」


「ん? なんか聞こえるだべ?」


 はい、ズボラ決定です。

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