第173話 ミノタウロスの技


 先生から大事なものを頂いた俺は、再びこの場所に来ていた。ミノタウロスの王がいる、草原だ。


 俺は前回、スキルも、称号も、ステータスも封じられた状態でこいつに挑んだのだが、あえなく撃沈させられた。だが、先生の指導の元、リアルスキルの方を鍛えたのだ。


 足の使い方、剣の振り方、そして、それらを組み合わせて実戦で使う方法、それらをスキルを一切使わずに習得した。今まで、スキルと称号に頼りきりだった俺が、初めて自分の力で歩み始めるんだ。そしてその一歩目で、ミノタウロスを倒してやろう。


「ふぅ」


 行くぞ! まずはミノタウロスに肉薄する。相手の得物は槍で、こちらは剣。明らかにリーチの差がでかい。だが、それも間合いを詰めてしまえば一緒、いや、更に詰めれば小回りの効かなさそうな槍に対して、有利が取れる!


 だが、もちろん簡単に接近させてくれるような相手ではない。俺が近づいてく間に、幾つもの槍撃が飛んでくる。避けながら進むのは確かに難しい。しかし、俺も進化しているんだ。流石にこんな所ではやられない。


 とは言っても、目の前のミノタウロスまでの距離がとても遠くに感じてしまう。もう少しで届きそうなのに、その少しがなかなか縮まらない。


 完全には避けきれず、幾つもの擦り傷が付いてしまう。日頃、俺の傷を癒してくれる自動回復の有り難みが身に染みて感じられる。そして遂に、槍撃の隙間を潜り抜け、あと一歩でこちらの間合いだ、そう感じた時、気が緩んだのだろうか、それとも、急激に上昇した、相手の速度に付いていけなかったのか、


 俺の額が土で汚れていた。


 そして、広場にいた。俺はどうやら転んでいたようだ。もう少しでこっちのターンというところで、惜しいことをしてしまったようだ。それにしても、何故転んだんだ? 俺は、あれだけ道場で走ったが、一回もこけたことはなかったぞ?


 つまり、何かされたということだろう。俺が使えないことから、相手がスキルを使っている可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近いだろう。もし、そうだと仮定するならば、もっと別の方法で、それも原始的な方法によってやられているのかもしれないな。


 何はともあれ、俺が一人で考えても仕方ないだろう。俺にはただただ、愚直に挑むことしかできないのだ。よし、もう一度行こうか。


 だが、その後も、コケた。何度も何度もコケた。理由は分からない。ただ、コケてしまう、いつもあと少しというところで。


 何かあるのは間違いないが、それが分からない。どうしても、あと一歩の所で体勢を崩してしまうのだ。何度も挑戦し、何度も地面を舐めさせられた。


 そして、いつからだろう。あっ、もう死ぬ、というのが直感で分かるようになってきた。


 死ぬタイミングが分かり始めてから、俺はそのタイミングで、相手の動きを注意深く観察してみることにした。もうその頃には無意識に避けれるようにまでなっていたから、可能であった芸当だ。


 すると、ミノタウロスの体が少しぶれているのに気がついた。


 ミノタウロスの体がブレている。正確には、俺が思っている方向には動いていない時があった。そのタイミングで俺は毎回コケて、死んでいる。ということは、俺は、つまり……



 フェイントに引っかかっていたのだ。


 それも、子供騙しのようなフェイントではない。体、雰囲気、気配、俺が考えてもいなかった全てを総動員させて、俺を騙しにきているのだろう。微細な筋肉の動きまで支配して、あたかも本当にそう動いているかのように錯覚してしまう程の、フェイント。


 王はここまでやるのか。ここまでやってこその王なのか。そんなことを考えさせられるほどの完成度だ。俺も、無意識に避けてしまい、それで相手が思った場所におらず、次の攻撃を避けようとして体勢を崩していたのだ。まさに王の力とでもいうように。


 スキルを使わなくてもここまで、出来るのか、ミノタウロスからは本当に沢山のことを学ばさせてもらったな。俺も、何度も繰り返して、心ここにあらずの状態で戦っていたからこそ気づけたのだ。


 これが戦場であったなら、誰一人として、たってはいられないのだろう。


 タネを見破った俺は、再び彼の前に訪れた。今日いつもと変わらず、静かに、そして厳かに佇んでいる。だが、これを見るのも今日が最後だ。


 ミノタウロスよ、お前は本当に素晴らしかった。また、どこかで会えたら、俺の従魔にしたいな。



ーーースキル【無限の闘争心】を獲得しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る