第166話 漢と漢


 遂に岩場を抜け出した俺が、次に降り立った場所はなんと、草原だった。


 一陣の風が吹いた。


 木も岩も川も何も無く、ただただ、だだっ広い草原が広がっている。どこまでもどこまでも続くその草原の中央には一体の大きな魔物がいた。


 ミノタウロスだ。


〈Lv.150 キングミノタウロス〉


 かなり格上のミノタウロスが草原にただ一人佇んでいる。圧倒的王者の風格と威厳をその身に纏い、この草原全てを支配している。数多の挑戦者をその槍をして、葬り去ってきたのだろう。


 向こうから襲ってくる様子はなく、ただ、静かに佇んでいる。まるで、矮小な存在など気にも留めないかのように、悠然とした態度でそこにいる。その、脚力を持ってして、狙った獲物を地の果てまで追い詰めるのだろう。


 そこにいる、ただそれだけで、相手に敵わないと思わせる。事実、俺も思いかけてるのだが、それ程の圧力がある。王としての実力、そして、自信がミノタウロスそのものを形成しているのだろう。無駄なものが一切なく、とても洗練されている。


 勿論、レベル差的なものもあると思う。俺が200レベルだったらこんなにも動じることもないだろうし、逆に俺が狩る側だったのだろう。それが今こうして、蛇に睨まれた蛙の如く萎縮してしまってる。生物としての本能が、理性と共に警鐘を全力で鳴らしている。いわば本当の緊急事態だ。


 こんな体験は初めてだ。以前海龍と戦った時は、そもそも俺がそこまで強くなかったし、死のうとしてたからここまでは感じなかったのだが、ある程度強くなった今なら、自分と相手の距離が鮮明に分かる。圧倒的な差が、今の俺じゃ到底辿り着けないであろう、場所にいる。


 俺は、技能があるわけでもなく、ただただ、ステータスとスキルの力でゴリ押してきただけだった。いわば、俺は単純に弱いのだ。強くはないのだ。現実ではただの一般的な男だし、何か出来るわけでもない。だからこそ、このゲームをすることが楽しかったんだと思う。


 死の恐怖が消えた今でも、まだ遊び続け、強くなろうとしているくらいにはな。


 勿論、ハーゲン達は出していない。これは漢と漢の闘いでもあるし、自分自身との闘いでもあるのだ。ここは、正々堂々全力で真っ向勝負だ。俺はミノタウロスに勝ち、自分に勝って、そして、俺は前へと進む。闘いを始めるために、俺が一歩踏み出し、魔法陣の内から出ると、


「このフィールドでは、特別なルールが適用されます。スキル、称号、従魔の使用が制限され、ステータスも一部制限されます」


 久しぶりの天の声さんだな、ほぅ、特殊ルールか。本当に一対一のガチンコ勝負というわけか。これで俺の勝利は万に一つも無くなったな。


 だが、ここで諦めたら面白くないし、つまんないだろう。つまんない人生を送るくらいなら、死んだ方がマシってもんだ。


 万に一つが無理なら、億に一つ、いや兆に一つでもいいから必ず勝つ。何がなんでも絶対に勝つ。


 俺はいつもの装備を展開する。双頭虎の防具に帝王豚と海龍の剣。こいつらと今までの俺の経験全てをお前にぶつけて、俺は先に進む。


「ふぅ」


 相手は未だ動かない、完全武装をしている俺を見ても全く動じてはいない。王の威厳、それがヒシヒシと伝わってくる。


 まだ動かないということは、俺に先手を譲ってくれるということだろう。それほどの余裕があるということだ、これは今までのどの瞬間よりも気合を入れなければな。


 ミノタウロスよ、俺の踏み台になってくれ。


 いざ、尋常に、参る。


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