第33話
不意を突いた【神颪】によってミノタウロスはしばらくのダウンを余儀なくされた。
その間に物陰へと隠れ体勢を整えようとする天晴達。
「やっとお出ましかよ! 待ちくたびれたぜ!」
「遅くなってごめん。 ちょっとモンスターが手強かった」
「まあここら辺のモンスターは厄介なの多いからな~。 ケガはないか?」
「平気。 それより、これを使って」
「なんだこれ?」
「ナノマシンの操作機らしい。 事前にプログラミングされているらしいから、確かここのスイッチを、こうすれば……」
「お、おお!? なんだなんだ、突然パワーがみなぎってきやがった!」
「これでもう3分間だけ本調子で戦えるはず」
「……つまり、その3分であいつを倒せってことだな!」
「私も戦う!」
「よし! じゃあ3人でやるか!」
応援が来たと言っても依然としてピンチでえることに変わりはない。
それは天晴と火夜も十二分に理解しているはずなのに、二人の様子からはそんな憂いはまるで感じさせない。
律華は心の内で困惑していた。
「玄井門さん、あなた自分が何をしているのかわかっているの? これは遊びじゃないのよ。 下手をすれば死ぬかもしれないってわかって来たの?」
詰め入るような律華の問いかけに火夜は毅然とした態度で答える。
「……わかっています。 でも、だからこそ私はここに来た。 天晴も、そしてあなたも死なせたくないから。 ドクターやメイタンさん。 それにアーサーさんやオーラさん。 浅黄瀬さんから託された想いに応えるために、私は今ここにいる」
「……はっ、なによ。 ついさっき私に倒されたっていうのに。 いったいその自信はどっから来るっていうのかしら。
天晴、あなたはこの子がかけつけるって知っていたの?」
「は? 知るわけねーじゃん。 俺急いでたから何も言わずここに来たし」
「なっ……! じゃああの確信めいた反応はなんだったのよ!」
「そりゃおまえ、信じてたからだよ。 アーサー達がドクターに伝えて、ドクターがなんやかんや解決策を用意して、そんで火夜が来てくれる。 俺はみんなを信じてた。 だから何も心配する必要はなかった」
「信じるって、何の根拠もなしに……」
「根拠なんていらねぇ。 理屈だって必要ねぇ。 それが絆、それが……」
「仲間、とでも言いたいんでしょう。 もう聞き飽きたわよ」
「正解! わかってんじゃねえか!」
にっこり笑う天晴。 そんな彼にやや呆れ気味の律華は溜め息をついてはふと火夜の腰に差された刀を見た。
〈幻魔刀・漆昏〉。
四十八階層の奥地でのみ採掘できるというレアメタル。その中でも特に純度の高いものだけを使用した最高クラスの刀武器。
その硬度は凄まじく。 【神颪】を撃ったというのに傷のひとつもついていない。
しかしそれは値段にすれば10億はくだらない代物であり、とても中等部のルーキーが入手出来るものではない。
先程の火夜の言動からメイタンが手渡したものだとわかる。
もしかすれば、その刀が火夜に自信と力を与えているのか?
律華はそんなことを勘繰ったが、それは間違いであるとすぐに気がつく。
違う、火夜が今臆せずにいるのは人々との繋がりがあるから。
この椿井天晴という人物を通して火夜に繋がりが出来、それが無限のパワーをもたらしているのだ。
そして、いつの間にか少しだけ希望を見ている自分がいることに気がつく。
「ははっ…… この男は、そういうところいつになっても変わらない」
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ何も。 それより時間が無いんでしょう? さっさと決着をつけるわよ」
もはや律華は火夜の参戦を拒もうとはしなかった。
一人よりも二人。 二人よりも三人。
人と人。 仲間という存在がもたらす力にただただ平服するしかなかった。
「そんじゃ、やるぞ! つっても作戦なんかねぇ! 三人の最大技を合わせて奴にぶつける! 二人とも、いけるか!?」
「ええ」
「うん!」
ミノタウロスが立ち上がる。
しかし砂煙の向こう。 僅かに光る3つの光。
「【流星・紅蓮閃翔槍】!!!」
「【禍断之剣・神颪】!!!」
「トンファー……、ビーーーーッム!!!」
風、紅、瞬光。
3つの力が1つとなり、それはやがて大きな光の渦と化した。
大渦がミノタウロスを捕らえる。 必死に抵抗するが、成す術なく呑み込まれていく。
「グモォォォォォォ!!!! オオオオオ……」
ミノタウロスの悲鳴が小さく遠いものへとなっていく。
そして光が魔を浄化した。
降り注ぐ光の粒子。 それは砂塵と共に舞散って、ゆらり、風に運ばれながら土へと還る。
するとそこに宿った1つの命。
「芽が……」
律華が指差した場所には芽が延びていた。
あらゆる生命を拒絶する劣悪空間。 砂以外に何も存在その場所で、花など咲くわけがないその場所で、今、1つの青い命が産声を上げたのだ。
「そんな…… こんな場所で、ありえない」
「ありえなくなんかないさ。 ここはダンジョンだぜ? 驚きと発見が無限に湧いてくる不思議空間だ。 何が起きても不思議じゃねえよ」
天晴はポーチからボトルを取り出し、中に入っている飲用水をある分だけ注いだ。
すると芽は艶を得てさらに活気づいたように見えた。
「花、咲くかもな。 あんな化物から咲く花はいったいどんな花なんだろう」
「同じ化物じみた人喰い花に決まっているわ」
「そうかな? 俺は綺麗な花が咲くと思うぜ。 命の美しさを感じさせる綺麗な花がな」
「私もそう思う。 きっと綺麗な花が咲く」
「へえ、そこまで言うなら賭けていいわよ」
「言ったな? じゃあ負けた方が聞かれたことなんでも正直に答えるってことで」
「乗った」
そんなことを話ながら3人は前線キャンプへと戻った。
入り口を出たところには、鈴華達が待っていた。
「おにーさまっ? おにーさまぁ!」
見つけるなり、天晴の胸に飛び込む鈴華。
「おお鈴華、ただいま」
「おかえりなさい、じゃないですよ! どれだけ心配したと思っているんですか!」
「わりぃわりぃ、でもほら、今日はちゃんと帰ってきたぜ。 ありがとな、火夜を送り出してくれて」
「もう! そんなのじゃ気が済みませんよ! 罰として今日一日ずっとかまってもらいますからねっ!」
「いや、もう体が限界なんだけど…… カプセルで寝たいんだけど……」
「あっぱれ! 私のことももっと褒めてくれ!」
「おまえまで何言ってんだよ! あーもう! やめろ、纏わりつくな!」
三人がそんなやり取りをしていると、その傍らでは律華達もその再会を分かち合っていた。
「律華、おかえり」
「ただいま。 どうやら死にそびれちゃったみたい。 まったく、どっかの誰かさんのせいで計画がめちゃくちゃよ」
「にゃはは、そのわりにはきよきよしい顔しているにゃ?」
「オーラ、それを言うならせいせいしいだよ」
「どっちも違う! すがすがしいよ!」
「あれ、そうだったっけ?」
「そうだったかにゃ?」
「まったく…… ところで、あなた達二人揃って手ぶらの天晴に負けたそうじゃない。 これは鍛え直す必要があるかしら?」
「ぎくっ! そ、それを言うならりっかっちだって中学生にやられそうになってたにゃ!」
「うっ……! さ、最終的には勝ったわよ!」
「でも本気だったにゃー! 大人げないにゃー!」
「なによ、やるっていうの!」
「ウチはいっこうに構わないにゃ!」
勢いのまま、二人は訓練場へと向かっていく。
「あっはは…… 二人ともボロボロのはずなんだけどなぁ……
それじゃ天晴、今日のところはこれで失礼するよ。 律華を連れて帰ってきてくれてありがとう」
「おう! またな!」
そしてアーサーも立ち去り、何事もなく天晴は見送った。
「……えっ!? 今ので終わりですか!? 謝罪とか、もっと色々言うことあると思うんですけど!?」
「探索者が固いこと言うな! 終わったことは水に流せばいーんだよ!」
「え、えぇ…… 納得いかない……」
何はともあれ誰も傷つくことなく帰ってきた。 そして、時は3か月後に移動する。
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