第30話


 「おい、こりゃいったいどうなってんだよ」

 

 場所はDr.ウィリアムの研究室。 天晴はドクターから呼び出しを受けそこを訪れていた。

 

 治療を受ける火夜達を見て天晴が呟く。 彼は状況を理解しきれていなかった。

 

 「それが僕にもさっぱりさ。 二人とも、ボロボロになってここに来たかと思えば理由は聞かず傷を治してほしいって」

 

 「なんだそれ…… おい鈴華! 何があったんだ!」

 

 「……っ」

 

 「なんで黙んだよ。何か言ってくれなきゃわかんねえだろ」

 

 目を伏せるだけで鈴華は何も言わず。 続けて隣にいた火夜にも聞いてみるがやはり返答らしい返答はない。

 

 痺れを切らした天晴は用を足すと言って部屋を後にした。

 

 すると、ちょうど入り口の側に立っていた二人組の生徒を見つける。

 

 「やあ天晴」

 

 「アーサー……? それにオーラも。どうしたんだこんなところまで」

 

 「んにゃ、ちょっとあっぱれに用事があってにゃ」

 

 「俺に? 悪いんだが今それどころじゃないんだ。 仲間が誰かにやられてる。 原因を突き止めねえと」

 

 「……鈴華ちゃんと玄井門さんだね。 そのことについて、僕達は誰よりも詳しく知っていると言ったら君はどうする?」

 

 「どういうことだよ。 まさかおまえら……」

 

 「さあ、どうだろう。 とりあえず着いてきてくれるよね?」

 

 不穏な空気が漂う中、天晴は二人に連れられる。

 

 そうして到着したのは前線キャンプの外れ。 誰も寄り付く気配のない寂れた空地だった。

 

 「……で、おまえらの用事ってなんだよ」

 

 「ああ、うん。 もう大丈夫だよ。 君をここに連れてきた時点で目的は達成したようなものだ」

 

 「そりゃいったいどういう意味だ」

 

 「今から6時間、二人がかりで椿井天晴を足止めしろ。 そういうふうに律華からオーダーが降ったんだ」

 

 「なんのために」

 

 「……それは、あっぱれがちとだけ邪魔だからなのにゃ?」

 

 「邪魔だと? 意味がわかんねえよ。 全然話が見えてこねえ」

 

 「だろうね。 じゃあヒントを与えよう。 確か今現在ダンジョンは封鎖中だったよね。 その理由ってなんだったけかな?」

 

 「ダンジョン内の生態環境が乱れたからその原因を調査するためだろ」

 

 「そう、そしてその原因は〈隻腕のミノタウロス〉が上層に出現したことだと生徒会は睨んでいる」

 

 「あいつか…… 確かに、律華も調査だとか言っていたな。 ……いや、まて。まさか」

 

 「そのまさかなのにゃ。 りっかっちは今ミノタウロスの討伐に向かっている。 これ以上の被害者を出さないために。自分自身にケジメをつけるためににゃ」

 

 「冗談じゃねぇ、危険すぎるだろ。 急いで応援に行かねーと……」

 

 天晴がそう言ってダンジョンに急ごうと駆け出す。

 

 しかしほんの一歩を踏み出すその前にアーサーは腰に携えていた剣を抜き放ち牽制した。

 

 「……いったいどういうつもりだ」

 

 喉元に突きつけられた切っ先に怯むことなく相手を睨みつける天晴。

 

 そしてその眼光に晒されたアーサーは、決して冗談でもお遊びでもないと冷たい視線を送り返した。

 

 オーラが再び口を開く。

 

 「だから、これが私達の役目なのにゃ。 遅かれ早かれあっぱれは今の情報を聞きつけてりっかっちの応援に行こうとするにゃ。 でも、それじゃあダメなのにゃ。

 りっかっちは自分の手でケジメをつけたい。 そうでないと前に進めないから」

 

 「それで戦力を削ごうと鈴華達を襲ったってか? 二人がかりで武器も持たない俺を抑えるってか? 自分達がやってること、おかしいと思わねえのか」

 

 「思わないね。 世界最強の男【未来の探訪王】椿井天晴を相手にするんだ。 どれだけ非道なのだとしても僕達はあらゆる手段を尽くしてみせる」

 

 「……あっそ。 けど、そんな茶番俺は付き合ってらんねえよ!」

 

 フェイントを仕掛け、アーサーの間合いから離脱する天晴。 彼はそのまま退却しようと駆ける。

 

 だが、どういうわけか天晴はアーサー達から20mは離れたかというところでそれ以上前に進むことが出来なくなった。

 

 まるで、踏み出す足が空振るような。 ベルトコンベアの上を逆走するかのような感覚に陥る。

 

 「無駄なのにゃあっぱれ。 うちを中心とした半径20mの空間。 この空間はもう【異空の猫魔女】の名を冠するうちの支配下にあるのにゃ」

 

 「空間操作魔法か!」

 

 「そうにゃ。あっぱれ、おまえはもうおふくろの中のネズミ。どうすることも出来ないのにゃ」

 

 「おふくろじゃなくて袋な! くそ、だったらおまえを戦闘不能にして無理矢理結界を解除させてやる!」

 

 戦うことを決意し挑みかかる天晴。 しかしそこにアーサーが静かに剣を構え立ち塞がった。

 

 「アーサー……!」

 

 「……天晴、諦めてくれ。 丸腰の君にいったい何が出来る? トンファー無しで僕らに挑むなんてあまりに無謀だよ」

 

 「へっ! 昔は箸もろくに握れなかった泣き虫アーサーがえらく勇ましくなったもんだ!」

 

 「ああ、四年前に君を失って気づかされたよ。 男子たるもの、剣一つ満足に振れないようじゃあ仲間を守ることなんて出来ないってね」

 

 「それが分かっていてこんなことしてるようじゃあまだまだだな!」

 

 皮肉の意味を込めそう言って、天晴は大きく跳び下がって再び距離を取る。

 

 そうして錯乱するように、周囲を大きく移動しはじめた。

 

 「……速いな。 さすが天晴だ」

 

 「でも、あの頃に比べて反応出来ない速度ではないのにゃ」

 

 オーラが指を鳴らす。

 

 それに呼応して前方に出現する三つの魔方陣。 そして光の矢。

 

 無数の光矢がミサイルさながら天晴を追う。 尋常ではない速度、そして追尾精度。

 

 天晴は認識していながらも逃げ切ることが出来ずに被弾してしまう。

 

 「くっ……!」

 

 「ネズミみたいにちょこまか動き回ったって無駄にゃ。 天晴、もう諦めるにゃ」

 

 無様にも膝をつく天晴を傍らに、オーラは降参を促した。

 

 しかし天晴は諦めなかった。たとえ武器など無くても、数で不利だろうとも屈する気はことさら無かった。

 

 仲間を傷つけられたから。

 

 それ以上に、律華を説得出来なかった目の前の二人に途方もない怒りの感情を抱いていたのだ。

 

 震える体で立ち上がる天晴。

 

 「……おまえら、やっぱおかしいよ」

 

 「……」

 

 「あれから四年、おまえらは強くなった。 きっと努力したんだろうよ。 あのときのことが悔しくて悔しくて、ずっと頑張って来たんだろうよ」

 

 「……そうさ、僕らは強くなった。 オーラは転移魔法、そして空間魔法を極め、僕はいざというとき仲間を守れるように剣と盾を握った」

 

 「だったら、だったらおまえ達が今いるべき場所はここじゃねえはずだ」

 

 「それは……」

 

 「本当はもうわかってんだろ? 今おまえ達がするべきだったのは、律華と一緒に戦ってやることだったって!」

 

 「くっ……! だとしても、君だけは絶対に行かせるわけにはいかない! 」

 

 「頑固が! なら力ずくでもどいてもらうぜ!アクセスコード! 〈221071〉!!!」

 

 天晴が高らかに六桁のナンバーを口にする。

そしてもたらされる比類なき【トンファーマン】の力。

 

 天下無双、地上最強の力が3分間という制約の中でその身に舞い戻る。

 

 「はぁぁ……!」

 

 天晴が再び動き出す。

 

 その速さは先程までとは比べ物にもならず。線を残すようなその機動はアーサー達を完全に翻弄していた。

 

 「は、速すぎるにゃ!」

 

 「落ち着いてオーラ! 空間魔法を絶対に解かないで! いくら天晴でもトンファー無しで攻め手はないはずだ!」

 

 「わ、わかってるにゃ!」

 

 二人は確かめ合ってそのままの陣形を維持した。

 

 アーサーが前衛として壁になり。

 

 オーラがその後方から魔法を繰り出す。

 

 しかしもう彼女の魔法が天晴を捉えることはない。 どれだけ撃とうとも虚しく空を走るだけだ。

 

 ゆえに二人はもう守りに専念するしかなかった。

 

 下手に動かず、いたずらに時間が過ぎることを願うしかなかった。

 

 しかし天晴もただ動いていたわけではない。

 

 彼にはある狙いがあった。

 

 翻弄し、無防備を晒した二人が直線上に位置する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。

 

 「……!」

 

 そして天晴が移動するのを止める。

 

 反応が遅れ、ひどく驚いた顔を見せるオーラの目の前に姿を現す。

 

 それはつまり全ての条件が揃ったことを意味していた。

 

 「【トンファーマン】はトンファーなしじゃ何も出来ない? それは大間違いだぜお二人さん!」

 

 天晴は体を大きく捻った。

 

 そして繰り出される。 渾身の一撃。

 

 二度はない。 たった一度きりの技がオーラの鳩尾に炸裂する。

 

 「トンファーキックは、トンファー無くても出来んだぜぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 人智を遥かに越えた衝撃がオーラを襲う。 その余波で後ろにいたアーサーにも被害が及ぶ。

 

 二人はものの見事に吹き飛ばされ、立つことが出来ないほどのダメージを負った。

 

 「くっ……! そんな……!」

 

 痛みに顔を歪ませるオーラ。 そんな彼女に天晴は近づいてこう言った。

 

 「……オーラ、日本にはこういうことわざがあんだよ。 窮鼠猫を噛む、ってな」

 

 「きゅ、きゅうすって、うち、別にお茶飲みたい気分じゃない、の、にゃ……」

 

 その言葉を最後に気を失うオーラ。 それに伴い、周囲に及んでいた彼女の魔法が開放される。

 

 それを確認して、天晴はダンジョンの方へと振り返る。

 

 そのとき、辛うじて意識を保つアーサーは傷だらけになり倒れ伏せながらも声を振り絞った。

 

 「……神に愛されたと言わんばかりの驚異的な戦いのセンス。まったく、いつまで経っても君には敵わないな……」

 

 「バーカ、本当はこんなところで力を使うつもりなかったよ。 ったく、いったいこの後どうすんだよ」

 

 「……でも、行くんだろ?」

 

 「あったりまえだ。とっとと律華のバカをひっぱりだして諸々の文句全部ぶつけてやる」

 

 会話はそこまでだった。

 

 天晴は駆け出し、アーサーは何も言わずそれを見届けた。

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