第28話


 律華の強力な攻撃によって荒れに荒れた闘技場。

 

 その中で、鈴華の煽りとも受け取れる言葉を前に律華は目を鋭くした。

 

 「……聞き間違いかしら。 これだけ痛めつけられてまだ私を倒すって言うの? 冗談も休み休みにし……」

 

 「冗談なんかじゃありません。 完膚なきまでに叩きのめしますよ。 スズと玄井門さんの力を合わせて」

 

 「……そう、だったらやってみなさい。 今にその生意気な口を効けなくしてあげるわ」

 

 遊びはおしまいだと言わんばかりに鈴華が槍を突き出すように構えた。

 

 それに対し鈴華と火夜。

 

 鈴華はまるで人が変わったような静かな闘争心を見せるが、火夜はほんの少しだけそんな彼女に戸惑っていた。

 

 「大丈夫ですか玄井門さん」

 

 「う、うん…… それで、いったい何をするの?」

 

 「それは……」

 

 「……本気? あまりにも浅黄瀬さんが危険すぎる」

 

 「そうでもしないと勝てませんよ。 修羅を降すつもりなら己も修羅になる覚悟で挑まないと」

 

 「……わかった」

 

 作戦を共有した後、火夜はじりじりと間合いを測った。

 

 そうして一気に斬りかかる。

 

 当然と言うべきか、それを律華はあっさりと見切ってしまっていて、防がれては鍔迫り合いとなった。

 

 「……!」

 

 「何をするかと思えば…… 結局ゴリ押し? 大方、今から鈴華が隙を見て攻撃してくるのだろうけど」

 

 言った側、律華の予想通り背後に回った鈴華が手榴弾を投げつけていた。

 

 律華はそれを視認することも火夜との交戦を中止することもなく脚を高く上げては踵のヒールで串刺しにした。

 

 「ちっ……!」

 

 不発、鈴華はたまらず舌打ちをするが動きを止めることはない。

 

  体勢を崩したことにより律華の力がわずかに緩まる。 火夜はそれを見逃さずスキルを発動して畳み掛けた。

 

 「【鬼気・瑠璃】!」

 

 【鬼気・瑠璃】は【サムライ】のサポートスキル。

 

 一定時間のみ使用者の空間把握能力と情報処理能力を高めることが出来る。

 

 それによってもたらされる効果は、すなわち剣の達人。 力では劣っていようとも、卓越した技で火夜は律華に対抗しようと試みた。

 

 「はぁぁぁ!」

 

 果敢に火夜が攻めていく。

 

 対処の難しいコースから仕掛けてくるためか、律華は防ぐだけで反撃に転じることが出来ない。

 

 そして意識が逸れたところで投げられる鈴華の手榴弾。

 

 それまで打ち返すなどの方法で処理していたが、このときは大きく飛び退くことで回避した。

 

 「ははっ! 少し余裕が無くなってきたんじゃありませんか!?」

 

 「ふん……」

 

 言い返したくても火夜の執拗な追撃がそれを許さない。

 

 文字通り、息つく間もない攻防が広げられる。

 

 (さぁ、こうなったらもうやることは1つでしょう…… さっさとやれ、やれ……!)

 

 念を押すように目論む鈴華。

 

 彼女は今とある律華の行動を誘い出そうとした。

 

 そのために必要だったのが相手にストレスを与えること。

 

 煽って煽って、攻めて攻めて、相手の思い通りにさせないことによってストレスを与え集中力を削ぐ必要があった。

 

 「鬱陶しい…… 何を企んでいるか知らないけど、いくら悪知恵を働かしても圧倒的な力の前では全てが無力よ!」

 

 ストレスを感じた人間は一様にしてその状況から抜け出そうとする。

 

 律華の場合、強力な大技で一気に勝負をつけようと動く。

 

 彼女は組み合う相手を弾き飛ばして、その場で力を溜めはじめた。

 

 瞬間、鈴華の口角が僅かに上がった。

 

 律華が不審に思うもつかの間。 彼女はスモッグボールをばら蒔く。

 

 当然煙で空間が満たされていくが律華は特段驚くような素振りは見せない。

 

 たとえ視界が奪われようとも彼女は敵の位置を把握できるからだ。

 

 だがそんなことは鈴華にとっても衆知の事実。 だからこそ彼女は全てを踏まえた上でこの状況を作り出した。

 

 律華は不審に思いながらも技を繰り出そうとする。 対象は火夜、強化状態の彼女を真っ先に倒しておきたいという心理が働いた。

 

 しかしそこで煙の向こうから現れた1つの影。 鈴華が突進を仕掛けてきたのだ。

 

 少し驚く律華。 しかし焦ることはなく、冷静に対象しようとする。

 

 「くっ!?」

 

 「……驚いたわ。 まさかあなたが接近戦を仕掛けてくるなんてね。 でも残念、結果は御覧のとおりよ」

 

 鈴華が近づいてきたところで腕を伸ばし頭を掴む。

 

 凄まじい膂力を前に鈴華はそれ以上前に進めない。

 

 同時に火夜が駆け出して距離を詰めてきているのもわかる。 このまま鈴華をその方向に投げ飛ばして、重なったところをまとめ討ち取れば自分の勝ちだ。

 

 そう算段を立てた。 しかし……

 

 「フフッ……」

 

 「……? 何がおかしいの」

 

 「いやぁ、こうも上手くいくとは思っていませんでしたから。 笑わずにはいられなくて」

 

 「なにを……」

 

 律華が問い質そうとしたが、本人が言うより前に何か様子がおかしいことに気がつく。

 

 自身の武器である錫杖も投げ捨て素手で立ち向かってきたこと、そして開いた手で何かを抱えていたこと。

 

 接近を防いで少し落ち着いたところでやっと注目することが出来た。 しかし遅かった。

 

 「なっ……!」

 

 「あはっ、 その顔が見たかったんですよ。 おねーさまっ?」

 

 律華の顔が酷く歪む。鈴華が愉快にほくそ笑む。

 

 彼女が抱え込んでいたそれは、ピンの外された大量の手榴弾だった。

 

 「このっ…… 頭がイカれたか……!」

 

 「オーラさんが言ってましたよ。 目的のためなら己の身は厭わない。 それが探索者だって。

 ……さあお姉様、歯を食いしばってください。 我慢比べ、しましょうよ」

 

 自身の頭を掴む手を逆に掴み返す。そうすることで相手はその場から逃げ出すことは出来ない。

 

 そう、鈴華は今まさしく敵も自分も巻き込んだ自爆特効を仕掛けようとしていたのだ。

 

 「くそっ、こうなったら…… 【ギガントスマッシュ】!!!」

 

 追い詰められた律華。 彼女が取った行動は、火夜のために発動させかけたスキルを地面に打ちつけることだった。

 

 その反動によって鈴華を掴んだまま高く飛ぶ。

 

 機転を効かせ窮地を脱したかと思ったそのとき、彼女は迫った。

 

 「もらったァァァァァァ!!!」

 

 煙の中から聞こえる力強い声。 その煙をふきとばすように風の刃は現れる。

 

 「【禍断之剣・鎌威太刀】!!!」

 

 視認は出来ず音も聞こえず。

 

 不可視無音無数の刃はまるで統制のとれた魚群のように対象に向かって空を駆る。

 

 「キャァァァァ!?」

 

 空中ではまともに身動きを取ることも出来ない。 ましてや相殺しようとスキルを発動させる間もない。

 

 そう、決死の覚悟で挑んだように見えた自爆特効すらもブラフ。

 

 機転を効かせて手榴弾から逃れたと思っていたが、それすらも鈴華のシナリオの内でしかなかったのだ。


 「ぐはっ……!?」

 

 あえなく直撃。

 

 そのダメージは相当なもので、撃ち落とされた律華は受け身もとらず背中から墜落した。

 

 一方、流れ弾に被弾こそしたものの律華ほどのダメージは逃れた鈴華。 彼女は弱まった律華の拘束を振りほどき無事に着地できていた。

 

 「浅黄瀬さん! 大丈夫!?」

 

 「ええなんとか、見た目ほどじゃありませわよ。 にしても、やりましたね」

 

 鈴華は倒れ伏せる律華な目をやる。 意識を失ったのか、立ち上がる気配はない。

 

 「……とんでもなく強かった。 1人じゃ絶対に勝てなかった」

 

 「でも二人だったから勝てた。 弱くたって、仲間の力を信じて戦えば強敵にも勝つことが出来る。

 おにーさまがずっと大切にしてきたことです。 そんなこと、かつて仲間だったお姉様にだって理解出来なかったはずないのに」

 

 戦いを終え、目の前に倒れる姉を哀れんだ。

 

 火夜も以前の自分と相手を重ねどこか虚しさを覚えていた。

 

 "強さ"とはなんなのか、そのことについて今一度考えていたのだ。

 

 しかし彼女は見くびっていた。 自分が捨てた"強さ"の可能性、その1つ。

 

 何よりも敗北を許さず、純粋に力だけを渇望し、見栄やプライドに拘り、甘さや温さなど一切を排除した冷酷な戦士の恐ろしさを測り損ねていたのだ。

 

 「ククッ、 クハハハ……」

 

 「!?」

 

 「はぁ~…… ほんとやってくれたわね。 まさかあなた達小娘に一本取られるとは思ってもみなかったわ」

 

 まるで何事もなかったかのように律華は静かに立ち上がった。

 

 その様子に戦慄し言葉を失う二人。

 

 律華は続けた。

 

 「足りないのよ、根本的に。 威力も! 精度も! 勝利を求める貪欲さもなにもかも! その程度で【血濡れた女帝】を倒せると本気で思ったの!?

 どうして【神颪】で来なかった!? 剣を失うリスクを恐れたか!? 仲間を巻き込みたくなかったか!? その甘さが命取りなんだって、どうしてわからないのかしら!」

 

 「くっ……!?」

 

 「ああほんと、イライラするわね。あなた達にダンジョンを潜る資格も天晴の隣に立つ資格もないわ。

 二度と探索者に戻ることが出来ないように身も心もズタズタにする」

 

 「くそ! 【鬼気・瑠璃】!」

 

 想像以上のタフさ。

 

 戦いは終わっていないことに気がつき、消耗した力を振り絞っては再び強化状態に入った火夜。 苦しい戦況だと分かってはいてもそうする他なかった。

 

 もう、他に手がないのだ。

 

 接近し、果敢に攻めかかる。 しかし驚くことに律華はそれを片足1つで防いでいく。

 

 「なにっ!?」

 

 「見切ったわよ、その動きならもう」

 

 呆れたように息を吐く律華。

 

 彼女は相手が怯んだ一瞬の隙を見て刀を蹴り飛ばした。

 

 刀は弧を描いて地面に突き刺さる。

 

 「空いた手で祈りでも捧げていなさい。 それが弱者に与えられた唯一の特権よ」

 

 律華は空高く魔槍を回転させた後勢いよく地面に突き刺した。

 

 紅く光る魔槍。震える地面。 律華渾身の一撃が火夜達を襲う。

 

 「【ジャガーノート・インパクト】!!!」

 

 地面に亀裂が走る。 そこから漏れる刺々しい光。 光は少女達を照らしては絶望と終焉を知らせた。

 

 その衝撃と火力はそれまでの戦闘が可愛く思えるほど。

 

 火夜達はそれを防ぐことも避けることも出来ず致命傷を負っては倒れた。

 

 「うっ…… くっ……!」

 

 倒れようとも戦意は衰えず。

 

 火夜は震える手を刀に伸ばす。

 

 しかし、それをなじるように律華は固いヒールで手の甲を踏みつけた。

 

 「ぐぁっ!」

 

 「もうあなたに刀は必要ないでしょう」

 

 律華が刀を手に取る。

 

 すると、血を流すことも恐れずに束と刀身を両手で長く握っては力を込めた。

 

 「やめっ……」

 

 呼び止めるも、呆気なく折れる火夜の刀。

 

 二つになったその刀を投げ捨てた後、律華はそこから立ち去ろうとする。

 

 「今日中にでも荷物をまとめておきなさい。 さもなくば画像データをばら蒔くだけだから。 どのみちあなた達はもう終わりよ」

 

 

 

 「……認めない」

 

 「は?」

 

 「何が力だ…… 何が【血濡れた女帝】だ……! その二つ名は、いったい誰の血で書かれたものだ!」

 

 「何を言って……」

 

 「結局あなたは恐れているだけ! 椿井天晴という男を、自分の過ちを、取り戻せない過去を、エゴにまみれた暴力で塗り潰そうとしているだけだ!

 そんなもの、強者でもましてや探索者のやることでもない! あなたは、弱い!」

 

 「……勝手に言ってなさい。 負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」

 

 振り返ることもなく、とうとう律華は姿を消した。

 

 言い返すことはしなかった。 いや、もしかすれば出来なかったのかもしれない。

 

 それを確かめることも出来ないまま、火夜の意識は途絶えた。

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