第27話
前線キャンプ内にある訓練所は瞬間装備機がある施設に隣接しており実際に探索用装備を訓練を受けることが可能だ。
先に着替えを済ませた鈴華と火夜。
律華が戻ってくるのを待つ間、二人は作戦会議をはじめていた。
「いいですか玄井門さん。お姉様、浅黄瀬律華は【血濡れた女帝】の二つ名で恐れられる凄腕の前衛です。
その槍による一撃は山崩しの一撃、いえ、今では星崩しの一撃とも呼ばれ並み居るモンスター達を悉く葬ってきました。 単純な攻撃力、殺傷力なら間違いなく現学園最強と言えるでしょう」
「学園最強、相手にとって不足なし。 でも、勝つ算段は?」
「もちろんあります。 ……といっても、正攻法ではまず無理です。 なにより必要なのは二人の連携、つまり数の差を活かすことでしょう。
スズがアイテムでお姉様の動きを封じます、玄井門さんはその隙を見て攻撃してください」
「わかった」
二人が話し終わると、見計らったように姿を現す律華。
「……!」
その姿に二人は思わず息を呑んだ。
オールドヘル一式装備。
黒と赤を基調にしたボンデージ風のレザードレス。
ブーツのヒールは高く、気品と力強さを兼ね備えた印象を持たせるその見た目は相手を威圧させるには十分過ぎるほど。
加えて律華は普段の眼鏡は外して普段の真面目な雰囲気を一切捨てていた。
だが、鈴華達の注目はそのどれでもなく彼女の右手に握られた真紅のハルバードに向けられていた。
「魔槍ヴィルム……! 深層で発見されたというユニークウェポン……!」
「なんというか、すごい存在感ね…… 見てるだけで飲み込まれそうな……」
「いえ、実際に10秒以上直視を続けていたら呪われてしまいます。 それにあの槍は幾つも特殊な能力を持っているらしいです。 詳細はスズにもわかりませんが……」
決して臆さないよう表面上だけでも強気な姿勢を貫こうとする鈴華と火夜。
しかし律華は二人の心境を見透かしていたのか、挑発するようにこんなことを言い出した。
「はっ、さっきから声が上擦っているわよ。 どうする? やめるなら今のうちだけど」
「……ッ。そういうわけにはいかないですよ。 早くはじめましょう」
半径20mの円形闘技場。 その中央にて両者が向かい合う。
「先手は譲ってあげる。さあ、どこからでもかかって来なさい」
構えるわけでもなく、槍を地面に突き立てたまま律華が言う。
完全な無防備、あるいは何かの罠かもしれない。
しかし先手を打つことによる優位性は決して無視できるものではないので火夜は地面を蹴り出した。
「はぁ! 【蒼刃】!」
間合いを詰めて放つ攻撃スキル。
【蒼刃】は【サムライ】の基本スキルの1つで技の出が早く牽制に最適だ。
このとき、火夜もまた牽制としてこのスキルを使用した。
突然の模擬戦、それも最強クラスの格上を相手にした中で、正しいタイミング、正しい間合い、正しい呼吸の使いで刀を振り降ろすことが出来た。
これならば間違いなく相手の余裕を崩すことが出来る。 あわよくばそのまま攻め続けて何もさせず完封勝利だ。
そう考えた。 しかし……
「なっ……!?」
想像を越えた出来事に思わず目を見開く火夜。
青く発光した刀の鋭い切っ先。
その切っ先を、なんと律華は何かのスキルを使うわけでもなく指1つで受け止めてしまったのだ。
「……悪くない。 さすが二次クラスなだけあるわ。 けどそれだけね、特別秀でたものは何もない」
「くっ……!」
受け止められても火夜は怯まず押し込む力を強くした。
だが、それでも相手に敵わない。
どれだけ両腕の力を使おうとも、その指が動じる気配が感じられないのだ。
だから火夜は深追いはやめて距離を取る。
律華はそこに追い込みを掛けようとする素振りを見せるが実際に行動することは出来なかった。
カバーするように鈴華が〈スモッグボール〉を足元に転がしていたからだ。
「玄井門さん、大丈夫ですか!?」
「なんとか…… あの人、すごい力だった。 やっぱり真正面からじゃとても勝てそうにない……」
「大丈夫、煙は私達のフィールド。ここから立て直しましょう」
煙が充満する中互いに声を掛け合う二人。
客観的に見れば少し悠長なことをしているようにも見える。おそらくほんの少しだけ安心してしまっていたのだろう。
実際この煙の効果で〈獄鬼兵グズモ〉に何もさせなかったのだ、それは無理もないこと。
だが鈴華達はまだ理解していなかった。
今自分達が相手しているのは、モンスターなど遥かに凌駕する知能を持った歴戦の勇士だということを。
「!? 浅黄瀬さん! 危ない!」
ぬらぁっと、煙の向こうから音も気配もなく死角から黒腕が鈴華に忍び寄る。
間一髪、火夜がそれに気がついて鈴華を弾き飛ばした。
相手の不意打ちは防げたが、生きた心地がまるでしない。
(視界が奪われた状態で仕掛けてきた!? 当てずっぽう? いや、今のは確実に浅黄瀬さんを狙っていた。 まずい、これでは迂闊に動けない……)
どこから来るかわからずただ背中を合わせ身構えることしか出来なかった二人。
そうこうしていると煙も次第に晴れていき、勝負は振り出しに戻ってしまった。
「まさか、ただ煙幕を撒くだけで勝てるとでも思った? 甘いわね、最前線の探索者ともなれば気配で敵の居場所を探るなんて造作もないことなのに」
「くっ……」
「その様子だと他に打つ手なしって感じかしら。 なら、さっさと終わらせてしまいましょうか?」
律華はただそう言い切った。
言い切って、長らく持て余していただけの魔槍を差し向ける。
これから何か起きるというのか。
気づいた鈴華はすぐさま警告した。
「まずい! 玄井門さん! 回避に専念してください!」
限られた猶予の中、それを口にするのが精一杯だった。
律華はその場から高く跳躍し、頂点に達したところで力を解放させる。
「【流星槍】ッ!」
真紅の魔槍が鋭く射出される。 空間で紅い線を引くその軌道はまるで星のような、文字通りの流星を体現していた。
予測された着地点。 鈴華と火夜はフォーメーションを投げ出してでもそこから全力で退避した。 しかしそれは完璧な対処には程遠い。
───ゴッッ
魔槍と地面が触れる瞬間、ほんのわずかに赤い光が点った。
しかしそんなことを気にする間もなくその時は訪れる。
天変地異と見間違うかのような凄まじい爆発だ。
「キャァァァァァ!!!」
直撃は避けようとも余波の爆風が彼女達を襲い、掬い上げるように少女の軽い体を吹き飛ばす。
なんとか受け身を取る二人。 すぐさま立ち上がるも最初ほどの威勢を保つことはとてもじゃないが難しい。
「へえ、避けるのね。 中々やるじゃない」
「ふざけるな……! 今、加減したでしょう……!」
「あら、バレた? でも仕方ないじゃない。 本気なんて出したらあなた達今頃ぐちゃぐちゃの肉塊になっていたところよ?」
それまで表情を変えずにいた律華だが、このときは相手を小馬鹿にするように笑っていた。
それが琴線に触れたのだろう。 火夜は怒りを露にして激しく睨んだ。
「何がおかしい!」
「そりゃおかしくもなるでしょう。 こんなのが今の天晴の仲間だなんてね。
アッハハハ…… ほんっと、あいつも落ちぶれてしまったものだわ」
「なんだと……?」
「聞こえなかった? 【未来の探訪王】、椿井天晴も落ちぶれたものだって言ったのよ。
あなた達みたいな雑魚とつるむくらいなら、潔く探索者なんてやめてしまえばいいのに」
「ふざけるな! あなたに、あなたにそんなことを口にする資格があるの!?
あなたの勝手な行動であっぱれはあんな目にあったのよ!」
「はっ、弱い犬ほどよく吠えるとはこのことね。 だから? 結局はあいつが弱かったから招いた結果でしょう。 自業自得よ」
「この女っ……! あっぱれは、弱くなんかない!」
言葉とともに火夜が渾身の一撃を放つ。
【空迅衝】、真空の刃を飛ばすミッドレンジ攻撃。【神颪】ほどの威力は無いにせよ、触れればコンクリートの壁をも断裂する切れ味を秘めている。
だがそんなものが今になって相手に通用するはずもなかった。
律華はその場で槍を振り降ろして、【空迅衝】と同等の衝撃波を繰り出した。
否、同等などではない。
その衝撃波は火夜のものよりも数段大きく、数倍速く、そして遥かに鋭かった。
「ぐぁっ!」
技が打ち消され、 己もろとも飲み込もうとするその衝撃波を火夜は身をそらすことで回避する。
しかし衝撃波は真後ろの壁にぶつかっては凄まじいほどの風圧を生み出した。
そしてまたもやその余波だけで火夜は前方へ押し飛ばされ倒れてしまう。
今一度立ち上がろうとする火夜。 しかし思うように力が入らない。
そんな彼女に引導を渡そうと小気味のいいヒールの音を鳴らしながら律華が近づく。
「……せっかくだからいいこと教えといてあげる。 いい? ダンジョンにおいて弱者ほど無価値な存在はないの。
そして弱者の戯言にもこれまた蚊ほどの価値がない。 通したい意思があるというのなら実力を示しなさい。 それが探索者の掟よ」
律華が武器を高く構える。 間も違いなく攻撃の予備動作。 しかし火夜は苦悶の表情を浮かべ見上げるだけで何も出来ない。
「くっ……!」
「でなければ生き残ることなんて出来ない。 力こそ…… いえ、力だけが私達に与えられた共通言語なのよ!」
律華が動く。 その鋭い矛先を突き立てようと狙いを定める。
しかし、それを妨害するように投げ込まれた複数の手榴弾。
律華は見事な反動でそれを打ち返し事なきを得る。 が、その心境は穏やかなものではなかった。
今まさに止めを刺そうとした敵。 玄井門火夜が目の前から消えた。
手榴弾に気を取られている間に彼女は回復魔法を受け、動けるようになっては範囲内から逃れてしまっていたのだ。
手榴弾による妨害、回復魔法。 それらを可能にする者はこの中で1人しか考えられない。
「鈴華……!」
「やっぱりそうだ…… 結局あなたは何も変わっていない。 今も昔も、ずっとそう」
相手を出し抜いたことを誇るでもなく少女はまるで独り言のように呟く。
その声は普段からも想像できないほどに低く冷たかった。
秘める想いは憂いか、もしくは怒りか。
しかしその目には、確かな敵意が宿っていた。
「玄井門さん、今から私の言うとおりに動いてください。
お姉様を…… いえ、【血濡れの女帝】浅黄瀬律華を倒しますよ」
目をそらすことなくはっきりと相手を見据え、少女は静かにそう言い切った。
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