第25話


 地獄の歓迎会から数日が経った。 今日もダンジョンへと向かう天晴達。

 

 だんだん新パーティーも慣れてきたということで、今日のためにアイテムの素材集めや各々のレベル上げを進めていた。

 

 そして、いよいよそのときが来る。

 

 「よーし、んじゃ今日こそ階層ボス〈獄鬼兵グズモ〉を倒すぞ。 そんで10階層突破だ」

 

 「階層ボス……! 10階層毎に出現する特別強力なモンスター達……!やっぱり戦わないといけないんですよね……」

 

 「なんだ? 緊張してんのか鈴華」

 

 「そ、そんなわけないじゃないですか! で、でも出来ることなら戦いたくないなぁ~って……」

 

 「んー…… 別に戦わなくてもいいけど……」

 

 「……後の探索がしんどくなるんでしょう?」

 

 「ああ、討伐後に貰えるアイテムがないと次のブロックの探索がめちゃくちゃしづらくなる。

 グズモの場合だと〈索敵防塵ゴーグル〉が貰えて、断然11階層以降の活動がしやすくなるな」

 

 「うぅ~……」

 

 「……浅黄瀬さん、うだうだ言っても仕方がない。大丈夫、今日のために色々準備してきたんだから私達は負けない」

 

 「うー! わかってますよぅ! いきますよ! やりますよ!」

 

 「へっ、 なんか俺らいい感じにパーティーになってきてんな! んじゃ、行くか!」

 

 眼前にそびえる巨大な扉。

 

 天晴はそれをゆっくりと開けた。

 

 詳細になっていくボスフロア、その内部。

 

 そこには一体のモンスターが雄々しくも静かに待ち構えていた。

 

 単眼、一本角、濃淡のある紫黒の肌。

 

 右手には大鉈、左手には円盾。

 

 【獄鬼兵グズモ】、そのモンスターは鬼であると同時に戦士でもあった。

 

 「……」

 

 「あ、あれが階層ボス、〈獄鬼兵グズモ〉……」

 

 「ビビってる場合じゃあねえぜ。 手筈通り短期決戦で行く。

 鈴華、おまえはいつも通り〈スモッグボール〉で視界を封じろ。 その間に俺と火夜で〈パラライズトラップ〉を設置するぞ」

 

 天晴の合図で皆が一斉に動き出す。

 

 まず天晴と火夜が左右に飛び出し両翼を形成。

 

 相手が狙いをつけ損ねたところで鈴華が〈スモッグボール〉を投げつける。

 

 グズモはこれを大鉈で斬り伏せるがその場合もアイテムは問題なく機能する。

 

 部屋に充満する煙。

 

 しかし事前にフロア内の配置を調べておいたので、天晴と火夜は見えずとも問題なく動くことが出来る。

 

 二人は合流し地面を掘り起こしてトラップを設置した。

 

 「よし! 設置完了だ! 全員Bポイントに集まれ!」

 

 その掛け声によって作戦は次のステップへと進む。

 

 徐々に煙が晴れていく。 グズモが周囲を見渡すと、離れた場所に天晴達3人が固まっていた。

 

 「ガァァ……!」

 

 敵を視界に捉えた瞬間グズモが動き出す。

 

 最短最速で距離を詰め、今まさに侵入者を亡き者にせんと武器を振りかざした。

 

 だが、それは天晴達の作戦の内でしかなく、モンスターと天晴達の距離が残り5mと差し迫ったところでそのトラップは作動する。

 

 「グ、がっ!」

 

 グズモが声にならない悲鳴を上げる。

 

 〈パラライズトラップ〉は文字通り相手を痺れさせる機能を持ったアイテムだ。

 

 地雷爆弾と同じように地面に設置し、何者かの接触を感知して作動する。

 

 その効果時間はモンスターごとに差はあれど凡そ30秒。

 

 「火夜!」

 

 「うん!」

 

 その少ない時間の中で出来ることはそう多くはなく、1つ1つの行動が重要になってくる。

 

 天晴の合図を受ける前に、1秒も無駄には出来ないと火夜は既に動いていた。

 

 「はあっ!」

 

 まっすぐに刀を突き刺す。 その対象はグズモの1つしかない目だ。

 

 「はあああああ!」

 

 それからも火夜は時間の許す限り刀による攻撃を仕掛けた。

 

 しかしグズモの皮膚は岩のようにおそろしく強固だ。 【サムライ】の剣を以てしても傷はほとんどつけられなかった。

 

 「火夜! もういいぞ! 離れろ!」

 

 指示通りに火夜が後方に下がると天晴と鈴華はそれぞれ別のアイテムを投げつけた。

 

 それは可燃性の高いオイルと火炎瓶。

 

 それらが意味するのはつまりグズモを焼き殺してしまおうということ。

 

 物理攻撃に強い耐性を持つグズモだが天晴達に属性攻撃の手段はない。

 

 だからこその一から十までアイテムに頼った戦法。

 

 「ぐおおおおおおおおおおお……!」

 

 身が燃え焦げる中、麻痺硬直が無くなった後もグズモは何も出来ずにいた。

 

 目を抉られまたもや視界を奪われていたからだ。

 

 その間天晴達は細心の注意を払いながら息を潜め相手が果てる時を待っていた。

 

 いよいよグズモが膝をついた。

 

 堪えきれず歓声を上げる鈴華。

 

 「や、やりました!」

 

 「油断するな鈴華!」

 

 天晴がたしなめようとしたとき、最後に一矢報いようと動き出すグズモ。

 

 グズモは膝に力を溜め、今まさに鈴華だけでも仕留めようと飛び出した。

 

 だがそれが予想出来ない天晴ではない。

 

 彼は咄嗟に鈴華の前に出てトンファーで相手の攻撃を防ごうと構えていた。

 

 予想出来なかったのは、とつぜん天井にヒビが入っては崩れ出したこと。 そして、崩落の向こうから一体の巨大なモンスターが現れたことだった。

 

 「ブオォォォォォォォォ!!!!」

 

 「なに!?」

 

 驚くのも束の間。

 

 謎のモンスターは着地と同時に握り締めた大斧でグズモを叩き潰した。

 

 勝利の雄叫びを上げるかのように空を仰ぎ見ては吠える謎のモンスター。

 

 いや、それは決して謎のモンスターなどではなかった。 少なくとも天晴にとっては。

 

 「〈ミノタウロス〉! まずい! 皆すぐにこの部屋を出ろ!」

 

 「えっ!? でもドロップアイテムが!」

 

 「バカ野郎! 死にてえのか! いいから撤退だ! 急げ!」

 

 恐ろしく筋肉が発達した黒い体表、巨大な2本の歪角。

 

 興奮し、息を乱したそのモンスターは紛れもなく〈ミノタウロス〉であった。

 

 天晴は皆に逃げるように指示を飛ばす。

 

 少し反応が遅れてしまうが幸い〈ミノタウロス〉はグズモに注意を向けており天晴達には気づいてもいなかった。

 

 最初の扉を抜けてそれからも走り続ける。 安全を確認しやっと立ち止まることが出来たのは階層を移動してからだった。

 

 「ここまで来たら安心だな……」

 

 「あ、あっぱれ…… あのモンスターは……」

 

 「……〈ミノタウロス〉だよ。 しかも片腕が無かった。 あれはおそらく4年前に俺が対峙した個体だろうな」

 

 「そんなバカな! だって〈ミノタウロス〉が出現したのは57階層でしょ!? どうしてそれが10階層の、しかも階層ボスの部屋に現れるのよ!」

 

 「んなこと俺にわかるかよ!」

 

 「もー! 二人ともいい加減にしてください! ここはまだダンジョンの中ですよ!」

 

 不測の事態に同様を隠せない天晴と火夜。

 

 二人が言い争うのを咎めたのは鈴華の叱りつける一声だった。

 

 ハッとなる天晴と火夜。二人は互いに顔を見合わせて謝りあう。

 

 「……わるい」

 

 「……こちらこそ」

 

  「……それで、この後はいったいどうするんですか?」

 

 「戻って報告するしかないだろ。 アイテム取れなかったのはちと惜しいけど…… まあ、言ってる場合じゃねえわな」

 

 その足で前線キャンプへ向かう一行。

 

 中央基地の建物内に入り近くにいた職員に声をかけようとしたそのとき、相手が誰かと話し込んでいることに気がつく。

 

 「あれは……」

 

 その人物が誰なのかいち早く気がついたのは鈴華だった。 続いて天晴もすぐに気がつくが、火夜だけは分からない様子。

 

 それも当然のこと。今目の前にいる女性、浅黄瀬律華を直接見るのはこれがはじめてなのだから。

 

 「律華!」

 

 「……天晴、久しぶりね」

 

 「おまえなんでこんなとこに?」

 

 「生徒会の仕事よ。 ちょっとダンジョン内でトラブルがあってね。 今職員の方々と相談をしていたところ」

 

 「トラブル……? もしかして〈ミノタウロス〉のことか?」

 

 「……? どうしてそれを?」

 

 「今さっき出会したんだよ。 〈獄鬼兵グズモ〉に挑んでいたときに乱入されてな」

 

 「つまり10階層に出現したってこと? まずいわね、そんなところにまで……」

 

 「おい、急に黙んなよ。 おまえら何か知ってるのか?」

 

 「……今あなた達に教えられることは何もありません。 ……でも、これで思い切れる。 情報提供感謝いたします」

 

 他人行儀に一礼する律華。 その態度に違和感を持つのも束の間、彼女は職員達を連れて階段の方へと向かっていく。

 

 すぐさま後を追おうとするも待機していた警備員に阻まれそれは出来ない。

 

 何か良からぬ不安感を抱きながら天晴達は律華の背中を見送った。

 

 そして消化不良のまま3人はエレベーターで地上に上がっていたとき。 突如それぞれの支給デバイスのブザーが鳴った。

 

 「なんだ……? 【非常事態宣言】……?」

 

 それは学園本部及び生徒会執行部署名による全生徒に向けての連絡通知だった。

 

 読み上げる一同。 すると皆一様にして驚嘆の声を漏らす。

 

 要約すると、そこには迷宮内の異変調査のため無期限の強制閉鎖を実施する旨が書かれていた。

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