第24話
2075年、4月末日。
地下迷宮22階層でのこと。
天晴達が親睦を深めていた裏ではこのようなことが起きていた。
「こちらC班、報告のあったポイントに到着。 調査を開始します」
『了解、くれぐれも警戒を怠るな』
そこは荒野、昼夜という概念が存在せず常に日が天高く昇り続けている空間。
土は乾き、空気は熱を帯び、砂埃が舞ってはあらゆる生命を拒絶する劣悪環境。
そこに生息するモンスターは皆その環境に適応している。
体毛は短く、目には保護膜。
そして全体的な傾向としてベルクマンの法則に従って比較的小柄な種が多いとされている。
無線機で連絡を取っていた一人の探索者。彼らは学園から派遣された調査員だ。
彼らは今一つの足跡を見下ろしていた。
その、この階層には似つかわしくない巨大な足跡を。
「……こちらC班、 ターゲットのものとおぼしき足跡を発見。 指示を仰ぎます」
『了解、すぐに鑑識隊を出動させる。 それまで他の生徒、モンスターを立ち寄らせるな』
「ラジャー」
そこで無線が切られる。
男は足跡に視線を戻した。
「……なんでこんなところに奴が来ているのかねぇ」
男は最後にぼそりと呟いた。
ミノタウロス…… と。
◆ ◆ ◆
同時刻、場所は変わってエーデア迷宮学園高等部生徒会室。
その日は午後から風が強く吹き窓ガラスは耐えず軋んでいた。
「……」
その中の女生徒が耳につけていたインコムを取り外した。 彼女はそのまま振り返って暗い夜を映した窓ガラスにそっと手をかける。
そして、その女生徒に緊張した面持ちで声をかける男子生徒。
「これは困りましたね浅黄瀬生徒会長? まさかあの〈ミノタウロス〉が低層で出現するなんて。
近年稀に見る緊急事態、いったいどういったご判断を降されるおつもりで?」
「……ルドルフ副会長。我々の取るべき行動は何も変わりません。 まずは教員の方々と今後の相談、実際の作戦はそこで決まることです」
「それだとあんまりに遅いでしょう。 既に中等部の生徒を中心に被害は出ているのです。いったいどう責任を取るつもりですか!」
「……はっ、こんなときにでも責任責任って。 そんなに好きならあげますよ」
「なっ、なにをふざけたことを……」
「ふざけているのはどっちだ?」
「ッ!?」
「この緊急事態、責任の所在を探る暇がどこにある? 君は何のためにここにいるんだ?」
「わ、私は副会長として……!」
「ならその副会長としての責務を果たせ、今が身内の足を引っ張る状況じゃないのは君にもわかるだろう」
「し、しかし! 噂によれば件の〈ミノタウロス〉は四年前に出現した〈隻腕〉の可能性があるといいます! あの椿井天晴を再起不能寸前にまで追い詰めたという〈隻腕〉です!」
「……それが?」
「はっははっ、流石に彼の名を出せば動揺せざるを得ないようですねぇ。
なんせ彼はあなたのかつての戦友、今の地位と名誉のために捨てた犠牲そのもの……」
そのとき女生徒が動いた。
限られた近接職だけが会得できると言われる【暗足】のスキル。 超短距離限定ながら音も光も置き去りにして瞬間的な移動を可能とする上級スキルだ。
それを以て男子生徒に接近した女生徒は、ただ右手を振り上げ、一回りも二回りも背丈のある相手の顔面を掴んだ。
「んん!?」
押さえられ、うまく口を開けない男子生徒。
女生徒はかけていた眼鏡を取り外して構わず前進しはじめ相手を壁へ追い詰めようとする。
激しく睨み付けながら女生徒が言う。
「……口の効き方には気をつけろよルドルフ・ハイ・バーン生徒副会長。
いったいなんの意図があって今その話を持ち出そうとする? 私情か? 私怨か? それとも何か合理的な理由があるのか?」
「うぅ! うむぅッ!」
「ないだろう。 君の目に映っているのはいつだって嫉妬と憎悪、そして劣等感。その感情。
実にくだらない、そんなことだからいつまでたっても二流なんだ」
「うっ! ぐぅぅ……!」
「はっ、悔しいか? ならこの腕を振りほどいてみせろ。 その、剣もろくに握れないか細い腕でな」
「くぅぅぅ!!!」
「ははっ、弱い弱い。 〈スケルトン〉以下の膂力だな! 少しは鍛えたらどうだ!? アアッ!?」
そう言って、女生徒は壁に迫るところで思いきり相手の頭を押し飛ばした。
当然男子生徒は壁にうちつけられる。その衝撃で立つ力を失いしりもちをつく。
それを、何をするわけでもなくゴミを見るような冷たい眼差しで見下ろす女生徒。
そんな彼女に、男子生徒は弱々しい眼差しを向けながらも必死の形相で訴えかけた。
「じ、自分で何をしているのかわかっているのか! 僕はこの学園に巨額の支援をしているバーン家の人間だぞ!」
「家がどうした? 君自身は長年燻り続けているお勉強以外に取り柄のないガリ勉君だろう」
「そ、そんなこと言って! あなただって浅黄瀬の名前が無ければ今の地位には……」
「……はっ、ははは! あはははは!!!」
「な、何がおかしい!」
「可笑しいよ、ああ可笑しいさ! 君はいったいその分厚いレンズで何を見てきたんだ?
私が、ただの一度でも、浅黄瀬の名に頼ったことがあるか!?」
女生徒が鋭く拳を放つ。 狙うは男子生徒の顔面、その真横。
拳は壁に激突し、深く穴を空けることとなっていた。
「ひ、ひぃぃ!」
「……いいかルドルフ副会長。 ここはエーデア迷宮学園だ。 ただお勉強が出来れば、ただ金を積めば生徒会長の職につけるわけではない。
生徒達は皆血に触れる日々を送っている。つまり全員が戦場に生きる戦士なんだ。
その上に立つということは、誰よりも強く気高くあらねばならないということ。力こそ、この学園の規範なんだよ」
壁から引き抜かれた女生徒の拳には赤い血が流れ出していた。
それをまざまざと見せつけ、そして相手の頬を血濡れの指でなぞる。
その一連の出来事に、あるいは赤い血潮の鉄臭に誘われてか、強いショックを覚えた男子生徒は喚き散らした後気絶した。
「はあ、なによこの程度で。 これだから家柄だけの坊っちゃんは……」
ポケットからハンカチを取りだし自らの手を拭う女生徒。
とても涼しい顔、手に傷が入ったことなど感じさせない表情だ。
と、そこで何者かが部屋の扉をノックした。
「入って」
「失礼しま~す…… って、これまた酷くやったね律華」
「私は何もしてないわよ。 ただ彼が勝手に倒れただけ。 それで、アイツの様子は?」
「うん、なんだか噂の【サムライ】とパーティーを組むことになったようだよ。 もちろん、鈴華ちゃんも一緒にね」
「……そう」
部屋に入ってきたのはアーサー、そしてオーラだった。そして彼が今目の前にしているのは栗色の髪を伸ばした女生徒。
かつて天晴と戦いをともにした3人の仲間、その最後の一人である。
「それより〈ミノタウロス〉の方はどうするにゃ? こっちはもう準備ばっちしにゃけど」
「夢にも見なかった千載一遇のチャンス。もちろん今回で決着をつけるわよ」
静まり返った部屋の中、律華は小さくも確かな声でそう言った。
再びかけた眼鏡。 銀に縁取られたそのレンズの奥で、静かな闘志を光らせながら。
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