第23話


 人生に必要なのはスパイス。

 

 レッドペッパーのように情熱的で、クミンのように欲が掻き立てられる。

 

 そんなスパイスがあれば、人はより豊かな生活を送れる。

 

 これはカレーのテレビコマーシャルで謳われたキャッチコピーである。

 

 所詮商売目的に紡がれた言葉ではあるが、感心する者は少なくなかったとかなんとか。

 

 皆、心の奥底ではスパイスを求めているのだろう。

 

 食堂にて盛大な乾杯をした少年少女。

 

 彼らもまたスパイスを求めているのかもしれない。

 

 「いやー! しかし流石の剣さばきだったな玄井門! ずっと修行してきたんだっけか?」

 

 「うん、祖父にずっと厳しくされてきた」

 

 「そうかそうか、小さい頃から苦労してきたんだなぁ。そりゃ大変だっただろうよ」

 

 「でも今はよかったと思ってる。 こうして、皆と仲良くなれたから」

 

 「玄井門……! どうしよう鈴華! 俺ちょっと泣きそうだ!」

 

 「って、もう泣いてるし! 涙腺緩すぎますよ!」

 

 「いやぁ、この年になるとどうも涙もろくてな……」

 

 「16歳が何言ってるんですか! ほら! ティッシュ!」

 

 「ううっ……! ありがとう……! 」

 

 ズビィィィィィ!と、渡されたティッシュで思いきり鼻をかむ。

 

 開始早々にテンションが高いわけだが間違っても酒を飲んでいるわけではない。 彼らのコップに注がれた飲み物もただのジュースである。

 

 「てか、あの技すげえよな! 風がバビューン! ってさ! あれどうやってるんだ?」

 

 「えと、それは大天狗様の力を借りて……」

 

 「天狗!? 天狗ってあの妖怪の!?」

 

 「妖怪だけど私達にとっては神様。 昔ご先祖様に剣を教えたすごい神様よ」

 

 「ご先祖様? それっていったいどんな人だ?」

 

 「それは教えられない。 絶対に明かすなって口止めされてる。 ……でも、きっと皆も知ってる有名人」

 

 「まじかぁ~! めっちゃ気になるじゃん! てかいいよなぁ。 先祖代々受け継がれてきた技とか、俺そういうの無いからなぁ」

 

 「……? あなたの家は、その、普通の家庭だったの?」

 

 「ん? あー、普通の家庭つーかなんつーか……」

 

 「おにーさまは浅黄瀬家が運営する保護施設の出身なんです。 10歳の頃にご家族が交通事故で亡くなられ、他に身寄りも無かったので」

 

 「そう、なんだ…… ごめんなさい、変なこと聞いてしまって……」

 

 「何言ってんだよ。 もう俺達は仲間なんだから余計な遠慮は無しだぜ? ……んじゃ、ついでだし俺が記憶喪失ってことも教えとこうかな」

 

 「記憶喪失?」

 

 「おん、さっき出た10歳以前の記憶が無いんだ。 医者が言うには親が死んだショックでな」

 

 「何も覚えてないの?」

 

 「なーんも覚えてない。 親の顔も声もなーんもな。 でも気を使う必要はないぜ? 俺はここの学園来て充実してんだ」

 

 「私のお父様が誘ったんですよね」

 

 「そうそう! 施設の視察に来た学園長になんか目つけられたんだよ。 あー、そういやあんときからヅラ被ってたなぁ」

 

 「……浅黄瀬さんはどうしてこの学園に?」

 

 「ワクワクを求めてですかね。こう見えて小学生の頃は病弱少女でまともに外を出歩いたこともなかったんです。

 けどおにーさまの影響でダンジョンに興味が沸いて、一念発起して手術を受けて、それで入りました」

 

 「お姉さんが理由ってわけじゃないんだ」

 

 「まっさか~、あの人に憧れるなんてあるわけないでしょう。

 この間もお話ししましたけど、あの人は自分の名誉のためにおにーさまを犠牲にしたろくでなしですから」

 

  「またおまえはそうやって…… すまんな玄井門、コイツ姉の話になるとすぐ機嫌悪くするんだよ」

 

 「構わない。 嫌いは好きの裏返し」

 

 「……はっ、何言ってんだか」

 

 そこにいつものわざとらしく可愛くぶった鈴華の姿はなかった。

 

 どことなく場の空気が悪い。

 

 どうしたものかと考える天晴。しかしそこで動いたのは意外なことに火夜だった。

 

 彼女はトンッとどこからともなく一つの瓶を取り出しテーブルの上に置く。

 

 透明な液体。 その中身が何なのか聞き出す間もなく彼女は自らのコップに注ぎ口に含んだ。

 

 「……!」

 

 一瞬、火夜の目がカッと開く。 そして頬が赤く染まっていくのがわかる。

 

 怖くなった天晴。 すぐさま瓶に入った液体の匂いを嗅いだ。

 

 するとどうだ。ガツンと鼻孔をくすぐる香り。 間も違いなくそれは酒、瓶に入っていたのはさきほど三人で採取した〈フィート・アーカー〉そのものだった。

 

 「バッ…… 玄井門! なに持って帰って来てんだよ!」

 

 振り返って注意しようとしたが既に手遅れ。

 

 完全にスイッチの入った火夜はいつのまにか隣にいた鈴華を押し倒してしまっていた。

 

 「~~~ッ!」

 

 手足をバタバタさせて抵抗する鈴華だが、体格も筋力も火夜が遥かに上回っているから押し退けることはできない。

 

 火夜は鈴華の唇に迫った。迫って、激しく交わらせて、官能的に口元からこぼしながらも相手の口に移していく。

 

 その間、天晴は立ち止まるだけで火夜を止めることは出来なかった。 目の前で繰り広げられる光景を止めさせるのは惜しいと思ってしまったからだ。

 

 「……じゃねえ! そうじゃねえよ! これ学園にバレたら不味いって!」

 

 申請のないダンジョン産品の持ち出し、そして未成年飲酒。

 

 これらは十分に規則違反であり、合わせれば2ヶ月の謹慎処分を受けることになるだろう。

 

 「おい玄井門! 鈴華も! しっかりしろ!」

 

 ひとまず二人を引き離し落ち着かせようとする天晴。

 

 幸いこの時間は他に誰も食堂を利用しておらず見られたなんてことはない。

 

 が、いずれ管理人が戸締りに来ることは必至。 鈴華の場合は実家通いのため二時間後に迎えが来る予定なのでその人達にバレるのも不味い。

 

 「うー……」

 

 覆い被さっていたものが消えてむくりと起き上がった鈴華。 しかしもう彼女も毒牙にかかってしまっていて、その目付きも声も怪しいものだった。

 

 「大丈夫か鈴華!」

 

 「おにーしゃま……? あれぇ、おにーしゃまがいる~、えっへっへ~」

 

 「だめだコイツ早くなんとかしないと…… って、うわっ!」

 

 突然天晴の背中にどさりとした重量がかかる。

 

 「玄井門……!」

 

 「つばいてんせぇ~……」

 

 儚げな視線を向ける火夜。 酔いながらも何かを訴えかけているようにも見える。

 

 「おまえ…… どうしてこんなことしたんだよ」

 

 「みんなと距離を縮めたかったぁ~…… お酒の力借りたら素直で明るくなれるって本に書いてたからぁ~……」

 

 「それで飲んだと…… はぁ、見かけによらず繊細だな」

 

 「だってぇ、だってぇ……」

 

 「ん?」

 

 「あなたが悪い!」

 

 「はぁ? 俺が何したって言うんだよ」

 

 「名前で呼んでくれないじゃん!」

 

 「な、名前?」

 

 「私には火夜って名前があるのに呼んでくれないじゃん! 浅黄瀬さんのことは鈴華って呼ぶのにぃ!」

 

 「お、おぉ、そりゃ悪かったよ。 んじゃ、火夜。 ……これでいいのか?」

 

 「……えっへっへ~、いいよ~。 私はあなたのことなんて呼べばいい?」

 

 「俺か? 普通に天晴でいいよ」

 

 「や!」

 

 「えっ?」

 

 「もっとこう、あだ名とか親しげな感じがいい!」

 

 「あだ名…… んじゃあっぱれって呼んでくれよ」

 

 「あっぱれ~ あっぱれくーん」

 

 「うんうん…… よし、そんじゃそろそろどいてくんない? さっきから背中に柔らかいものが当たってんだよ」

 

 「ん~? 柔らかいもの~?」

 

 「ばか、おまえわざと押しつけてんだろ……!」

 

 と、天晴はそこで冷たい視線がこちらに向いているのを感じた。 振り向くと、やさぐれ気味の鈴華が瓶片手にじっと見ている。

 

 「えーっと、浅黄瀬さん……?」

 

 「はぁー、いいですねぇ、楽しそうですねぇ。 なんですか、おっきいおっぱいがそんなにいいんですか! ……ひっく!」

 

 「お嬢様がそんなはしたない言葉使うんじゃありません!」

 

 「ふーん! どぉおせスズはちっぱいですよ。 玄井門さんの足元にも及びませんよ。 でもぉ! 最近ちょっとだけ大きくなったんです!」

 

 のそり、鈴華は四つん這いで向かってくる。

 

 そうして天晴のすぐそばに座り込み、彼の手を取って自らの薄い胸にあてさせた。

 

 ふにゅん。

 

 控えめだか、確かに感じさせる肉感。それに対し、どうしてか火夜のときより罪悪感を覚える天晴。

 

 はっと我にかえってすぐさま拒もうとするが、するとさらに鈴華は距離を詰めて自分がされたように天晴の唇を奪うのだった。

 

 「んっふふふ、キスしちゃいましたぁ~」

 

 「おまえ……」

 

 鈴華の口からほんの少し酒を含んでしまうが酔うことなど万に一つもない。

 

 彼は体内に外敵を排除するナノマシンを飼っているため侵入したアルコール成分はことごとく消滅してしまうのだ。

 

 そこで、ほんの少し天晴は冷静になる。 相手の気持ちを考えようという気になる。

 

 「鈴華、おまえ寂しかったんだな」

 

 「さあ~、なんのことやら~?」

 

 「ごめんな、ついつい玄井門ばっかり気にしちまって。 一人にされたらそりゃ寂しいよな」

 

 「……ほんとーにわかっているんですか?」

 

 「ああ、わかってるよ」

 

 「……んっふふ。 それならいいんです。 これからはちゃんとスズのことも構ってください」

 

 「ああ、肝に銘じておくよ」

 

 「ん~! あっぱれ~! 私にも構え~!」

 

 「おわぁ! だからそんなくっつくなって!」

 

 「あっぱれ~! 私は~、強くなるぞ~! めちゃくちゃ強くなるから~、パーティーに入れてくれたこと後悔させないから~!」

 

 「……おう、頼りにしてんぜ!」

 

 「そんなの私だって! おにーさまと一緒に最下層にたどり着くんですから!」

 

 「おう! あんがとな鈴華!」

 

 その後、三人はなんだかんだで歓迎会を楽しんだ。 なんとか誰かに見つかる前に酔いが覚めたのが幸いか。

 

 酔いが覚めた後の彼女達はそれはそれは恥ずかしがったという。

 

 だがきっとこれは彼ら新パーティーにとって必要なことだった。

 

 ピリリとスパイシーなカレーもいいが、甘さや酸っぱさの残るカレーもそれそれはそれで乙なものだろう。

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