第7話
今日も今日とてダンジョン探索。 天晴達はいつにも増してハイテンションだった。
「いぐぞぉぉぉぉ!!!」
「おおー!」
まるで緊張感のない二人。 どうやら今日の目標は「楽しむ」この一点だそう。
「鈴華! 授業で習ったことを実践しておくぞ!」
「はい! おにーさま!」
「まずは歩行法の確認だ! 歩幅は小さく! 筋肉を使うことよりも重心の移動を意識して!」
「はい!」
「よしいいぞ! 次は走行だ! ダンジョン内で走ることは少ないが無いことも無い! 特にモンスターに追われることになった場合、大事になってくるのはサイドステップの動きだ!」
「サイドステップ! 体のバネを活かしてリズムを意識…… こうですよね!?」
「そう、それ! 同時に常に相手を視界に入れるようにしろ!」
「わかりました!」
「よーしいいぞ! 飲み込みが早いな鈴華!」
「えへへ~ ありがとうごさいます~」
「よし、それじゃあそろそろ行こうか! 日頃どれだけ基礎を意識出来るかが成長度合いに関わるからな! 頑張れよ!」
「あいあいさー!」
うぉぉぉぉぉ! と二人はダンジョンを爆走していく。
彼らが今いるのは2階層。 1階層程ではないがここも比較的安全なフロアであり、命を落とすようなことは滅多にない。
「おにーさま! 2階層にはいったい何があるのでしょうか!」
「ばかやろー!」
「!?」
「何があるのか最初からわかっちまったらおもしろくねーダロォ!?」
「そ、そうでした! すみません!」
「よし! だから今日は鈴華の好きに動いてみろ! 俺は何も言わず後をついていく!」
「ええ!? そんなぁ!」
「大丈夫! おまえなら出来る! このダンジョンをめいいっぱい楽しむんだ!」
「ダンジョンを楽しむ……! はい! やってみます!」
そんなこんなで急遽先頭を歩くことになった鈴華。
彼女は不安そうに杖を構えながら一歩一歩を踏みしめるように歩く。
「おーい鈴華、歩行法忘れてんぞー。 そんなに力んでたら後がもたねーよ」
「はっ……! そうでした!」
そんな調子で探索を進めること数十分。 流石にモンスターがエンカウントしたときは天晴も力を貸すがそれ以外は本当に鈴華に任せっきりだった。
例え目の前にトラップがあって鈴華がそれに引っ掛かりそうになっていたとしてもだ。
「ぜー、はー……! お、おにーさま。 ちょっといじわるすぎませんか……? もう少し助言をくれたって……」
「あっははは! いやぁ、おまえが向かう先向かう先があんまり面白すぎてさぁ!」
「向かう先って…… モンスターの巣とか落とし穴に向かっていくのがそんなに面白いです……?」
「それもあるんだけどさ、ほら、せっかくだからもうちょっとだけ進んでみようぜ」
天晴の言われるまま鈴華は森の中を進んでいった。
ほんの少し傾斜のある地面に嫌気が差しながらも登っていく。
そしていよいよ森を抜けた。 するとそこは───
「わぁ……」
そこは、美しい花々が色鮮やかに咲き乱れる天然の花畑だった。
「きれい……!」
見惚れる鈴華、そんな彼女の肩を叩き天晴はねぎらいの言葉をかける。
「よく頑張ったな鈴華。 ここが二階層の名物スポット〈ヒーリング・ガーデン〉だ。
センスあるぜおまえ、ノーヒントでここに辿り着くなんてさ」
「〈ヒーリング・ガーデン〉……! そんなにめずらしい場所なんですか? 言われてみると、なんだか少し体が軽くなったような気がします!」
「そうそう、ここの香りには癒しの効果があってな。 どんなに疲れていてもたちまち元気になってしまうんだよ」
「あ、あの光はなんでしょう」
鈴華が指差した。その先、花に灯る淡い光。
すると、いつものおちゃらけた余裕も崩して声を荒げる天晴。
「ん? お、おお!!〈フェアリー〉だよ! ごくごく稀にこの花畑に出現する超レアモンスターだ」
「〈フェアリー〉! 妖精さんですか!? すごいきれいです!」
「滅多にお目にかかれるもんじゃねえよ…… ビギナーズラックってやつか……?」
その光景を前に二人は息を呑んでいた。そこに他の探索者はおらず、少し時間を忘れてしまっていた。
と、さらに光、もとい〈フェアリー〉の動きが活発になる。 強く光だしたと思えば木々に隠れていた仲間を呼び出したのだ。
「すごい…… すごいですおにーさま! こんなの地上じゃ絶対に見れないですね!」
「ああ、だからダンジョンはおもしれぇんだ。潜る度に新しい発見がある」
「私、やっぱり探索者になってよかったです! ありがとうございますおにーさま!」
「なーに言ってんだ。今日この景色を見れたのはおまえの力だろ? むしろここまで俺を連れてきてくれてありがとうよ、鈴華」
「えへへ、えへへへへ。 この調子で最下層にもお連れしますよ!」
「おっ、頼もしいねぇ!」
しばしの間景色を楽しんで、そろそろ行くかとその場を後にしようとする。
今日のことはきっといい思い出になるだろう。 そんなことを考えていた。
しかしそのとき。
「ンニャアアアア!!! 〈フェアリー〉大漁なのにゃああああ!」
森から凄まじい速度で飛び出した一つの影。 それは迷うことなく〈フェアリー〉達のところへ向かっていく。
どうやらそれは人のようだった。
手には虫取り棒を携えていて、一心不乱に振り回しては次々と〈フェアリー〉達を捕らえていく。
「あいつは……」
天晴は目を凝らしてその人物を注視した。 どうやら見覚えがあるようだ。
癖っけのある長い銀髪、肌は小麦色に焼けていて、天晴達より幾分か背丈のあるように見える。
そして、頭部には獣の耳、臀部には尻尾が生えていた。
「オーラ!」
「んにゃ? その声はもしやあっぱれにゃ!? すずかっちもいるのにゃ!」
向こうもこちらに気がついたようで、3人は話しやすいように集まる。
「お久しぶりですオーラさん」
「おーっす、久しぶりなのにゃー。 元気してたかにゃー」
「ええ、おかげさまで。 オーラさんもお変わりないようで」
「あっははは。 「おかわり」って、ウチご飯は食べてないにゃ」
「オーラ…… おまえ相変わらず日本語覚えねえな…… お変わりないってのは相変わらず元気そうだって意味だよ」
「んぉ、そうだったのかにゃ。 めんごにゃ。 ところで二人はこんなところで何してたのにゃ? あっ、もしかしてデートとか~?」
「んなわけあるか、探索だよ探索。 おまえこそ何してたんだよ。 〈フェアリー〉なんか捕まえて」
「ん? これかにゃ? これは今日の晩御飯なのにゃ」
「結局メシなんじゃねえか! つか〈フェアリー〉食うって何事だよ!」
「あっぱれ~、ウチはこの歳で「ママゴト」なんてしないのにゃ」
「ママゴトじゃなくて何事だよ! どういうことかって聞いてんだ!」
「なんにゃ、日本語はやっぱり紛らわしいのにゃ。
どういうことかも何もそのままの意味なのにゃ。 この子は今日の晩御飯、部屋に持って帰って塩茹でにするのにゃ~」
カゴに閉じ込めた数匹の〈フェアリー〉。 緊張状態に入ったのか光は発さず、いつの間にかその実体を露にしていた。
オーラはそれをチラッと見ては堪らずヨダレを垂らした。 その、羽を生やした小さな少女の姿を。
そして、そんな彼女を前に露骨にドン引きする二人。
「うわぁ……」
「マジかよ…… おまえそんなに食いもんの趣味悪かったっけか」
「ん~? まああいぼーがどうしても食べたいっていうから仕方ないのにゃ。 これも契約なのにゃ」
「あいぼー? 契約? そういやおまえ昔とだいぶ雰囲気違うな。 語尾はもとからとして、耳も尻尾も、髪だって昔は黒かったよな?」
「あ、バレちったのにゃ? 実はこのあいだ使い魔契約したのにゃ」
「使い魔契約…… んでその姿ってことは、おまえまさか……」
「んにゃ、融合したのにゃ」
使い魔契約、それは一部の【マジシャン】系職業が可能とするスキルの1つ。
契約の形は使い魔によって様々で、単純な使役、必要に応じての召喚、魔法の貸し出しなど多岐にわたる。
その中で、このオーラという少女は使い魔と融合という形で契約を果たしたのだという。 つまり猫耳も尻尾もれっきとした本物ということだ。
そんなことを軽い調子で言ってのけるオーラに少し身震いする鈴華。
「使い魔と融合…… 何さらっと人間やめちゃってるんですかオーラさん」
「にゃふ~、わかってないなぁすずかっち。目的のためなら己の身なんて厭わない。 探索者ってそんなもんなのにゃ。 な、あっぱれ?」
「……ああ、そうだな。 そのとおりだ!」
「さっすが、おまえなら分かってくれると思ったのにゃ!」
満面の笑みで互いに親指を立てて共感しあう二人。 ついていけない鈴華は頭を抱えため息をつく。
「あ、二人とももう帰るのならウチが送ってやろうかにゃ? 」
「送るって【ジャンプ】でか? いやいいよ、二階層なんだから自分の足で帰るよ」
「まあまあそう言わ……」
そのとき。
そのとき、花畑を突き破るように突如現れた一匹の巨大モンスター。
〈タイラント・ワーム〉、あらゆる物を補食しようとする獰猛なイモムシ型モンスターだ。
「キ゛ュア゛ア゛アアアアアア!!!」
モンスターが空を揺るがす程の雄叫びを上げる。 オーラはそれをただただ冷たく睨んだ。
「……あー、人が込み入った話してるところ何邪魔してくれてるにゃ」
消えろ、と指を鳴らす。
すると〈タイラント・ワーム〉は本当にその巨体を灰塵に変えては風に拐われ消えていった。
「えぇ……」
〈タイラント・ワーム〉は二階層最強のモンスター。 高等部の学生でも対策無しでは勝てない非常に強力なモンスターだとされている。
それを、音もなく呆気もなくオーラは殺してみせた。
またもやドン引きする鈴華。 それに対し天晴はどこか嬉しげに笑みをこぼす。
「さっ、お二人さん。 【異空の猫魔女】送迎バスに乗ってくにゃ? てか、乗ってけにゃ?」
「ははっ、拒否権ねーじゃねえか。 後輩イビりは印象悪いぜオーラ先輩」
「にゃ~、先輩言うにゃら厚意は甘んじて受けとけにゃ」
「へいへい…… 鈴華、せっかくだからやっぱ送ってもらおう」
「は、はい」
言いくるめたオーラは満足そうに術式を展開させた。
【ジャンプ】、ダンジョン内から前線キャンプへ瞬時にワープすることが出来る転移魔法スキル。
かなりの魔力消費量を誇る魔法であるが、かのオーラという少女はそんなことを微塵も感じさせない様子で3人まるまるを光に飲み込んだ。
そして、天晴達が目を開いたときそこはもういつもの前線キャンプ。
「んじゃ、ウチはそろそろ行くにゃ~。 〈フェアリー〉の鮮度が落ちたらまずいのにゃ」
早々にオーラは立ち去ろうとする。
そんな彼女に、天晴は後ろから一言。
「オーラ」
「んにゃ?」
「おまえ、強くなったな!」
「……へん! あったりまえにゃ! もうあの頃とは違うのにゃ!」
このオーラという少女が何者なのか、そのやり取りにどんな意味があるというのか。
それがわかるのはもう少し先の話になるだろう。
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