第8話


 入学式、初探索とハプニング続きだった一日目から二週間が経過した。

 

 新入生もいくらか新しい環境に慣れたようで、初日とは比べ物にもならないほど和気藹々と接している。

 

 ……ただ一人を覗いて。

 

 

 午前の授業が終わり迎えた昼休み。 天晴は友達同士昼ごはんを食べようとするクラスメート達を尻目に一人腕を組んで唸っていた。

 

 「むー……」

 

 「どうしたんですかおにーさま。 寝起きのブルドッグみたいな難しい顔をして」

 

 「いやぁ、やっぱ俺避けられてんなと思って」

 

 「ああ、なんだそんなこと」

 

 「そんなことって…… おまえはいいよなぁ。 なんだかんだ友達多そうで」

 

 「そりゃ、学園長の娘ですし? なにもしなくても向こうから寄ってくるってものですよ」

 

 「うわぁ素直にむかつく。 ぼっちの呪いかけとこ」

 

 「きゃあ汚い。 ま、仕方がないから今日は一緒にご飯食べてあげます」

 

 そう言いながら鈴華は前の席の椅子に腰掛けようとする。 天晴はとても嫌そうな視線を向ける。

 

 「いやいいよ。 友達のところ行けよ」

 

 「そう遠慮せずに。 私みたいなかわいい子が一緒だときっとご飯も美味しくなりますよ」

 

 「自分でかわいい言うな」

 

 つっこむものの、そのままの流れで結局二人で昼食を取ることにした。

 

 鈴華は小さな弁当箱を、天晴はあらかじめ購買で買っておいた焼きそばパンを取り出した。

 

 「……なんか意外だな。 すんげえ積み重なった重箱か、どこからともなく使用人が出て来てフレンチフルコースでも用意されるのかと思ってたわ」

 

 「おにーさまはスズのこと何だと思っているんですか。 スズだって常識くらいは持ち合わせてますよっ」

 

 「おうそうか。 そりゃすまんかった」

 

 「まったく…… というか、おにーさまこそパン1つでいいんですか? 大きくなれませんよ?」

 

 「おまえなぁ…… それ俺の背がもう伸びないの知ってて言ってんだろ」

 

 「あれバレました? そういえば、この前の身体測定は何センチだったんですか?」

 

 「162。 これで四年連続だ」

 

 「あぁー…… 本当に1センチも伸びないんですね……」

 

 「最初にドクターにもそう言われたしな。 もうほぼほぼ諦めてるよ」

 

 「でも、その身長じゃまともに彼女も作れないでしょうね」

 

 「るっせぇ、大きなお世話じゃい」

 

 「もし相手に困ったら言ってください。 仕方がないのでスズのお婿さんにしてあげます」

 

 「おまえみたいなおこちゃま体型はノーセンキューだ。 せめて姉くらいになってから出直してきてくれ」

 

 「むー、 またそういういじわるなこと言うー。 いいでーす、お弁当ちょっと分けてあげようと思っていたけどもうやめまーす」

 

 「えっ、うそ。 ごめんごめん、謝るから機嫌直してくれよ」

 

 「ふふっ、冗談ですっ。 さっ、召し上がれ」

 

 鈴華は嬉しそうに笑っては弁当の具である卵焼きを箸で掴み天晴の口元に差し出した。

 

 「はい、あーん」

 

 「あーんはキツくね? 周りの視線も気になるし……」

 

 天晴は周囲から視線を感じ取っていた。

 

 怒りやら嘆きやら嫉妬やら。 色々な負の感情が込められた視線を感じ取っていた。

 

 しかし、そんなものを気にする鈴華ではない。 あーん、と、さらに迫っては天晴の退路を塞いだ。

 

 「ああもう! いただきます!」

 

 堪らず観念して天晴はその卵焼きを食べる。

 

 数回の咀嚼、飲み込んで、少しだけ緊張した表情をする鈴華に感想を述べた。

 

 「うまい」

 

 瞬間、鈴華の表情がパッと明るくなる。

 

 「ほんとですかっ? ありがとうございますっ」

 

 「これ誰が作ったんだ? 家の人?」

 

 「ふふーん、なんと私です!」

 

 「うそ、まじ? やるじゃん鈴華。 でも根っからの箱入り娘がなんでまた」

 

 「そりゃもちろん、スズがおにーさまのお嫁さんになることも見越してのことですよ。 今のうちから修行しておかないと」

 

 「おまえ…… 冗談だとして、それ学園長に言ったりしてないだろうな?」

 

 「あー、 どうでしたっけ? 娘は誰にも渡さん! とか言って怒り狂ってたような?」

 

 「手遅れかよ! 今日にでも訂正しておけ!」

 

 

 それから二人は雑談を交わしつつ食べ進めていく。

 

 そのとき、ふと隣の席で昼食を取る玄井門火夜の姿が目に止まった。

 

 「……」

 

 「おにーさままた玄井門さんのこと凝視してる。 そんなに彼女のことが気になりますか?」

 

 「んー…… そうだな、気になるっちゃ気になる」

 

 距離が距離なため、二人は相手に悟られないよう小声で話すようにした。

 

 意外なことに他の誰と行動するでもなく、火夜は今一人で昼食を取っていた。 それは二週間からは想像もつかなかった展開。

 

 あのとき我先にと勧誘をもちかけ持て囃していた者達はどこへ行ったのやら。 実際にパーティーを組んだ者も、今はもう別のパーティーへと移っていて火夜のことは避けてしまっていた。

 

 そう、天晴と同じく、火夜もまたクラスメートから距離を置かれることとなっていたのだ。

 

 「……まさか、こんなことになるとは思わなかったな」

 

 「自業自得ですよ。 探索中まともに連携も取ろうとしないんですから。 二次クラスだからって調子に乗りすぎです」

 

 「鈴華さんは厳しいなぁ」

 

 「事実を述べたまでです。 他の皆も言ってますよ。 取っつきにくいし、何を考えてるかわからないって」

 

 「そうかな? 言動はともかく考えはめちゃシンプルなように見えるけど」

 

 「えっ? どういうことですか?」

 

 「さぁ、どういうことでしょうね」

 

 パンを食べ終えて、空いた袋を捨てるため席を立つ天晴。 ついでに用を足すためトイレに向かい、 教室へ戻る途中に火夜とすれ違う。

 

 天晴はそのまま教室に戻ろうとしたが、火夜は振り向きこのようなことを口にした。

 

 「……言っておくけど、あなた達の会話丸聞こえだから」

 

 「……おー、そりゃ失敬。 なに、悪気はないんだ。許してくれ」

 

 「別に、他人が私のことをどう思ってようが関係ない。 ただ目の前でコソコソされるのが気に入らないだけ」

 

 「……あのさぁ、そうやってツンケンしてても良いことないぜ? もっとニッコリ行こうや。 せっかくの美人が台無しだ」

 

 「はっ…… また説教? 浅黄瀬さんと仲良いからって勝ったつもり?」

 

 「おう、かわいい妹分がいて俺は幸せだよ。 なんだったらおまえも俺らのところ来るか? うちはいつでもウェルカムだ」

 

 「留年生のくせに調子に乗らないで、あなた達と違って私は一人でも戦える」

 

 そう言って、火夜はどこかへ向かってしまった。 それを少し見送ってから、天晴も自分の席へと戻る。

 

 自身も食べ終え弁当の片付けをしていた鈴華。

 

 「長かったですねおにーさま」

 

 「おう、でかすぎてひねり出すのに苦戦したわ」

 

 「へぇー……」

 

 火夜が教室にいないことから、何があったのか薄々感づいてはいながらも鈴華は深く掘りさげようとはしなかった。

 

 そうして午後の授業、ダンジョン探索の時間がはじまり、それも難なく終えた夜のこと。

 

 天晴は学園敷地内の学生寮に下宿しており、相部屋であるため同級生の植村君と共同生活を送っていた。

 

 「でさ~、やっぱ俺玄井門にめっちゃ嫌われてんのよ。 顔見るたびに留年生だのクズだの、歯に衣着せぬ物言いってああいうことだな」

 

 「あはは、まあ椿井君も勘違いされやすい感じはあるからね。 女の子相手となると特に」

 

 植村君はこれといって見た目の特徴がない。 ごくごく普通の男の子だ。

 

 強いて言うならば少し小柄、黒目がちの瞳は大きく、全体の線も細く。 女の子と間違えそうになる見た目をしている。

 

 彼も最初は天晴のキャラクターに戸惑ってはいたが、二週間も経過した今では互いに打ち解けあって、こうした雑談を交わすような間柄だ。

 

 女性に勘違いされやすいという植村君の指摘に天晴はこのように答えた。

 

 「あー、それはあるな…… 鈴華とかもそうだけど、今の女の知り合いって最初は皆俺のこと嫌ってる感じだったわ」

 

 「え? 浅黄瀬さんも? それは意外だね。 今じゃ学年の噂になるくらいベッタベタなのに」

 

 そんなことを言われて、鈴華の今と昔を比べるように思い出して笑う天晴。


 「そうだな、ほんとあの頃からは想像もつかなかったよ。 あの頃の鈴華は誰にも心を開かないしとにかく暗くてな」 


 「でも紆余曲折あって今に至ると」

 

 「おいおい雑にまとめるな。 大変だったんだぜ?」

 

 「アハハ、ごめんごめん。 でも今これだけ仲がいいのは椿井君の人柄あってこそでしょ? 大丈夫大丈夫。 椿井君なら玄井門さんともきっと仲良くなれるよ」

 

 「お、おぉ……! そうだな、そうだよな! ありがとう植村君! 俺なんかいけそうな気がする!」

 

 「ふふっ、どういたしましてだよ」

 

 話が終わり、上機嫌になった天晴はそのままの勢いで一人浴場へと向かった。

 

 しかし、この直後事件が起こることを彼はまだ知らない。

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