第6話
通常、地下ダンジョン第一層には危険度の低いモンスターしか出現しない。
まともな攻撃手段を持ち合わせない。 それどころか戦闘する意思すらない種類がほとんどだ。
だが、今天晴達の目の前にいるのは〈グリーン・ディア〉の群のボス固体。
通常固体よりも二回りも大きいその体格は全長2.5m。
その恵まれた体格と人肉程度なら容易に貫く刺々しい角。 そして発達した健脚から繰り出される突進はこれまで何人ものルーキーを屠ってきた。
しかしこの個体は基本的に二階層以降でしか目撃されていない。
なぜこんなところで遭遇してしまったのか。 天晴はまったくもって検討もつかなかった。
(薬草は別の場所に生えているから逃げてもいいんだけど、コイツを放置したら他の生徒達が危険になる…… ここは俺がやるしかねえな……!)
天晴は腰に差していた二本一対のトンファーを手に取り構えた。
「グルフッ! グルフッ!」
〈グリーン・ディア〉は既に天晴達の存在に気がついている。 鼻息を荒くし、柔らかい地面を蹄で浅く掘り返して臨戦体勢の構えを取っていた。
「来るッ!」
そうして突進攻撃を仕掛けてくる。
蹴り出す程に加速し、対象に迫る頃には時速50㎞、原付バイク程度なら軽く凌駕する速度だ。
「うぉ!」
天晴はその動きをしっかり見て回避する。
グリーンディアはその体格の大きさから、横に避けるよりも思いきって地面にうつ伏せになればやり過ごせることを彼は知っていた。
「おにーさまっ!」
「大丈夫だ鈴華!」
攻撃が失敗したことに気がつき〈グリーン・ディア〉の動きが止まる。
再び仕掛けるために振り返ろうとするが、それよりも早く天晴は体勢を整え反撃に出ていた。
「貰った!」
得物を握る手を強くし肘を引く。
トンファーは攻防一体の武器だ。
接地面を集約させた先端部分はただの打突でも有効な一撃となり、正しい防御形体を取ればモンスターからの攻撃も難なく防ぐことが出来る。
天晴の適正クラスは【トンファーマン】。
その名の通りトンファーを扱うことに特化した特殊クラスで、その行動一つ一つに補正が入るので尚のことである。
「はぁっ!」
振り向き様に合わせて正拳突きを放ち、見事に急所である眉間にヒット。
鈴華のときよろしく、〈グリーン・ディア〉は静かにダウンした。
しかし鈴華のときと違うのは、包む光の中から角だけが残っていたということ。
「おにーさまっ! お怪我はありませんか!?」
戦闘が終わったことを確認して、鈴華は木陰から飛び出し駆け寄った。
「おー鈴華。 こっちは無傷だ」
「よかった。さすがおにーさまです。 ……それで、これはいったい?」
鈴華は地面に転がる〈グリーン・ディア〉の残骸を見下ろして呟く。
「ドロップ品だよ。モンスターを倒すと確率で出るんだ。 ちょうどいい、これを持って帰って先生に報告しよう」
天晴はモンスターの角を拾い上げ、そもそもの目的である薬草も忘れず採取して支給品であるアイテムポーチの中にしまっていく。
「便利ですねアイテムポーチ。 あんなに大きい角も吸い込まれるように入ってしまって」
「だよなぁ。 これが開発されたのは30年前のことだけど、それを切っ掛けに荷物の問題で悩んでいた探索事情は大きく発展したんだとよ」
「地上にも普及されたらいいのに。 流通コスト大幅削減ですよ」
「そうなったら今の航空会社、海運会社はあえなく倒産だな。 奴さんが必死になって界隈のアイテムポーチ導入を阻止する限りは実現されねえよ」
「はぁー、またそういう大人の事情ってやつですか。 汚いですねぇ」
「そりゃ、そういう人らからすると儲けられなかったら意味なんてないしな。 ま、宝の持ち腐れだとは俺も思うけど」
ダンジョンが出現しても現実は思ったより夢がない。 そのことを改めて実感した少年少女はハプニングらしいハプニングが起こることもなくキャンプへ引き返すした。
道中、二人は互いの適正クラスについて話した。
「鈴華は確かプリーストだったよな? なんか魔法使えんの?」
「今のところは【ヒール】だけですがちゃんと使えますよ。 ケガしたときは任せてくださいっ」
「おっ、頼もしいねー。 そんじゃもしものときはよろしくな」
「おまかせあれ! にしても、おにーさまのトンファー裁き見事でした。 さすが、【未来の探訪王】と言われただけのことはありますねっ」
「おう。 あれからはじめての実戦だったからちょい緊張したけどちゃんと体が動いてくれてよかったぜ」
「体が覚えているというやつですか?」
「そんな感じだな。 何だかんだ、トンファー振ってるのが性に合っている気がするよ」
「でも、なぜトンファーなのでしょう?」
「さぁな。 俺自身ここ来るまではトンファーなんて触ったこともなかったんだけどな。
【トンファーマン】なんてクソダセェ名前だったし、最初は絶望したよ」
「そうですね! 名前は救いようがないくらいクソダセェですね!」
「傷口に塩とタバスコ塗りたくるようなおまえのスタイル嫌いじゃないよ」
そんな話をしていると、いつのまにかキャンプに到着していた。
担任のふみちゃん先生を見つけた天晴。 何やら他の教員と話し込んでいるようだったが、事情が事情なので天晴は割って入るように話しかけた。
「おーい、ふみちゃんせんせー! 一層に〈グリーン・ディア〉のボスが出たんだけど!」
「え? あなた達のところにも? 参ったわね……」
「も? その口振りだともしかして他にも出たんですか?」
「ええそうよ。 今そのことについて先生方と話し合っていたところ。 まあ、その一体は彼女が倒してしまったようだけど……」
ふみちゃん先生はチラリと少し離れた場所で佇んでいる女子生徒に目をやる。
そこにいたのは玄井門火夜。 入学時から二次クラスを取得し、天晴に辛辣な態度を取ったあの少女だ。
「えっ? あの子が? 初心者が倒せる相手じゃないでしょう」
「それが遭遇してものの数秒でスパッと首を切り落としたそうよ。 ほら、装備の所々に返り血がついてる」
ふみちゃん先生の言うとおり、火夜が身に付けている新入生用に学園から支給された鉄製の防具にはところどころ赤黒い血が付いていた。
「……危ねえことすんなぁ。 あの子のパーティーメンバーは無事なんですか?」
「ええ、玄井門さん一人で戦ったようだから他の子に外傷はないわ。 けど、突然のハプニングで少し混乱してしまってる。 今は医務室で落ち着かせているところよ」
「そうですか」
天晴はそれだけ言って一人気難しそうな顔で立っている火夜の所に向かい話しかけた。
「おい」
「……なに?」
「先生から聞いたけど、おまえどうして〈グリーン・ディア〉と戦闘したんだ」
「どうして? 倒せる相手だと判断したから倒したまでよ。 文句ある?」
「大アリだ。 それでもし仲間に危険が及んだらどうするんだ。 緊急時は支給された応援ブザーを使えって先生に言われていただろう」
「……はぁ。 なに? 説教? 四留のクズが先輩気取り? 馬鹿馬鹿しい、クズの言うことなんて聞いてらんないわよ」
「あっ、おい! 話しはまだ終わって……」
天晴の言葉を待つことなく火夜はどこかへ立ち去っていく。
追いかけようとするが、ふみちゃん先生に呼び止められてそれは出来なかった。
「玄井門さんには後で私から注意しておくわ。 あなた達はもう解散していいわよ」
「先生……」
「大丈夫。 あなたがそこまで真剣になった理由もちゃんと理解しているつもりよ。 だから彼女のことは先生に任せて」
「……はい、わかりました」
気づかない内に自分が熱くなっていたこと気づいて、天晴はその場を後にした。
後についてくる鈴華は伏し目がちに切り出した。
「……私、玄井門さんのこと苦手です。 おにーさまは彼女のことを思って注意したのに」
「ま、相手からすれば俺はまともに関わりたくない留年生に違いないよ。でしゃばる場面じゃなかったのかもな」
天晴は振り返ることもなく少し寂しげにそう返した。
その日の夜に送られてきたふみちゃん先生からの全体メールによると、幸いその日負傷した 新入生は一人もいなかったという。
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