第5話


 装備を整えた後、天晴は別れていた鈴華と合流した。

 

 「おまたせしました、おにーさまっ」

 

 「うぃ、言うて五分も待ってねーけど……」

 

 天晴は少し困惑気味に返事をした。

 

 落ち合うなり鈴華がその場でくるっとターンをしだしたからだ。

 

 「……なにしてんの?」

 

 「なにって、お披露目してるんですよ。 どうですか? 似合ってますか?」

 

 天晴が探索用装備に着替えたように、鈴華もまた制服から着替えていた。

 

 随所にフリルや花の意匠が施された純白の修道着。 ウエディングドレスと言われれば信じてしまう者もいるだろう華やかなデザインだ。

 

 しかしこれは探索用装備。身体の動きを阻害しないよう抑えるべきポイントはしっかり抑えられている。

 

 「……おー、そうだな。 似合ってる、似合ってるよ」

 

 「なんですかその反応! もっと褒めてください!」

 

 「つっても、装備は見た目じゃねえし。 やっぱ大事なのは性能だろ」

 

 「ご安心を! この装備は24層の〈シルキード・クイーン〉の繭を素材にしてますから!

 上層のモンスターくらいならへっちゃらです!」

 

 「めちゃめちゃ高級品じゃねえか…… それやっぱ学園長からのプレゼントか?」

 

 「そりゃもちろん! この錫杖もそうですよ!」

 

 鈴華は得意気に携えていた長身の杖を見せびらかす。

 

 5種の魔石が惜しげもなく付けられたこれまた高級品。

 

 天晴はそれを呆れ気味に眺めて呆れ気味に溜め息をついた。

 

 「……たく、あの人も過保護というか親バカというか。 そういうところは律華を見習ったほうがいいんじゃないか?」

 

 「何を言っているんですか。 ダンジョン内は何が起きるかわからないんですから、使える物は積極的に使わないと。

 くだらないプライドや自立心なんて家畜小屋の豚にでも食わせておけばいいんです!」

 

 鈴華はほんの少しだけ口調と表情を厳しくしてそう言い返した。

 

 これまでと違い、とても真剣な様子だった。

 

 「おいおい、言いすぎだぞ。 おまえらしくもない」

 

 「そりゃ、言いたくもなりますよ。 お姉様達のせいでお兄様は……」

 

 諭す天晴だが、鈴華は近づき相手の胸に手を当ててそんなことを言った。

 

 少しだけ声がくぐもる。 ばつの悪さを覚えた天晴は相手の頭をポンポンと優しく叩いた。

 

 「……まあまあ。 おまえの気持ちは嬉しいよ。 だからもうそんな顔すんな」

 

 天晴の言葉に鈴華は俯くばかりで何も返さない。

 

 どうしたものかと悩んでいたそのとき、鈴華の体が何かを堪えるように少し震えていることに気がついた。

 

 「おいこら鈴華」

 

 「はいなんでしょう」

 

 「おまえ頭撫でさせるためだけに演技してたな」

 

 「はて、なんのことやら」

 

 俯いていた顔をパッと上げ、鈴華はいたずらっぼく舌をチロっと出して誤魔化してきた。

 

 「……ほんと、おまえは何考えてんのかよくわかんねえよ」

 

 「ミステリアスな方が魅力的な女性に見えると本に書いてあったもので」

 

 「それ男にモテても友達無くすやつだわ」

 

 「スズはおにーさまがいてくれたらそれで良いんですっ」

 

 鈴華は隙を見て天晴の腕に抱きつく。

 

 「はいはい…… てかもう行くぞ。 流石にもう集まりだす時間だろ」

 

 「はーい」

 

 装備が完了しだい元の場所へ戻ってくるようふみちゃん先生に言われていることを思い出して急ぎ戻った。

 

 幸いまだ全員は集まっておらず、天晴達が皆を待たせていたなんてことにはなっていない。

 

 今いるのはクラスの内約半数。

 

 あの玄井門火夜もパーティーメンバーであろう4人の男女と共にいた。

 

 他の生徒があまりに時間がかかり過ぎているのを見かねたふみちゃん先生は、気難しい顔をしてから今いる生徒達にだけ指示を出す。

 

 「それじゃあ、今日のミッションを発表します。 1層にて採取出来る薬草を調達してくること。 制限時間は3時間、 1層だからって油断しないように、 どうしようもないトラブルが発生したら配ったブザーを鳴らすこと。以上!」

 

 それで皆動き出す。 一番に結果を出そうと、スタートダッシュを決め込む。

 

 「おーおー、皆張り切ってんねー」

 

 それを天晴は呑気に見送っていた。

 

 不思議に思った鈴華はたまらず質問する。

 

 

 「おにーさま、私達は急がなくてよいのでしょうか?」

 

 「いいよゆっくりで。 薬草が生えてる場所は俺が知ってる、焦らずいこう」

 

 「なるほど! さすがおにーさま! 謎の落ち着きがおじいちゃんっぽいです!」

 

 「一言多い」

 

 そうして天晴達も出発する。

 

 キャンプの奥にあるダンジョンの入口。 生い茂る自然によって作られた天然のアーチがその目印だ。

 

 それを潜ると、迷宮香がより一層強くなるのを感じる。

 

 「おにーさま、気になったのですがダンジョンについてあまり先生は何も言われなかったですね? もっと注意事項とかあっても良かったのでは?」

 

 「それが学園の方針だからな。 百聞は一見にしかず。 1層は素手でも勝てるようなモンスターしか出ないし、実際に現地に出て雰囲気を体験させた方が後の授業の理解もしやすい」

 

 「なるほど、確かに一度もダンジョンに入ってない内からあれこれ教えられても頭に入らないですよね。 それでもこの放任感はどうかと思いますが……」

 

 「安心しろって、今日は初日だからな、いつどこでブザー鳴らされてもいいようにそこら中に上級生や教員の見張りがついてるよ」

 

 「えっ? それらしい人は見当たりませんが……」

 

 「そりゃバレないように影からこっそりだよ。 まっ、気配隠せてなくて俺からしたら見え見えなんだけど」

 

 「私も気配感じ取りたいです!」

 

 「ひよっ子にはまだ早いよ」

 

 「むー…… おにーさまだけずるいです」

 

 そんな会話を交わしながらも、最低限の緊張感と注意だけは保ちつつ二人はダンジョンを進んでいく。

 

 そこは地下とは思えない大森林の中。

 

 このダンジョンでは、階層ごとにその様相を大きく変えることが判明している。

 

 「……っと、モンスターだ。 どうする鈴華? 倒していくか?」

 

 進んでいく途中、天晴は何かを発見して咄嗟に身を隠させた。

 

 鈴華は木の陰からこっそり覗く。 するとそこにいたのは水辺にて休憩を取る苔色の小さな鹿のようなモンスター。

 

 「えと、プリーストの私でも戦えるのでしょうか……?」

 

 「〈グリーンディア〉、群のボスは危険だが、それ以外は基本的に温厚で反撃らしい反撃もしてこない。 その杖で2、3発も叩けば倒せるよ」

 

 「わ、わかりました。 じゃあやってみます……!」

 

 鈴華は意を決して足を踏み出した。

 

 先生を取ろうと、対象に気がつかれぬように後ろからそっと近づいていく。

 

 「いいぞ……」

 

 天晴はそれを背後から見守っていた。 この間も周囲に気を配り鈴華に危険が及ばないようにしている。

 

 「えいっ!」

 

 そして鈴華は近づけるとこまで近づいたところで勢いよく杖を降り下ろした。

 

 「キュゥ!?」

 

 「えいっ、えいっ!」

 

 〈グリーン・ディア〉は初撃を耐えるが、立て続けに繰り出す鈴華の攻撃にあっけなく果てる。

 

 そうしてモンスターが光に包まれ消えていく。

 

 「た、倒せた……?」

 

 力み過ぎた故に肩で息をする鈴華。

 

 天晴は側に駆け寄って彼女の肩に手を置いた。

 

 「初討伐おめでとう。 はじめてにしては思い切りが良かったぞ」

 

 「あ、ありがとうございます。 け、けっこう生々しい感覚でした……」

 

 「でもその感覚は早い内に覚えておいて損はない。 ダンジョン潜ってるっていう実感が、命をやり取りしにきているっていう実感が湧いただろ?」

 

 「じ、実感湧きまくりです……」

 

 鈴華の呼吸が整うのを待った後に二人は探索を再開させた。

 

 途中、一層でのみ採れる特産アイテム。 スター・チェリーを見つけて食べる。

 

 「あ、甘いけどそれ以上に酸っぱいですね」

 

 「この酸味が迷宮香の影響を和らげてくれるんだ。 これからの攻略でずっと役に立つ物だから群生地は把握しておいた方がいいぞ」

 

 「わかりましたっ」

 

 そうしてまた薬草を目指して歩み出す。

 

 数分後、二人は目的の場所に到着するものの予想外の事態に直面していた。

 

 「ど、どうするのですか、おにーさま」

 

 「どうするもなにも、やるしかないだろ。 鈴華は下がってな」

 

 普段はおちゃらけた様子の鈴華もその状況を前にしてふざける余裕はなく、天晴の指示に黙って頷きそのまま移動した。

 

 「……さて、それじゃあ俺も久々の実戦といきましょうか」

 

 天晴の視線の先には風にそよぐ薬草が確かに地面から生えている。

 

 しかし、その前に立ちはだかる一つの影。

 

 「なーんでこんな奴が一層にいんだよ……」

 

 強靭な体格。 前横に伸び広がる凶悪な角。

 

 それは先程天晴が口にした〈グリーン・ディア〉のボス固体だった。

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