第4話


 その後ホームルームも終わり、今日のスケジュールは終了、解散とはならない。

 

 ここはエーデア迷宮学園。 入学式を終えたばかりでも、ダンジョン探索の許可は降りている。

 

 皆がうずうずしている中、ふみちゃん先生は一つ手を鳴らした後に指示を出した。

 

 「それじゃあ今からグループ分けするわよ。 といっても自由にしてもらってかまわないわ。 でも初日から一人でダンジョンに潜るのは禁止。 必ず二人以上で行動しなさい」

 

 その言葉を合図に生徒達は一斉に動き出して相棒探しを始めた。

 

 先程の自己紹介は単なる自己紹介ではない。

 

 このエーデア迷宮学園では、何より自分の価値を示すプレゼンの意味もあるのだ。

 

 だから皆、より強い者と組もうとする。 より生存力を高めるために、より成果を上げられるように優れたパーティーにしようとする。

 

 唐突だが、世の中にはスクールカーストなどという概念が存在する。

 

 クラスという狭い環境の中で、まるで社会の縮図とも言うべき力の優劣が存在するのだ。

 

 一般的な中学校ともなれば、カーストトップの条件といえばもっぱら容姿であろう。

 

 美人、イケメン。 こういった者達は無条件でトップの座を勝ち得やすい。

 

 次に何か一芸に秀でている者。 スポーツが得意だとか喋りが上手いだとか、そういう者も何かと恩恵を受けやすい位置にいる。

 

 基本的にはそれらの傾向はこのエーデア迷宮学園でも変わらず、美人で強いともなれば人々に囲まれるのは必然のことであった。

 

 「玄井門さん、私と組もーよ!」

 

 「いや、俺と俺と!」

 

 「私プリーストだから回復できるよ!」

 

 早々にカーストトップに君臨した玄井門火夜は、文字通り引く手数多のモテ女と化していた。

 

 皆、彼女を見て取り囲み媚を売っては自分が選ばれようと必死になっている。

 

 そんな中で、火夜とは対照的にポツリ孤立してしまった男。

 

 「なんでだ!」

 

 男はたまらず声を荒げた。

 

 「おにーさま、何をそんなに苛立っているのですか?」

 

 「どーもこーも! どうして俺のとこには誰も来ねーんだよ! 自己紹介は完璧だったのに! 頼れるアニキ感を演出したのに!」

 

 「留年カス野郎にアニキ感も何も無いですよおにーさま」

 

 「ひでえ言われよう」

 

 「事実を述べたまでです。 こうなってしまってはおにーさまは向こう一年ハブられ確定です。

 だからスズが仕方なーくおにーさまと組んであげます。喜んでください、感謝してください」

 

 「おお鈴華…… おまえ案外いい奴だな……」

 

 自分の置かれた現状に、思いもよらない救いの手に、天晴へ少し目が潤んでいた。

 

 それを見て鈴華は、チョロい人だなぁ、なんてことを腹の底で思うが当然見抜かれることもない。

 

 「けどパーティーは基本五人編制推奨だ。 あと三人、どうにかして集めねーと」

  

 「別にスズは二人でもいいですよー」

 

 「さすがにそれはいかんでしょ。 今は良くても後々ボロが出るんだよ」

 

 「さっすが、経験者の言葉には重みがありますね」

 

 「余計なこと言うな。 ……でもまあ、今日は二人でもいいか」

 

 「あれ、いいのですか?」

 

 「ああ、今日は一層を探索するだけだろうし、どうせ最初に組んだパーティーって長続きしねえしな。 解散したところを狙うってのも一つの手段だ」

 

 「なるほど、まるでハイエナみたいですねっ」

 

 「言い方が悪いよ言い方が」

 

 

 そうこうしている内に周りもパーティー決めが終わったようで、そのままふみちゃん先生引率のもと学園から1kmほど歩いた場所にある地下ダンジョンへと向かう。

 

 「くぅぅぅ、久しぶりのダンジョン! わくわくすんぜ!」

 

 厳重に敷かれたバリケード、配置された警備員。

 

 それらのチェックを通過して、最大積載荷重量4.7tの特注エレベーターに乗り込み地下へと降っていく。

 

 所要時間凡そ15分。 その間、はじめての経験に思いを馳せる生徒達。

 

  地層に接触するのを防ぐために備え付けられた簡易的な仕切りがあるだけのエレベーター内では、ほんのり光るランプだけが頼りでそのほとんどは夜のように暗い。

 

 故に、ゴウン、ゴウンと重々しく唸る機械音がやけに皆の耳に残る。


 

 「あの鈴華」

 

 「はい、なんですかおにーさま」

 

 「いや、なんですかじゃなくて…… 暗くて周りに見られていないからってこれ見よがしに引っ付いてくんな」

 

 「はて、なんのことでしょう」

 

 天晴の指摘に、鈴華はとぼけてのらりかわす。

 重い溜め息。 そのあとに天晴は一応の先輩であるからとあしらうように次のようなことを言った。

 

 「言っとくけどダンジョン攻略は遊びじゃねえんだからな。 死ぬことだってあるんだからな」

 

 「わかってますよー、だから今こうしておにーさまをめいいっぱい味わっているんです。 もしかしたらこれが最後かもしれないですから」

 

 「縁起でもねえこと言うなよ……」

 

 「おにーさまが言い出したんじゃないですか」

 

 「はあ、あの姉にしてこの妹ありだな…… ほんと浅黄瀬の人間はああ言えばこう言う」

 

 「ふふふ、つまり今は大人しく抱きつかれてくださいということです」

 

 結果、天晴の負け。

 

 エレベーターが到着するまで、彼はいいようにされ続けた。

 

 

 そうこうしていると、いよいよダンジョンのある地下階層。

 

 そこは地上から約5.000mに位置する空間。

 

 地上に出現した大穴からは想像出来ない程に広いその空間は東京ドーム4個分に相当するという。

 

 そしてまた、その空間はナイターの東京ドームさながら天井に設置された幾つもの大型スタンドライトによって照らされていて、まるで自分達が地下にいることなんて忘れてしまうかのような錯覚を覚えさせる。

 

 ほんのわずかに鼻孔をくすぐる独特の香り。

 

 甘いような、少しガスっぽいような、この香りを嗅いだ人間は皆形容しにくい匂いだと述べる。

 

 それはこのダンジョンでのみ発生する迷宮香と呼ばれるもの。

 

 そのまんまなネーミングをつけたのはどこぞのダンジョン専門の研究者。 一見だからどうしたと思われるこの迷宮香だが、その実かなり危険な代物である。

 

 まず、この香りには中毒性がある。

 

 長時間連続して吸い続けると幻覚症状が起き、最悪の場合は一生ダンジョンから出ることが出来ないという可能性もある程だ。

 

 そして、その影響の程度は個人に左右されるとされており、免疫力は本人の体力、単純な肉体の大きさに比例するとされる。

 

 しかしそれらの研究結果を以てしても、いや、むしろそれが足枷となってしまっている事実がある。

 

 それは、思春期の少年少女は比較的この迷宮香に耐性を持っているということ。

 その理由は最新の研究でも今だ不明。統計を取った結果、そのような結論に至ったのだ。

 

 だがこれこそがエーデア迷宮学園が12歳から18歳を対象にした学園という形式を取る最大の理由でもある。

 

 

 「皆、気持ち悪くなったらすぐに先生に言ってね。 まあ、そんなこと万が一にもないでしょうけど」

 

 ふみちゃん先生は言ってはみるものの最後にそうつけ足した。

 

 今ここにいる生徒達は、同年代の中でも特に迷宮香に耐性を持つ優れた体質を持っているのだ。

 

 「それじゃあ、各自キャンプで装備を整えた後に再集合。 今日のミッションを発表するから」

 

 「はい!」

 

 キャンプとは彼らが今いるダンジョン入口に設営された基地のことである。

 

 その呼び名から連想されるようにテント張りの施設も少なくない。 しかしそのメインは中央にそびえ立つ三階建ての建物。

 

 そこには探索者をバックアップするために必要な最新器材が取り揃えられている。

 

 どれも地上ではお目にかかれないレア物ばかりだが、中でも目新しいのがマジシャンの使う転位魔法の仕組みを解析、参考にした瞬間装備機。

 

 外観はやたらめったらコード、パイプが繋がった3m四方の公衆電話ボックス。

 

 いかにもハイテクな見た目をしたその内部は、床に転位魔方陣を投影させた液晶パネルが設置されており、天井には術式を安定させるためのブルーカラーライトが付けられている。

 

 

 「やっと俺らの番か、待ちくたびれたぜ」

 

 

 残念ながらこの装置は1台辺り10億程の開発費を要している。 故に大量生産は出来ず、学園の総生徒数1200人に対し装備機は十台しかない。

 

 だからここには常に長蛇の列が出来ている。

 

 言い例えるなら野外音楽フェスの公衆トイレだ。

 

 こんな感じであるので、探索用装備が軽装である者は機械に頼らず自分で着替えることも珍しくない。

 

 

 「えーっと、俺の装備、装備っと」

 

 

 天晴は装備機の中に入り、設けられたタブレットで操作をはじめる。

 

 待ち時間こそネックだが、このようにその日の探索内容に合わせて指一つで装備を変更出来るのが瞬間装備機のメリットの一つだ。

 

 ちなみに呼び出される前の装備自体は地下別室にて厳重に保管されている。 世界各国との条約のために決して地上に持ち出されることはない。

 

 「ふぃー、これ着るのも久しぶりだなー」

 

 天晴は独り言を呟く。

 

 その姿はいつもの制服姿ではなく。 たゆたう4つの帯が特徴的なアサシン風の黒装束を身に纏っていた。

 

 そして彼は最後に現れた一対の武器を手にする。

 

 T字型の棒。 それはいわゆるトンファーと呼ばれるものだ。

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