第3話


 周りの鋭い視線をその身に受けながら天晴は自分の席へと向かっていく。

 

 黒板には指定の席へと座るように指示と案内が書かれており、それによると彼の席は黒板から向かって右から三列目、前から四列目、ちょうど教室の中央部に位置していた。

 

 机に鞄を置いてざっと周囲を見回してみる。

 

 初日ということもあってやはりグループらしいグループは出来ていない。

 

 皆、隣の席の人間に軽く挨拶をするだけでホームルームが始まるその時間まで一人で時間を潰しているようだった。

 

 (くぅー、この感じわくわくすんなぁ!)

 

 残念なことに誰も天晴と目を合わせようとはしてくれないが、それでも彼は気分を弾ませていた。

 

 しかしその思いが顔に出ていたのか、天晴は端から見ると意味もなくにやけているように見えて……

 

 (笑ってる……)

 

 (こわ…… 近寄らんとこ……)

 

 (てかなんでコイツと同じクラスなんだよ……)

 

 

 と、さらに距離を置かれることとなってしまっていた。

 

 天晴はそんなことも気づかず、右隣の席に座っていた女子生徒に声をかける。

 

 「よっ! 俺椿井天晴! これから一年間よろしく!」

 

 「……チッ」

 

 その女子生徒はとても可憐な見た目をしていた。

 

 透き通るような白い肌。 艶がよく手入れの行き届いた長い黒髪。

 

 顔立ちは端正で、正に大和撫子と形容されるに相応しい。

 

 しかしどうだろうか、なるべく爽やかにと心がけた天晴渾身の挨拶は、睨む、舌打つ、そっぽを向くの、その見た目からは想像出来ないやさぐれ三段活用であえなく撃沈してしまう。

 

 「うぇーい……」

 

 流石の天晴もこれには精神的ダメージを負わざるを得ない。 そこからはもう、誰かに話しかけるようなことはしなかった。

 

 ちなみに鈴華の席は一つ飛ばした左斜め後ろ。 彼女はその一部始終をしっかり観察して楽しんでいた。

 

 はやくこの絶望的な時間が終わってくれ。

 

 そう願うが、しかし天晴にとって不都合なことに、担任の教員が来てホームルームが始まるまでまだ時間がある。

 

 とても居心地が悪い時間が流れる中、雑談をかわしていた男子二人組の会話からこんな内容が聞こえてくる。

 

 「あっ、なぁなぁ知ってる? この学年に留年生がいるって噂」

 

 「留年生? 浪人じゃなくて? 中学で留年とかあんのかよ?」

 

 「それがこの学園じゃあるらしいぜ。 なんでも三留だって……」

 

 そんな会話が聞こえてきて、周りもそれに反応した。端の方で固まっていた女子達の話題もその留年生についての話に変わる。

 

 「私も聞いた…… すごい問題児らしいよ……」

 

 「不良ってこと? やだーこわーい」

 

 「このクラスじゃなかったらいいのにねー」

 

 なんてことを口々に言う。

 

 それを天晴は、額にじんわり汗を浮かべながら黙って聞いている。 何故かもう、彼のメンタルは限界一歩手前まで差し迫っていた。

 

 しかしここで救いが起きる。

 

 担任教員であろう女性が教室に入ってきたのだ。

 

 「はーい、皆席についてー、 ホームルームはじめまーす」

 

 眼鏡がよく似合うクール系の美人。 黒のスーツはスラッとした手足、スタイルの良さを強調させる。

 

 彼女の登場をきっかけに、自分の席を離れていた生徒は速やかに着席した。

 

 「ん、全員揃ってるみたいね。 感心感心」

 

 女性は子気味のいい音を鳴らしながら黒板に文字を記していく。

 

 それはどうやら人名で、書き上げた後彼女は読み上げた。

 

 「はい、今日から一年間、あなた達の担任を務めさせて頂きます赤羽布美です。

 担当教科は普通科目が社会。 専門科目が迷宮史。担任を受け持つのは今回がはじめてですが、こう見えて数年前まで現役探索者だったので色々アドバイス出来ると思います。精一杯頑張りますのでよろしくね」

 

 淡々と、流れるように自己紹介を済ませるとまばらな拍手が出迎える。

 

 少し強張った雰囲気。 それを見かねてか、赤羽布美は最後にこうつけ足した。

 

 「あっ、先生のことは気軽にふみちゃん、ふみちゃん先生って呼んでください」

 

 女性、もといふみちゃん先生はほんの少し微笑んだ。 それに影響されてか、クラス全体の雰囲気も少しだけ和む。

 

 「はい、それじゃあ次は皆に自己紹介してもらおうかな。

 話してもらうのはそうね、名前と出身地、あとは迷宮学園らしく適正クラス、あとはこの学園に入った理由、探索者としての目標なんかを教えて下さい。 もちろん、何か話したいことがあれば別に話してもらって結構です」

 

 そうして端から順に自己紹介を繰り返していく。

 

 中等部 Ⅰ ‐ A組は男子22人女子20人の計42人で構成されている。

 

 ダンジョンが世界中でここしかないということもあり、その国籍は他の中学校と比べると多岐にわたる。

 

 それでも、それぞれの自己紹介から日本人が凡そ半数の割合を占めていることがわかる。

 

 地理的、移動に伴う金銭的な事情を考えればそれも致し方のないことだ。

 

 そうこうしていると、先程天晴に辛辣な態度を取ったあの黒髪の美少女の番が回ってきた。

 

 それまでの生徒達と異なり、少女は毅然とした面持ちで口を開く。

 

 「……玄井門火夜、出身は京都。 幼い頃から剣術を学び、己の実力を試したくてこの学園への進学を希望しました。

 適正クラスは【サムライ】。 目標は、世界最強の探索者になることです」

 

 その美貌故か、いや、それだけではない。

 

 彼女の自己紹介を前に生徒達は一様にざわつき出す。

 

 「サムライ? まじかよ……」

 

 「それって二次クラスなんじゃ……」

 

 

 クラスとは、人間がダンジョン内で探索を行うに際に与えられる力の総称である。

 

 その中で適正クラスは文字通り探索者個人に最も適していると判断されたもの。

 

 ウォーリアー、アーチャー、プリースト、マジシャンなど、皆最初は一次クラスから始まり、探索の中で経験を積み技術を磨くことで二次クラスへ昇格するのが一般的だ。

 

 先程の少女、玄井門火夜が口にしたサムライというクラスはウォーリアーから派生した二次クラス。

 なんと彼女は一次クラスを経ることなく入学時から二次の適正クラスを手にしていたのだ。

 

 それはこのエーデア迷宮学園50年の歴史の中でも非常に稀なケース。 他の生徒が驚くのも無理は無かった。

 

 「はーい皆静かに! 玄井門さんは確かに二次クラスで珍しいかもしれないけど、あなた達と同じ一年生に違いはありません。 変に特別扱いしないように!」

 

 火夜は何も言わず静かに座り、それを確認してからふみちゃん先生は「それじゃあ次」と言って再開させた。

 

 そのあとも自己紹介は続いていくが、やはり火夜程のインパクトを見せるものはいない。

 

  そうしていよいよ、天晴の番が回ってきた。

 

 入学式での失態からか、良くも悪くも天晴に注目する視線が熱い。

 

 与えられた最初で最後のチャンス。ここでしくじれば未来はない。

 だが、俺は既に底辺を味わっている。 余程のことが無い限りこれ以上自分の評価が下ることはないだろう。

 

 そう考えた天晴は注目に臆することもなく、発声よく切り出した。

 

 「俺は椿井天晴! 天気は晴れと書いて天晴だ! 出身地福岡! 適正クラスは【トンファーマン】! 進学した理由はダンジョンが好きだから! 目標は、ダンジョンの最奥部に到達すること!

 あと、さっき皆が噂していた留年生は俺のことだ! ちなみに三留じゃなくて四留な!

 俺は年の差とか関係なく皆と仲良くしたいから、あっぱれくんって気軽に呼んでくれよな!」

 

 天晴は今自分が出来る最高の自己紹介を繰り出した。

 

 噛むこともない、詰まることもない。 スピーチコンテストなら入賞間違いなしの素晴らしい出来だったと言えるだろう。

 

 惜しむらくは、それが先程のやらかし男の、つけ加えて噂の留年生の言葉では無かったならばの話であるということ。

 

 真顔、動揺、引き笑い。クラスメートのリアクションは、笑い堪える鈴華を除き皆酷いものであった。

 

 (よっしゃ完璧ィ!)

 

 さらに残念なのは当の本人はすっかり満足しきってしまっているということ。

 

 よく言えば寛容。 悪く言えば図太い。

 

 椿井天晴という人間は、やさぐれ三段活用くらいでなければ動じない屈強なメンタルを、そしてその名に違わないめでたい頭をしていた。

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