第20話


 天晴が火夜と出かけた同日。

 

 時は遡り午前8時、朝のこと。

 

 前線キャンプ中央基地。

 

 地下一階にある第十一特別研究室を浅黄瀬鈴華は訪れ、ありのままの怒りを部屋の主であるDr.ウィリアムに向け爆発させようとしていた。

 

 「おいヤブ医者」

 

 「ヤブ医者とはひどい言われようだな。 そもそもあの事件で僕は医師免許を剥奪……」

 

 「いや、そんなことはどうでもいいんですよ。 あなたが医者なのか科学者なのかなんて目玉焼きには醤油かソースかくらいどうだっていいんですよ」

 

 「えぇ? 絶対醤油でしょ」

 

 「いちいち話を脱線させないで!」

 

 「おお怖…… でもさ、だったらいったい何をそんな苛立っているってんだい?」

 

 「だったらも何も! わかるでしょう! どうしておにーさまがここにいないのかを聞いているんですよ!

 私昨日言いましたよね!? 朝になったらまた来るって!」

 

 「あれ? それは僕の仕事の応援に来てくれるって意味じゃあ……」

 

 「んなわけあるかぁ!! おにーさまの様子を見るために決まっているじゃないですか! いったいどこにいるんですか!?」

 

 「んー? たぶん自分の部屋じゃない? どうやら玄井門君と街の方に遊びに行くみたいだから、今頃出かける準備をしているはずだよ」

 

 「なんだ、そうだったんですね……! てっきり私の眼が届かない間に玄井門さんとイベントを進めてしまっているものと心配していたんですよ!」

 

 ほっと一安心、胸を撫で下ろす鈴華。

 

 しかしそれが何の安心にもなっていないのではと、ドクターに質問し直した。

 

 「……ん? ドクター、おにーさまは誰と街に出かけると?」

 

 「玄井門さん」

 

 「なんですとー!?!?!?」

 

 

 ◆ ◆ ◆


 

 まずいです。

 

 まずいですよこれは……!

 

 あのヤブ医者、なんてことしてくれたんですか! 二人の仲を深めるようなことをして! 油断した私がバカでした!

 

 知ってるんですよ私は! おにーさまとはかれこれ6年の付き合いですから、あの人のタイプが玄井門さんみたいな気が強くておっぱいの大きい人だってことは十分に存じ上げているんです!

 

 それが、休日に二人でデート!?

 

 何も起きないはずがないでしょう! 起きていいはずがないでしょう!

 

 ……ええ、惚れてますよ私は。 ある日を境にして天晴おにーさまに片想いこじらせてますよ私はァ!

 

 自分の貧相な身体に四苦八苦しながらも、勇気振り絞って今のポジションまでこぎ着けてんですよ!

 

 取られる……! このままでは成す術なく肉の暴力に全てを奪われてしまいます!

 

 こうしちゃいられません。 すぐに準備して二人の様子を徹底的に監視しなければ!

 

 「もしもし百道! 緊急事態です! すぐに人員を確保して!」

 

 

 ふふっ……! ドクターを締めて待ち合わせ場所と時間を聞き出しました。

 

 正門に盗聴機をセット済み。カメラマンも物陰に配置し準備万端!おそらくあと30分もすれば二人が集まるはずですが……

 

 おおっと!? 玄井門さんがやって来た!?

 

 ど、どうして! 話じゃ10時集合のはずじゃあ……!

 

 あんのヤブ医者ァ! またホラ吹きやがった!

 

 ……い、いや、にしてはおにーさまが来る気配がありません。 ああ見えておにーさまは時間にはきちっとしています。 遅刻するなんてことはまずありません。

 

 と、ということは玄井門さんが早く来すぎただけ!? そんな付き合いたてカップルの彼氏みたいなことありえるんですか!?

 

 普通に来たおにーさまに対して、今来たところだから大丈夫とか言っちゃうんですか!?

 

 しかもなんですか! 手鏡を取り出しては見た目を気にして! ソワソワしちゃって!

 

 可愛いかよ! てか今日の玄井門さんめちゃくちゃ可愛いかよ!

 

 こんなん同じ女でも惚れるわ! おっぱい関係なく惚れ込んでまうわ!

 

 

 「はーっ、はーっ!」

 

 「大丈夫ですかお嬢様」

 

 「だ、大丈夫。 まだはじまってすらいませんからね…… あっ! おにーさまが来ました!」

 

 さてさておにーさまの様子は……?

 

 な、なんてことですか! お洒落を決め込む玄井門さんに対しておにーさまはいつもの普段着! まるでデートと意識していない!

 

 これはきた! 全部私の思い違いだった可能性が微粒子レベルで存在していた!

 

 「お嬢様、不躾ながらここで退くのは早計かと」

 

 「何を言っているのですか百道。 これはもう勝利と言っていいでしょう。 玄井門さんにその気があるのは誤算でしたが、肝心のおにーさまにその気が無いなら一安心というものですよ」

 

 「果たしてそうでしょうか? 男というのは簡単な生き物ですからね。 普段と違う可憐な姿を見れば考えを改めることだって十分にありえますよ。 ……その証拠に、ほら」

 

 「……ん?」

 

 ああっ! 相手の姿を見るなりあからさまにデレデレしはじめた!

 

 軽薄だ! 脳が下半身に支配されている!

 

 

 『めちゃくちゃ可愛いと思うぜ!』

 

 うわぁぁぁぁぁ!

 

 いきなり出てしまったぁぁぁぁぁ!

 

 可愛いと褒めてしまったぁぁぁぁぁ!!!

 

 ずるいずるい! 私のことは最近全然可愛いって言ってくれないのに!

 

 「ぐすん……」

 

 「ハンカチです、お使いください」

 

 「けっこう、泣いてなんかいません! さあ、二人の後を追いますよ!」

 

 

 さて、水族館が閉まっていてラッキーとか考えていたらエーデアタワーに来ましたよ。

 

 ここも昔私が一回だけ連れてきて貰った場所! 思い出の場所なのに他の女をそんな簡単に連れてきてしまうのですか!

 

 し、しかもいきなりお土産コーナーに来たかと思えば途端に二人の距離が縮まったような……

 

 ああ! お兄さまが玄井門さんの肩をガッシリ掴んだ!

 

 いったい何が起きているんです!?

 

 「音声班!」

 

 「はっ!」

 

 『お…… パ、ティ…… く、ないか…… ほしかったんだよ……』

 

 

 ……?

 

 …………???

 

 雑音が混じっていて聞き取り辛いですね……

 

 でも、おまえのパンティーくれないか? 欲しかったんだよ。

 

 って言いました……?

 

 

 「何を白昼堂々猿晒しとんじゃコラァァァァァ!!!」

 

 「うぉ!? 鈴華!? いたのか!?」

 

 「いましたよ! 最初からずっと尾行していましたよ! ところでなんですか! こんなところで下着を請求するって! 見損ないましたよおにーさま!」

 

 「下着……? 何のことだ?」

 

 「とぼけないでください! スズはちゃんと聞いたんですから! おまえのパンティーが欲しいって玄井門さんにせがんだでしょう!」

 

 「はぁ? 俺そんなん言ったっけか玄井門」

 

 「言ってない」

 

 「えぇ!? そうしたら今聞いた音声は……」

 

 「鈴華お嬢様、解析が完了しました」

 

 『俺達、パーティー組まねえか? とびきり尖った前衛が欲しかったんだよ』

 

 「……」

 

 「おう鈴華、こりゃいったいどういうことだ」

 

 「だ、だって! おにーさまと玄井門さんがデートって聞いていてもたってもいられなくて!」

 

 「それで尾行したと? はぁ~、アホかおまえは。 普通に遊んでただけだっつーの。

 あっ、 てか玄井門ウチに入ることになった」

 

 「そ、そうですよ! なに私に相談せずに決めちゃってるんですか!」

 

 「ん? ダメだったか?」

 

 「だ、ダメとは、言ってませんけど……」

 

 「おーしそんじゃあ決まり! せっかくだし今から三人で遊ぶか! ゲーセン行こうぜゲーセン!」

 

 「あっ! まだ話は終わってま…… はぁ、まったくあの人は…… 玄井門さん、おにーさまに付き合うと苦労しますよ?」

 

 「構わない、むしろ楽しそうで良い」

 

 「おお、見事に感染してしまってる……」

 

 流石というか、なんというか。玄井門さんまで引き込んでしまうとはおにーさま恐るべしです。

 

 でも負けませんよー!

 

 おにーさまの正妻はこの私、浅黄瀬鈴華なのですから!

 

 玄井門さんだろうとお姉様だろうと、誰が来ようと譲りません!

 

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