第19話
椿井天晴の生涯において異性というのは特段めずらしい存在ではない。
かつてのパーティーメンバーもそうであるし、今現在でも妹分の鈴華がことあるごとにつきまとってくる。
だから異性、四つも年下の女の子ともなれば彼が緊張する要素はどこにもないはずだった。
「うぉぉ……!」
絶句。 文字通りの絶句。
目の前の少女の可憐さを前にして、らしくもなく天晴は言葉を失っていた。
「あの……」
「お、おう! わりぃわりぃ、ちょっとびっくりしただけだ!」
「びっくり? ……やっぱり変だった?」
「へ、変じゃねえよ! めちゃくちゃ可愛いと思うぜ! うん!」
「へっ!? え、えと、ありがとう……」
このとき、浮かれながらも少しだけ我に帰る自分がいた。
例えば今のような状況。
天晴は火夜の姿を凝視していたわけだが、以前の彼女ならば睨み返して「見るな変態」と罵っていたところだろう。
しかしどうだ。 異性からの褒め言葉を受けて恥じらいながらも喜ぶ姿はまさに年相応の乙女そのもの。
二次クラスの天才、孤高の剣姫の姿はどこにもなかった。
(こいつもこんな顔するんだな……)
呑気なことを考えた天晴。 若干失礼なことを思っているが火夜はそれに気がつくことはない。
彼女は動揺した自分の顔を隠すように向こうを向いて進み出そうと提案した。
緊張が解けないながらも後を着いていく天晴。 並んで歩くというのが自然だとわかっていても、それをする勇気が今の彼にはなかった。
もっとも、それは火夜の歩くペースが妙に早いことも天晴が中々追いつけずにいる原因の一つではあるのだが。
「えっと玄井門。 誘ってくれて嬉しいんだけどよ。 いったいどこへ行くってんだ?」
「……すいぞくかん」
「水族館……」
意味もなく同じ事を口にした。
天晴はまたパニックになっていた。
どれだけ見た目が違おうと中身はあの玄井門火夜に違いはない。
大鹿の頭を切り落とし、返り血の一つも気にせず、大竜巻でゴブリンの群れを蹴散らしてしまうような怪物女に違いないはずなのだ。
それがどうして向かう先が水族館?
そんないかにも女の子女の子した場所へ向かうとはまるで予想しておらず、一周回って何かの罠かと勘繰ってしまった天晴はこれが決闘の続きであるのではないかと結論付けようとした。
もちろんそんなわけはない。
火夜は謝罪する機会を伺い天晴を誘い出したわけで、もはや彼を恨んでいるだとか軽蔑しているだとかそんな気はさらさらない。
それでもそんな勘違いをされてしまうのは、彼女が緊張していつも以上に口数を減らしてしまっているからだろう。
(うぅっ…… どうしてこうも意識してしまうんだろう)
(うーん…… なんでこんなに緊張してんだ俺?)
お互いがお互いの顔を見ないようにしているので気がつかないが、天晴も火夜も顔を赤くしてまるで初々しいカップルのようだ。
そうこうしていると、いよいよ水族館に到着した。
丘の上にある学園から街へ繋がる一本道を下り続けること10分。
そこにあるバス停から乗り継ぐことなく6駅が水族館前である。
しかしこの日、休日にもかかわらず下車する人間は少なかった。
少し不思議に思いながらも二人はそのままバスを降りた。
そして建物の入口までやって来てその理由がわかる。
「り、臨時休業……?」
「うっそん……?」
答えは至ってシンプル。
機材トラブルにつき三日間の臨時休業。
入口前の貼り紙にはそう書かれていた。
「そ、そんな……」
まるで今生の別れを経たかのようにがっくり膝をついては落ち込む火夜。
何が何だかわからないが、天晴はひとまずそんな彼女を慰めようとした。
「ああ、えっと、ざ、残念だったな? にしても、そもそもどうして水族館に?」
天晴の質問を、火夜は肩を落としたまま答える。
「……ここは私のお気に入りの場所。 だから来れば気持ちが落ち着くと思って来た……
特に今日はずっと注目していたこの水族館限定販売キーホルダーの発売日だったから……」
「おお、なるほど……?」
聞いてはみたもののやはりいまひとつ要領を得ない天晴。
そもそも気持ちを落ち着かせて何がしたいのか、疑問は増えるばかりだった。
(ああいや、そーいや何か俺に話したいことがあるんだっけか? 今ここで俺から触れてもいいけど、たぶん玄井門にも自分のペースとタイミングがあるよな…… となると、よし!)
「玄井門! 他に行くあてないなら俺に付き合ってくれないか?」
「構わないけど…… いったいどこへ?」
「俺のお気に入りのとこだよ。 景色がいいんだ」
そう言って、天晴は高く遠くを指差した。
地上522メートル。
エーデアタワー展望フロアから一望できるその景色は観光名所の1つに数えられている。
「うわぁ……」
山、海をはじめとした自然。それとは対照的な市街地の光景。
これらを前にして感嘆の声を上げない者などそうはいない。
先ほどまで意気消沈していた火夜も例外ではなく、目を輝かせ興奮しているようだった。
「どうだ? すごいだろう?」
「うん、すごい……! でも、こんなところよく知ってた」
「まあ、ここ来てかれこれ四年経ちますし? そこらへんの奴より土地には詳しいよ」
「あっ」
「ん? どうした?」
「えっと、そういえば4つ上だったんだって……」
「ははは、なんだそりゃ。 まあ、こう見えて16歳っすよ俺は。
あっ、そういやここお土産コーナーあるんだ。 ちょっと行ってみようぜ」
「えっ? う、うん……」
景色を堪能するのも束の間、天晴は火夜を連れて一階へと降りた。
いったい何があるのだろうと思う火夜。 しかしこの直後、彼女は何かを見つけ売り場の一角に駆け出した。
「ダンジョン太郎エーデア水族館限定バージョンキーホルダー!」
火夜の手に握られた謎のキャラクターのキーホルダー。
布製のてるてる坊主のような見た目で、モチーフは誰か黒髪の男性、付け加えるなら何かの武器らしきものを両手に持っていることから探索者であるように伺える。
ダンジョン太郎とはエーデア国公式宣伝キャラクターだ。
その活動は多岐に渡り、PR活動だけでなく国賓訪問の出迎えに登場したり、グッズ展開も数多くされている。
火夜が今目を輝かせ見つめているのもその一つ。
少し特殊なのは、水族館とのコラボ商品であるためイルカの着ぐるみを被ったデザインになっていること。
「で、でもどうして私が欲しいものがここにあるって?」
「ん? いやぁ、今日発売のキーホルダーって言うからもしかしてと思ってさ。
ここの土産物屋は色んな施設のグッズ取り扱ってるからもしかしたらあるかなって」
「たったそれだけで……? もしかしてあなたもダンジョン太郎のファン?」
「いや、ファンっつーかなんつーか……」
言い辛いのか少しの間を置く。
そして首を傾げて続きを待つ火夜に対し、照れくさそうに頬をかいてこう答える。
「それのモチーフ俺なんだよな。 著作権も俺にあって、勝手にしろって言ってんだけど、毎回発売前には業者から連絡来るんだよ……」
あっはは…… と、気まずそうに答える天晴。 聞いた火夜は言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「え、ええええ!?!?」
「ちょ、ばか、声でけーって!」
「ご、ごめん…… でもそんなのびっくり…… 大好きなダンジョン太郎のモチーフが椿井天晴だなんて……」
「あー…… たまにあるんだよ。 探索者がグッズのモチーフになったりするってのは。
まあダンジョン太郎は手広くやりすぎだけどな……」
「そ、そうなんだ……」
徐々に落ち着きを取り戻した火夜、そんな彼女の見ていないところで天晴はどぎまぎしていた。
目の前の少女が、自分ではないにせよ大好きなんてワードを持ち出してくるものだからそれも仕方ないと言えば仕方ない。
「しょ、正直俺はピクリとも来ないんだけどよ。ダンジョン太郎、 何がそんなに良いんだ? デザインか?」
「デザイン…… もちろん見た目もかわいいけど、私にとってこれはおばあちゃんとの思い出」
「おばあちゃん?」
「……うん、泣き虫だった私におばあちゃんがくれた。 ダンジョン太郎は強いから、これ持ってたら火夜も強い子になれるよって」
火夜は鞄の中から何かを取り出して見せてそう言った。
それはダンジョン太郎のノーマルバージョンキーホルダー。
日焼けして少し色褪せてはいるがほつれや欠損などはまるで無く、長年の品ながらも大切に扱われてきたことがわかる。
「おぉ…… それは、なんというか荷の重い……」
自分をモチーフにしたグッズがおまもり代わりに使われていた。 その事実に少し強張る天晴。
しかし火夜はそんな天晴の謙遜を否定するように首を横に振った。
「……ううん。 おばあちゃんが言っていた通りだった。 ダンジョン太郎は強い。 強くて優しいすごい人だった」
「ま、まさかそれ俺のことか?」
「うん、そう」
「そ、そうか…… まあ躍起になって否定するのも玄井門とおばあちゃんに悪いから素直に受け取っとくよ……」
どんな顔をしていいのか天晴はわからなかった。
ただ、嬉しいのは間違いなかった。
間接的にも自分が他人を励ます助力になっていた、その事実がほんの少しくすぐったいが悪い気分ではなかった。
「んじゃ、お目当てのグッズも買えたことだし、そろそろ昼飯に行くか?」
「うん。 ……でも、その前に話をさせてほしい。 今なら、ちゃんと言葉に出来ると思うから」
「は、はなし? お、おぅいいぜ。 いったい何の話だ?」
火夜は話し出す前に深呼吸をした。 その間、相手以上に緊張した様子で天晴は待つ。
「……ごめんなさい」
まずはただ一言。 深いお辞儀と共に火夜はそう言った。
その言葉の意味がわからない天晴ではない。 続きを、何か返事をするわけでもなく黙って待った。
「……あなたのことをずっと悪く言ってきた。 一人で勝手な行動して、巻き込んで、孤立してしまった私をあなたはずっと気にかけてくれていたのに、私はそれを蔑ろにしてきた。
かつての仲間、浅黄瀬律華と同じ過ちを起こそうとしている私を止めようとしてくれていたのに……」
「オッケー! もういいよ! 」
「えっ? まだ話は……」
「いやぁ一応最後まで聞こうとしたんだけどさ。 反省してるのは十分伝わったし、なにより湿っぽい空気って得意じゃねえんだわ。
そもそも俺も風呂場で恥かかせちまったんだ。 お互い様ってことでいいじゃん?」
「そ、そんなあっさり……」
「あっさりくらいが探索者にはちょうどいいんだよ。 ……でさぁ玄井門、実は俺もおまえに話があんだよ」
「えっ? なに?」
「俺達、パーティー組まねえか? とびきり尖った前衛が欲しかったんだよ」
「え、え……? 今の流れでどうしてそうな……」
「流れも何もねーよ。 俺はずっとおまえが仲間になってくれたら頼もしいと思ってたんだ」
「で、でも、私はあなたにひどいことを言った」
「それを謝って俺は許した。 わだかまりは何もないはずだぜ?」
「浅黄瀬さんだってきっと私のことはよく思っていないはず……」
煮え切らない返事ばかりする火夜に対して天晴は痺れを切らした。
彼は大胆にもずいっと迫り、両肩を掴み、強い口調で相手の名を呼ぶ。
「玄井門!」
「は、はい!」
「組みたいか、組みたくないか。 おまえの気持ちを俺は聞いているんだ」
「そ、それは……」
天晴はそれ以上迫るようなことはしなかった。
あくまでもこれはスカウト。 対等な立場の交渉にしたかった。
だから相手の返事をじっと待って、少し考えた後に火夜は思い切るように口を開いた。
「……わたし、私もあなた達のパーティーに入りたい。 あなたみたいに私も強くなりたい」
「ほ、ほんとうか!? やった!!!」
あまりの嬉しさに天晴はその日一番の声量で雄叫びのような声を上げた。
はじめのような緊張はもう忘れていた。
彼にとっては仲間が増えること、共にダンジョンを楽しむ者がいることこそが何よりの喜びなのだ。
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