第18話
───プシュゥゥゥゥゥゥ。
明朝、午前6時。
定刻になり、冷気を放ちながらカプセルが開く。
「んっ、ん~…… あーよく寝た」
身を起こし、大きく伸びをする天晴。
このような寝床であってもそのアクションは普通のものと何ら変わらない。
天晴はカプセルから降りて部屋を出た。
ドアを開けるとDr.ウィリアムはPCで作業をしており、天晴の存在に気がつくと振り向いて優しく微笑んだ。
「おはよう天晴君。 調子はどうだい?」
「おはようドクター。 おかげさまで快調だよ。 てか、聞きたいことがあんだけど……」
天晴はチラッと部屋の左側に目をやった。
そこにいたのはソファに横たわり静かな寝息を立てる火夜の姿。
「ん? ああ、確か玄井門君だったよね。 彼女は君が眠ったすぐ後にここに来たんだ。
それで浅黄瀬君とちょっと話をして、いつの間にか寝ちゃってたんだよ」
「……話って、まさか俺のことか?」
「おっと勘が鋭いね。 そうだよ、彼女が君のこと知りたいって言い出して仕方なく、ね」
「とかなんとか言って、どうせドクターがペラペラ喋ったんじゃねーの?」
「失敬な。 僕はただ浅黄瀬君に、教えてあげたら? って言ってみただけだよ」
「似たようなもんじゃねーか。 はあ…… まあなんでもいいんだけどよ」
天晴が溜息を吐く。
ちょうどそのとき、火夜が体をぴくりと動かして目を覚ました。
「んっ……」
「おっと、起こしちまったか。 わりぃ」
「椿井天晴…… っ! ケガは? 身体にどこか異変があったりは……」
少し寝ぼけた表情を見せた火夜だったが、天晴の顔を見るなりすぐに意識をはっきりとさせた。
そして詰め寄るように彼に迫っては体のあちこちを触ってはけがの有無を確かめた。
無論、彼は〈ゴブリン〉達との戦闘でケガなどただの一つも負ってはいないのだが。
「お、おおお落ち着けって。 ケガなんてねーよ。 カプセルで寝たしもうバッチリだ」
「そ、そう…… よかった……」
昨日までとまるで違う火夜の様子に少し戸惑いを覚える天晴。
それが自分の昔の話を聞いたからだと気がついて、相手に心配させないように自分から話題に触れることにした。
「えーっと、そういやもう玄井門は俺のこと聞いちまったんだよ、な……?
なんかごめんな? 気分悪くさせちまっただろ?」
「そんなっ! ……そんなこと、ない。 私はずっと勘違いしていた。 あなたがどうしようもないクズだって思い込んでいた。
でも本当は違った。 自分がどんな目にあっても仲間を庇うことが出来る強くて優しい人だった。 私はそんなことも知らずにあなたのことを……」
「うぉ、その話も聞いたのかよ…… ドクター喋りすぎだぞー!」
「僕じゃないよぉ、浅黄瀬君だよぉ」
「どっちでもいいよそんなの! えっとな玄井門、ドクター達から聞いた話は他言無用で頼む。
律華達今めちゃくちゃ頑張ってるからさ、俺のせいで余計な噂とか立ってほしくねえんだ」
「それは、構わないけど…… 」
「おーまじか。 助かるよ、サンキュー」
「う、うん…… それで、あの……」
「ん? まだなんかあんのか?」
「えと、その、あ、あやま……」
「あやま?」
「うぅ……」
ごめんなさい。
そのたった一言が火夜は言えずにいた。
相手の事情を知った上で謝りたかったが、その事情があまりに壮絶すぎたが故にかける言葉が見つからなかった。
そのとき、それを見透かしてわざとたらしく声を上げるDr.ウィリアム。
「あ、そうだぁ!」
「どしたドクター」
「いやぁ、急用を思い出してねぇ。 そういえば今日僕出張だったんだよ。 急いで仕度して出発しないと」
「おお、そうだったのか。 んじゃ俺達も出た方がいいよな」
「うーん、そだねそうだね、悪いけど。 でも玄井門君はまだ話があるみたいだし、せっかくなら二人で出かければいいんじゃないかな?」
「いや、そうはならねえだろ……」
「えー? でも日曜日だよー? 天気予報快晴だったよー? 募る話はさ、お外でゆっくりすればいいじゃん。 ね、玄井門君?」
「玄井門、ドクターこう見えて頭おかしいところあるから、真に受けなくていいぞ」
「……」
「……えと、玄井門さん?」
触発されてか、真剣な面持ちで何か考え込んでしまった火夜。 不穏に思った天晴はつい敬称で相手の名を呼んだ。
すると、さらに一層真剣な眼差しを天晴に向けて火夜はこう言うのだった。
まるで、果たし状を叩きつけるかのように。
「……椿井天晴。 今日の予定は?」
「い、一日暇だけど……」
「なら、付き合って。 お互い準備があるだろうから10時に正門集合。 いい?」
「お、おう……?」
それだけ言って、火夜はそそくさと研究室を後にした。
寝起きで上手く頭が回っていないということもあり、わけもわからぬまま話が進んでいて天晴はそれはそれは困惑したという。
そんな彼に落ち着かせる間も与えずドクターは背中を押し出した。
「さ、天晴君も早いところ出ていってくれ」
「うわっとと…… つーかドクター、あんた一体なにたくらんでるんだ?」
「いいや? なにも? ただ友達が増えるのは良いことだ。 クラスメートなんだし、これを機に玄井門さんと仲良くなればいい」
「……なるほど!」
天晴はその言葉の意味もよくわからないままとりあえず頷いた。
そして元気よく部屋を飛び出る彼の後ろ姿をドクターは腹黒い笑みを浮かべながら見送った。
数時間後、天晴は約束通り正門前にやって来た。
なんてことはない、いつもの服装。
いつもの白パーカーにいつもの黒スキニー、いつものスニーカー。
天晴はことの重大さをあまり理解していなかった。
「おっ、いたいた……」
門の裏に見える一人の影。 それが火夜のものでえるとすぐに気がついた天晴は歩くスピードを早めた。
と、そこで彼は気づく。
火夜の雰囲気がいつもと違うことに、いつもの凛々しい姿とはまるで異なることに。
麦わらのハット。 艶やかな黒髪とは対照的な純白のワンピース。
少し高いヒールが少女の身長を押し上げていて、唇には薄いリップが塗られていた。
「お、おお…… 玄井門……? おまた、せ……?」
「大丈夫…… い、今来たところ……」
火夜の顔が少し赤い。
それは怒っているからというわけではなさそうで、ましてや熱があるというわけでもなさそうで。
それが俗に言う照れというものから来ているということに気がついて、天晴はそこで理解することとなった。
あ、これデートじゃん、と。
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