第17話


 帰還したオーラ達からの報告を受けて学園は迅速に救援隊を編成した。

 

 教員、OB、上級生からなるその部隊は間も違いなく当時の最高戦力。 椿井天晴という一人の探索者の価値を考えればそれも当然のことだった。

 

 「作戦を発表する! 要救助者は椿井天晴! 場所は地下56階層南東部! 現場には伝説級モンスター〈ミノタウロス〉の存在が確認されており要救助者はこれと戦闘中であると思われる!

 事態は一刻を争う! 総員、迅速な行動で作戦にあたれ!」

 

 「はっ!!」

 

 【ジャンプ】は帰還専用の魔法であり、探索者達はキャンプから目的地にワープする手段を持ち合わせていない。

 

 幸いダンジョンには10階層ごとに中継ポイントが設置されており、そこになら専用の装置を用いて移動することが出来る。

 

 しかし50階層以降は比較的新しく調査も十分に進んでいない未開拓域だ。

 

 最高戦力パーティーといえども57階層に到着するのに3時間を要するのは致し方のないことであった。

 

 「いたぞ! 椿井天晴だ!」

 

 「〈ミノタウロス〉は!?」

 

 「見当たらない! 痕跡を見るに撤退したようだ!」

 

 「よし! 椿井天晴の状態を確認しろ!」

 

 部隊長の指示を受けてヒーラーの一人が天晴のすぐ側に駆け寄った。

 

 腰をおろし、壁に体を預ける天晴。 出血はひどく呼吸は不安定であり、角か斧で抉られたのか特に胸部の損傷が甚大である。

 

 「こんな状態で〈ミノタウロス〉を退けたのか……? おい! 大丈夫か!?」

 

 声をかける救助隊員。 しかし天晴からの返事はない。

 

 それを確認して隊員は仲間達に事態の深刻さを伝えた。

 

 「危険な状態だ! ここでの回復処置も難しい! 急いで前線キャンプに【ジャンプ】しなければ!」

 

 「すぐに転送用意! 急げ急げ!」

 

 

 そうして天晴は前線キャンプのメディカルセンターに送られ緊急手術を受けることとなる。

 

 心臓、肺の著しい損傷。 酷使し過ぎたせいか脊髄にも被害は見られる。

 

 彼の身体はもう手術でどうにかなる限度を越えていた。

 

 このとき、当時の執刀医であるDr.ウィリアムは一つの決断を降した。

 

 まだ13歳を迎えたばかりの少年の人生を決めてしまうような大きな決断だ。

 

 

 

 数時間後、入り口の前には天晴のパーティーメンバーや学園の関係者達が手術が終わるそのときを今か今かと待っていた。

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 ぽつり、ぽつり。

 

 弱々しい少女の声だけが廊下に響く。

 

 意識を取り戻した律華は直後仲間に状況を知らされ、己の軽率な行為の数々を悔やんでいた。

 

 それを、父である学園長、浅黄瀬龍仁朗は彼女の肩を撫でて落ち着かせていた。

 

 しかし律華は懺悔をやめようとはしない。

 

 こうなってしまったのは全て自分のせい。 迂闊に突っ込んでいなければ、天晴の警告に従っていれば、そうしていれば天晴がこんな目に遇うことはなかったはずだ。

 

 そんなことをひたすらに胸の内で繰り返していた。

 

 そうしていよいよ手術中の点灯が消える。

 

 中から現れたDr.ウィリアムは詰め寄る面々に結果を伝えた。

 

 「先生! 椿井君は助かったんですか!?」

 

 「落ち着いてください学園長。 手術は成功しました。 油断は出来ませんが一先ず無事です。 ただ……」

 

 言いかけたそのとき、ドクターは表情を暗く落とした。

 

 不審に思った学園長。 堪らず訊ね返す。

 

 「ただ?」

 

 「ただ…… 私は一つ禁忌を犯しました。 椿井天晴という一人の少年を救うため、倫理を掃き棄てるようなおぞましい行為を……」

 

 「どういうことですか」

 

 「……実際にお見せした方が早いでしょう。 どうぞ、ついてきてください」

 

 皆顔を見合わせて不思議に思いながらもついていくことにした。

 

 そうして案内されたのはドクターの研究室。

 

 そこにはいくつもの虫かごのようなものが並べられており、中には小さく光る蛍のようなものが入っていた。

 

 「……私には医者の他にも科学者としての側面もありましてね。 これは長年研究を続けている生体ナノマシン、名を〈ベアルト〉と言います」

 

 「ナノマシン……? ただの虫のようにしか見えないが」

 

 「自分で言うのもなんですが、これは悪魔の発明品ですよ。 人間の尊厳を冒涜する最低最悪の機械だ」

 

 「いったいどんな機能があるというんだ」

 

 「……〈ベアルト〉は体内の血液に散布して使用します。 血流と共に常に身体中の巡回を続け、必要があれば損壊した細胞の再生、外敵ウイルスの駆逐など、生命活動を脅かすあらゆる要因を排除しようとします」

 

 「それじゃあいいことばかりにゃ。 全然禁忌でも悪魔の発明品でもないにゃ」

 

 「いいや、あれは決して人体に用いていい代物ではないんだ」

 

 そう言って、ドクターは部屋の奥から一つのケースを持ち出した。

 

 その中には一匹の可愛らしいマウスが入っていた。

 

 それをどうするのかと思えば、ドクターはちょうど手元にあったカッターで力強く突き刺してしまった。

 

 「!?」

 

 赤い血が傷口から漏れる。 マウスは動かなくなってしまった。

 

 皆が驚く中、ドクターは黙って見ていろと言わんばかりに視線を送る。

 

 そうして待つこと数秒。 マウスの身体に異変が起きた。

 

 「なっ……!? 傷口が塞がった……!」

 

 誰かが口にしたその言葉のとおりマウスの身体に空けられた大きな傷口はものの数秒で塞がってしまった。

 

 さらには絶命したはずのマウス自身も、その体表に血痕を残しながらまるで何事もなかったかのように意識を取り戻し立ち上がってしまった。

 

 「……不老不死、なんですよ。 このマシンがもたらす結果は。

 脳を潰されようが、海に溺れようが、燃やされようが四肢をバラバラにされようが、何があっても死ねない身体になってしまうんです」

 

 「そんな……」

 

 「それだけじゃありません。 細胞内に侵入し損壊があれば元通りに修復するということは、つまり一切の身体的成長が見込めなくなるということなんです。

 そんなもの、私の口から言わせれば人間どころか生物なのかも怪しい。 ……彼はもう、マシンに生かされた何かだ」

 

 マシンに生かされた何か。

 

 その言葉を前に皆言葉を失った。

 

 そんなはずはない、だとか、天晴は生きているだとか、そう言いたかったが言えなかった。

 

 こうなることがはじめからわかっていたのか、ドクターは淡々と話を続ける。

 

 「……今、天晴君の体内には〈ベアルト〉以外に人工心肺を取り付けています。

 日常生活に支障をきたすことはないでしょうが、激しい運動、特にダンジョン内での活動となると厳しいことになるでしょう」

 

 「それはつまり、椿井君はもう探索者に復帰できないと?」

 

 「それは本人の努力次第です。 辛く長いリハビリ生活を耐えることが出来れば可能性はあるでしょうね。 ……もっとも、それすらもほんの僅かな希望でしかありませんが」

 

 話は以上です、とドクターは締めくくった。

 

 「私のせいだ……」

 

 そのとき、律華は改めて思い知ることとなった。

 

 自分が何をしたのかを、取り返しのつかない罪を犯してしまったということを。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 「……それから、意識が回復したおにーさまの長いリハビリ生活がはじまりました。

 ナノマシンが投与された肉体はそれまでとはまるで勝手の違うものになるそうです。

 治療に1年、リハビリに2年。 それが、おにーさまが四留の留年生になった理由です」

 

 話が終わり、鈴華はドクターが淹れた紅茶をすすった。

 

 聞いていた火夜。 彼女の頬には一筋の涙が流れていた。

 

 「……」

 

 「泣いているんですか?」

 

 「だって…… こんな……」

 

 「はあ、だから嫌だったんですよ。 特にあなたみたいな人にはこの話をしたくはなかった」

 

 鈴華が鬱陶しげに溜息をつく。

 

 「紅茶、淹れなおそうか? もう冷めてしまっただろう」

 

 「結構です。 今日のところはもう帰りますから。 明日の朝また来ます」

 

 「ん、そうか。 それじゃあまた明日」

 

 火夜に気を遣ってか、鈴華は足早に部屋を後にした。

 

 ドクターもそれを察したのだろう。 深くは追求せず素直に見送った。

 

 そして、未だ項垂れたままの火夜に視線を向けて声をかけた。

 

 「……君と天晴君が今日ダンジョンで何をしていたのかは聞いている。君がどういう振る舞いをし続けていたのかもね。 似てるよね、君と律華君は」

 

 「……っ」

 

 ドクターから突然指摘されて、火夜は思わず体をびくつかせた。

 

 「あはは…… ごめんごめん。 別にいじわるしようってわけじゃないんだ。 ただ、浅黄瀬さんがどうしてこの話を渋っていたのかはわかっていて欲しかったからさ」

 

 「……大丈夫です、理解しています」

 

 「……そっか、ならいいんだ。 それで、君はこの後どうするんだい?」

 

 「……もう少しだけここにいていいですか」

 

 少し間を置いた後、火夜はそのように答えた。

 

 ドクターはそれを聞いて、ただ、紅茶淹れなおすねとだけ返した。

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