第15話


 二学期の終わり。 ダンジョン出現を機に発生した異常気象が蔓延り、西日本でも当たり前のように雪が降る冬のこと。

 

 誰もいない教室の片隅。【やがて光見る者】の面々はなにやらミーティングをはじめるそうで。

 

 「そういや、皆は帰省すんの?」

 

 「僕はするかな。 グランマに学園での話聞かせてあげたいし」

 

 「資金出してくれたばあちゃんだっけ? いいじゃんいいじゃん!〈グランブルー・ドラゴン〉倒したときの話してやれよ! そんじゃあオーラは?」

 

 「ウチも年末年始だけは国に帰るつもりにゃー。 子供達と年越しの花火見に行くにゃー」

 

 「インドネシアの年越しって盛大でお祭みたいなんだっけか。 おもしろそうだよなぁ」

 

 「あはは、んじゃアッパレも来るかにゃ?」

 

 「わりとアリ。 俺年末年始予定ねえし」

 

 

 話のはじまりはそんなもの。ミーティング、と呼ぶにはあまりに軽い雰囲気だった。

 

 それもそのはず、今回の集まりは予定していたものではなく急遽律華が他の三人を呼び出して開かれたものなのだ。

 

 当の本人が口を開かない限りは話がはじまるわけもなかった。

 

 「んで? 浅黄瀬のお嬢様は何用で呼び出したんだ?」

 

 雑談も程々に、天晴は律華に話を振った。

 

  アーサーとオーラも空気を読んで彼女に視線を向ける。

 

 そうして注目を集めて一拍。 重々しく厳しい雰囲気を漂わせた律華はコホンと咳払いした後に切り出した。

 

 「……皆、この冬休み本気で帰省やら遊びやらで過ごす気?」

 

 律華のその一言を耳にして、三人共その意図がよくわからず互いに顔を見合わせた。

 

 しかし相手の様子から決しておふざけの話ではないとわかっているので、 代表して天晴が問い直す。

 

 「えっと律華? つまるところ何が言いたいんだ?」

 

 「つまり、私達に遊んでる暇なんてないでしょって言ってるの」

 

 「いやいやいや、何言ってんだよ……」

 

 「皆、気が緩みすぎよ。 私達には6年しか時間がないの。 日数で換算すれば2000日強。 その中でほんの数週間がどれ程貴重かわかってる?

 そうじゃなくたって、二週間ダンジョンから離れて、感が鈍るとか考えないの?」

 

 「落ち着けって、おまえの言いたいこともわかるけどよ、皆家族のことやプライベートがあるんだらさ。 おまえだってたまの長期休暇くらい羽を伸ばせばいいじゃないか」

 

 「羽を伸ばす? 家族? 馬鹿言わないで、私達は探索者よ。 一般人と同じ生活をしようとするのがそもそもおかしいの。

 〈黒虎団〉、〈レプシオンナイツ〉他の上位パーティーは皆活動するって話よ。 ここでつけられた差をどうやって取り戻す気?」

 

 「律華、何をそんなに焦っているんだい? 僕達はよそに負けないくらいの結果をちゃんと出してるじゃないか」

 

 「ええそうね、パーティーとしてならそこそこの成果があるわ。 けど個人なら? 二つ名を持っているのはまだ天晴だけ。 私も、あなたも、オーラも、個人では何一つ成せていないのよ」

 

 「それは……」

 

 律華が口にした二つ名のワードを前にアーサーはつい口をつぐんだ。

 

 二つ名とは、探索者個人の氏名の他に与えられるもう一つの名のこと。

 

 おおよその場合は大きな結果を出した者に学園から与えられる云わば称号のようなものであり、学園の生徒達にとっての目標である。

 

 50階層突破の功績に最も貢献した天晴は〈未来の探訪王〉の二つ名を得たが、他の三人は表彰こそされたもののそこまでには至っていなかった。

 

 「まーた二つ名の話かよ律華。 何度も言ってんだろ、二つ名ってのは望んで手に入れるもんじゃねぇ。 後からついてくるもんなんだって」

 

 「だからって休んでいい理由にはならないわ。 天晴、あなたも最近鈴華にご執心なようだけど、そんなことしている場合なのかしら?」

 

 「それに関してはおまえももっと積極的になった方がいいと思うんだが…… 実の妹なんだし……」

 

 「あなたが甘やかしすぎなんじゃなくて? ……はあ、もういい。 とにかく、冬休み中に学園を出るのは許さないわ。 この二週間でもっと強くなるのよ」

 

 「まじっすか……」

 

 「流石だね……」

 

 「りっかっち鬼すぎるニャ!」

 

 律華の強引な申し付けに、三人はがっくりと肩を落とした。

 

 その日の夕方。 学園からバスで20分の場所にあるエーデア国立総合病院。

 

 天晴はその病室の一つを訪れていた。

 

 「よー鈴華。 具合はどうだ?」

 

 「天晴さんっ!」

 

 四年前の鈴華は入退院を繰り返す病弱少女だった。

 

 彼女の父、つまりは学園長の紹介で二人は知り合い、今ではこうして見舞いに行くような関係になっている。

 

 「んでよ~、律華が冬休みも探索だー! って意気込んじゃってさ~ とんだブラックパーティーだぜウチは」

 

 「お姉様がそんなことを……」

 

 「あっ、いや、別に悪口ってわけじゃねえんだ。つーか、こんな話おまえにしても仕方ねえよな。 わりいわりい」

 

 「いえ、身内のことですから……」

 

 「身内のことって、言い方どうにかならないのか? なんつーか、おまえも律華も妙に壁があるよな」

 

 「多分お姉様はスズのことが嫌いなんです。体が弱くて意気地のないスズが疎ましいんですよ」

 

 「実の姉妹だろ? んなことあるかね?」

 

 「げんにお姉様は天晴さん程会いに来てもくれません。 お正月すら帰ってこないのはそういうことでしょう」

 

 「なんだ? 本当は寂しいのか?」

 

 「そ、そんなこと! 私はただ……!」

 

 「素直じゃねえな~ 会いたいなら、お願いお姉さま、鈴華に会いにきて~ って言えばいいじゃん」

 

 天晴は目を潤ませ媚びたポーズを取りながらそう言った。

 

 すさまじく気色の悪い光景だが、鈴華はそれを指摘することもない。 否、自分の想像があまりに恥ずかしすぎた故に余裕を無くしていた。

 

 「そ、そんなの出来ないです! やったって意味ないです!」

 

 「そーか? 俺が律華ならあまりの可愛さに毎日通っちゃうけどなぁー」

 

 「か、かかか可愛いって、スズは可愛くなんて……」

 

 「いや、可愛い。 おまえなら天下を獲れる」

 

 「なに真剣な表情で言ってるんですかっ」

 

 「ぬはは! ……よし決めた! 大晦日と正月は誰が何と言おうと休みだ! 律華も家に帰らせる!」

 

 「で、出来るんですか?」

 

 「俺は誰だと思ってる? 不可能を可能にする男、椿井天晴だぞ!」

 

 翌日、宣言通り天晴は二日間の休暇を律華に申し出た。

 

 説得は困難かと思われたが、とっておきの手段を用いることによってあっさり解決に至る。

 

 そうして年を跨ぎ迎えた1月6日。

 

 この運命の日を彼らは記憶に刻み続けるだろう。

 

 己の弱さ、青さ、浅はかさを悔やみながら。

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