第14話
ドクターが言い放ったその事実は、火夜を動揺されるには十分すぎだ。
「機械……? 改造人間……? うそ、だって彼はいたって普通の……」
普通の見た目をした普通の男子中学生だろう。
火夜はそう言いかけた。 しかしそれを遮るように、あるいは訂正するようにドクターが口を挟んだ。
「普通の見た目になるようにしたんだよ。 外面だけは普通に見えるようにこの僕が施した。 機能不全になった心臓と肺を切除し人工心肺を取り付け、 血液中には外では実用化もされていない生体ナノマシンを飼わせている」
「ナノマシン?」
「ナノ単位の小さな小さな機械の総称さ。 人工の微生物とでも思ってくれたらいい。 それがあるおかげで天晴君は今も生き長らえている」
ドクターはまたも淡々と語って、次に口を開いたのは鈴華。
「ドクター、さすがに喋りすぎですよ。 彼女にこんな話をしたって仕方ないでしょう」
「あっはは、ごめんごめん。 あんまり真面目に聞いてくれるものだからつい」
「まったく…… 玄井門さん、もういいでしょう。 つまりは見たままの状態なので、気が済んだのならどうぞお帰りください」
出口を指すジェスチャーを鈴華は見せて、部屋から出るように促した。
しかし火夜はその場から動こうとせず、話を続けようとする。
「まだ…… まだ、聞きたいことがある」
「はい? 知りたいことは教えたはずです」
「大事なことをまだ聞いていない。 彼はどうして今そんなことになっていのか。 彼がこうなったのにはそれなりの理由があるはず」
「……そんなこと知ってどうするんですか?」
「……っ」
もっともな鈴華からの言いつけに、火夜は言葉を詰まらせた。
相手の言うとおり、彼女が天晴のことについて詳しくなったところで仕方がないのかもしれない。
ただのクラスメートで、覗き覗かれた因縁があって、自分はずっと相手のことを見下し続けて……
しかし、彼は自分のことを助けてくれた。
孤立した自分を気にかけてくれていた。
祖父からひたすらに強くあれと刷り込まれてはいたものの、強さとはなんなのか知りもしなければ興味もなかった。
負けなければいいのだろう程度にしか考えて来ず、なんなら彼女にとって強さとは憎悪の対象でしかなかった。
けれど彼女は今本当の意味での強さに触れたと思えた。
自分が欲していた強さを天晴は備えているのだと知った。
だから彼女は知りたかった。 天晴の全てを知って、その強さの正体を解き明かしたかった。
だが、それ以上に彼女の胸の内を大きく占めているのは贖罪の気持ち。 今までの非礼を詫びるだけでは彼女の気が済まなかったのだ。
「……私に彼のことを教えてもらう資格はないのかもしれない。 けど、このまま何も知らないままなのは嫌。 何も知らないままじゃ、正しい言葉で謝ることも出来ない」
「……」
火夜の強くまっすぐな想いを前に、今度は鈴華が黙りこくってしまった。
彼女は全てを知っていた。
天晴に何があったのかも、どうして火夜のことをそこまで気にかけていたのかも。
だからこそ彼女に天晴の過去を打ち明けたくはなかった。
言えば相手が傷つくだろうから。 そんなことになれば天晴もきっと喜びはしないだろうから。
そんなことを考えていると横で見守っていたドクターが声をかける。
「鈴華ちゃん、教えてあけだら?」
「ドクター…… でも……」
「君は重く考えすぎだよ。 玄井門君は強い覚悟で彼のことを知りたいと言っている。 僕が知る限りそんなことを申し出たのは彼女がはじめてだ。
もし迎える結果が残念なことになってしまうのだとしても、それはあくまで可能性でしかない。 動かなければ、何もはじまらないよ?」
「……彼女を信じてみろってことですか?」
「そうは言わない。 けど、天晴君が守った子だ。 ちょっと優しくしたってバチは当たらないんじゃないかと思うよ」
「……わかりました」
鈴華は火夜の目を見た。 それを火夜もそらすことなく向き合った。
「玄井門さん、そんなに知りたいのなら教えてあげます。 椿井天晴という男の過去を」
一つ呼吸を整えた後、鈴華は静かに語りだした。
◆ ◆ ◆
4年前、46回目の入学式を迎えたエーデア迷宮学園に一人の男が現れた。
入学試験をダントツのトップ成績で合格した秀才。
にも関わらず、新入生代表の挨拶の場で、俺は必ずダンジョン制覇してみせると、渡された原稿を破り捨てて啖呵を切った問題児。
名を、椿井天晴という。
まだ12歳で正真正銘の中学1年生だった天晴はこのときから既に超のつくダンジョンバカだった。
ダンジョンを愛しダンジョンに愛される超絶怒濤の探索者とはまさしく彼のことを指している。
彼の実力は入学してからも遺憾なく発揮され、そしてその度に人々を驚かせた。
自由奔放で誰にも縛られない彼のキャラクターも、むしろ個性として受け入れられていて、天晴は学園の有名人、いや、人気者だった。
「よっしゃ! 今日も行くぜダンジョン!」
「ハハハ天晴は相変わらず元気だねえ」
「おうよ、俺はいつでもバリバリ元気だ!」
その日の授業を終え地下ダンジョンへと向かう天晴とそのパーティーメンバー達。
少し気の抜けた返事をするのはアーサー・ロードント。 美少年ではあるものの、現在とは異なりかなり華奢な体躯である。
「あなた達うるさいんだけど。 探索前なんだから集中させてよ」
「固いこと言うなよ律華。 こんなんで目くじら立てていたら、ストレスであっという間にしわくちゃのおばあちゃんになっちまうぜ」
「なっ……! なるわけないでしょバカ!」
「いやジョークなんだけど……」
ウェーブがかったロング。 色は栗のような少し暗い茶色で、ふわりとしたイメージの反面、その面持ちはキリリとしている。
彼女の名は浅黄瀬律華。 鈴華の姉である律華は例に違わず浅黄瀬学園長の娘である。
エリート志向で、非常に生真面目な性格をして彼女は冗談が通じない。 天晴が何の気なしに口にしたジョークも、顔を赤くして食ってかかる。
「にゃはは~ りっかっちは相変わらずおもしろなのにゃ~」
「オーラ! 茶化さないで!」
くだけた口調で話すアジア系の少女。 褐色の肌が活発的な印象を与える彼女の名はオーラ。
インドネシア出身で、苗字はない。
この三人が天晴のパーティーメンバー。 皆、優秀な探索者だ。
「今日の目標は〈ロスト・ガーゴイルの石眼〉3つだよな? 出ると思うか?」
「どうだろうね、僕は天晴のラッキーがあれば難しくないと思うけど」
「絶対ドロップさせるのよ。 そうじゃないと探索が進まないわ」
「りっかっち今日も張り切ってるにゃ~」
「あなたはだらけすぎなのよ」
ひょんなことからパーティーを組み既に半年が経過した。
二学期の中頃に迫った彼らの成績は既にいくつもの学園の記録を塗り替えている。
史上最速Sランク到達記録。 隠しエリアの発見。 特にここ10年、人類の探索の手を止めていた50階層のギミックを解き明かした功績は歴史に名を残す偉業に数えられる程である。
そしてそれら全てが一年目の活動で達成されたというのだから驚きだ。
天晴達が今いるのは55階層。 アンデッド系が出現する薄暗く気味の悪い空間を一歩一歩慎重に歩いている。
比較的身軽な装備で天性の嗅覚を持つ天晴はパーティー内で斥候役を受け持っている。
「いた……」
先行する天晴が後方で待機する仲間達に指でサインを送る。
第一に敵の数、次に種類、最後にイニシアチブの有無も伝達事項だ。
それに従い三人は各々のポジションに移動し陣形を成す。
その動きは流れるようで、10年以上の付き合いかと思わせる程。
「いくよ皆! 先手必勝!」
【ウォーリアー】のクラスを授かり、身の丈以上の長槍を操る律華は前衛を務める。
その一撃は山崩しの槍とも称され、ただの一撃で10階層ボス〈獄鬼兵クズモ〉を討伐した記録を有している。
もちろんそれは容易なことではない。 階層ボスというのは、一般生徒が在学期間6年かけても倒せるかわからないくらいに強力な存在なのだから。
「【流星槍】!」
高く跳躍し地面目掛けて槍を投げつける。 そして起きる衝撃波がモンスターの群れを悉く蹴散らした。
不意討ちと呼ぶにはあまりに強烈な攻撃。
まだ僅かにうち漏らした者がいるが、それすらも彼らの計算の内でしかない。
「オーラ! 10時の方向だ!」
「まかせろにゃ~! 【ライトニング・アロー】!」
天晴の指示からオーラが雷撃の矢を繰り出した。
それはモンスターが逃げるよりも早く、まさに雷が如き速度で迫っては貫いた。
「んじゃ、周り見てくるわ」
戦闘が終了しても安心は出来ない。 策敵、そして連戦を避けるために現場からの避難。 これをどれだけ短時間で行えるかどうかでそのパーティーの生存率が決まると言っても過言ではない。
探索者の死因は、予期せぬモンスターとの再戦が最も多いパターンだとされている。
「オーケー。アーサー、回復お願い」
「うん、【ヒール】で間に合う?」
「大丈夫。 ……って、こらオーラ! 一人で休むな!」
「んにゃ~ 魔法を使うと眠くなるのにゃ~」
「まったく……」
どこか抜けた空気感がある彼らだが、何の苦戦もなく倒してしまった〈ロスト・ガーゴイル〉は石化の魔法を使う要注意モンスター。 学園の中で安定して狩れる者は100人もいないとされている。
それを、顔色一つ変えることなく、しかし確かな判断力と集中力で臨めることこそ彼らが期待の新星と呼ばれる実力の証明に他ならないのだ。
彼らの名は【やがて光見る者】。
この時代に君臨した最も頂きに近いとされたパーティーだ。
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