第13話


 時は少し前にさかのぼる。天晴は相も変わらずモンスター達と戦闘を行っていた。

 

 「5階層ってこんなにエンカウント頻発したっけか? さっきから全然進めねーんだけど……」

 

 彼の言うとおり、その日の地下5階層はやけにモンスターが多かった。

 

 〈ホップン・ラビット〉や〈ゴブリン〉など、群れで行動するモンスターが多いのがこの階層の特徴だが、天晴が出会した数はもうそんなレベルを越えていた。

 

 「普通だったらもう相手がゴールしててもおかしくない時間だけどな…… 連絡来ねえってことは……」

 

 火夜との決闘では、どちらかがフラッグをキャンプに持ち帰った時点で対戦相手に試合終了の合図が届くようになっている。

 

 火夜が先に行ってからもう一時間は経過した。 順当に行けばとうの昔に彼女がゴールしていてもおかしくない。

 

 そうなっていないということは、彼女が進んだ先で何かしらのトラブルに巻き込まれたかもしれないということだ。

 

 そう、例えば天晴のように異常に大量発生したモンスターに襲われている、などのトラブルだ。

 

 「とりあえずここら辺は片づいたし、俺も森の方に向かうか」

 

 天晴は言葉の通り森へと駆け出した。

 

 暗い森の中を進む進む。 道中モンスターを見かけるが余計な時間はかけまいと無視していく。

 

 すると途中、大量のゴブリンがどこかへ向かう足跡を発見する。

 

 「……やべえ」

 

 何かに気がついた天晴は、たった一言そんなことを呟いてその日一番の速さで再び走り出した。

 

 このままでは、いや下手をすれば現在進行形で対戦相手である火夜が危険な状況にあると確信したのだ。

 

 「玄井門ー!!」

 

 ダンジョン内で大声を上げるという行為は御法度とされている。

 

 周りにいるモンスターを刺激し、呼び寄せてしまう可能性があるからだ。

 

 だが今はそんなことを言っている場合ではない。 もちろん決闘なんてことを気にしている場合でもない。

 

 早く火夜を見つけ出さなければ命に関わるということを天晴は既に理解していたのだ。

 

 しかしどれだけ走り回っても、どれだけ名を呼んでも彼女を見つけることは出来なかった。

 

 木の頂上に登り、周囲をくまなく観察しながらも見つけられず。 応援を呼ぶか、そんなことを考えていた。

 

 しかしそのときだった。

 

 およそ1km先で発生した、ハリケーンと錯覚するほどの小規模暴風が左から右へ通過していく。

 

 大木すらも巻き上げながら進んでいくその大風は、通常この5階層でお目にかかれるものではない。

 

 ゆえに天晴は、それが火夜のものではないかと"推測"を立てた。

 

 いや、それはもう"推測"なんて呼べる代物ではなくて、どちらかと言えば"直感"と言い表すのが適切なのかもしれない。

 

 だが天晴はその直感を信じた。

 

 ダンジョン内で緊急事態は日常茶飯事だ。 経験や知識が通用しないことなどいくらでもある。

 

 そんなときに活路を見出だすのは、己自身、挫けぬ心、つまりは直感であることを天晴は既に心得ていた。

 

 "推測"と"直感"、その違いは根拠が言語化出来ているか否かでしかないのだ。

 

 「……アクセスコード〈221071〉。 リミッター、解除」

 

 立ち上がり、呪文に似た何かの言葉を口にする天晴。 この声質は今までのそれとは異なりとても冷たく無機質なもの。

 

 それは今まで封じていた彼の内に眠る力を、人智を越えた力を解放するキーワードに他ならない。

 かつて【未来の探訪王】と呼ばれ、栄光と名誉をほしいままにした力の再臨に他ならない。

 

 「……制限時間は3分。 俺はウル○ラマンかよちくしょう」

 

 ウルトラ○ンではなくトンファーマンだよとツッコミを入れる者は残念ながらここにはいない。

 

 悪態をつくがその時間すらも今の彼にとっては惜しい。

 

 脚に力を溜め、足場にしていた木の幹を蹴る。

 

 すると彼はなだらかな放物線を描くように、大風の発生源へ大ジャンプした。

 

 少しづつ、少しづつ現地の様子が鮮明に見えてくる。

 

 100に迫る勢いの〈ゴブリン〉、そして火夜の姿もそこにある。

 

 しかし状況へあまり芳しくなく。彼女は戦う手段も意思も無くしてしまっているようで、〈ゴブリン〉達はそんな彼女に対して今まさに矢を放たんとしていた。

 

 「くそが!」

 

 状況を把握した天晴は、着地すると同時に駆け出してその間に割って入った。

 

 すかさず複数の矢が向かってくる。

 

 彼はそれを、今まで一度も見せなかった神速の絶技を以て次々に撃ち落としていった。

 

 ひとまずの窮地を潜り抜けて、後ろで膝をつく火夜に声をかける天晴。

 

 「バーカ、なに諦めてんだよ」

 

 安心させて緊張感を解くわけでもない、かといって落ち込ませるわけでもない。

 相手の気力を奮い立たせるために軽口を言うのは、ダンジョン内救助講習で教えられる事項の一つである。

 

 そんな天晴の言葉に、火夜は目を丸くして質問を投げた。

 

 「留年生……? どうしてここに……」

 

 「すまん、話してる時間はないんだ。 動けるなら巻き込まれないように下がっていてくれ。 てか、あんま見ないでくれ」

 

 そんな会話を交わすと、突然の乱入者に驚き混乱する〈ゴブリン〉達。

 

 〈ゴブリン〉達は、まるでおまえは何者だと言いた気に騒ぎ立てている。

 

 故に天晴は、時代劇の主人公さながら高らかと名乗りを上げた。

 

 「ハーッハッハッ! 知りたきゃ教えてやる! 俺はやがてダンジョンを制覇する男!【トンファーマン】、椿井天晴だ!」

 

 豪快に笑って、次の瞬間には飛び出していた。

 

 目に止まらぬスピードで〈ゴブリン〉達をトンファーの餌食にしていく。

 

 そのスピードは今までの天晴のものも、火夜のスピードすらも遥かに凌駕していた。

 

 「すごい…… あんな実力、どうして今まで隠して……」

 

 

 後方で見守っていた火夜はついそんなことを呟くが、戦闘に集中しているが故に天晴はそれに答えられる程の余裕も言葉も持ち合わせていない。

 

 今彼女が理解出来ているのは、手負いの自分が加勢しても逆に足を引っ張るということだけ。

 

 それほどまでに、天晴が繰り広げる戦いは激しく凄惨なものであった。

 

 

 「ガンガン行くぜ! トンファー、キィィィィック!!!」

 

 高く跳躍し、空中で身を捻らせ足を前に突き出す。

 

 トンファーキックとは【トンファーマン】のみが扱える攻撃スキルだ。

 

 その威力は凄まじく、〈ゴブリン〉の群れなど容易に蹴散らす。

 

 「トンファー、ハリケーーーン!!!」

 

 続けて天晴は大きく体を回転させて巨大な竜巻を発生させた。

 

 トンファーハリケーンは範囲に優れる。 それと同時に目眩ましの効果もあり、集団戦で上手く使いこなせれば優位に立ち回ることが出来る。

 

 「これでとどめだ! トンファー、ビィィィィム!!!」

 

 トンファーを握った両の手を腰に構えて一気に前へ突き出す。 するとどうだろう、不思議なことにそこから膨大なエネルギー量の光線が放出される。

 

 これこそが【トンファーマン】最強の技トンファービーム。

 

 森羅万象、ありとあらゆるものを消し炭にするとてつもなくおっかない技である。

 

 「ふぅぅ~、ギリギリ勝てた~……」

 

 その最後の一撃で〈ゴブリン〉達は全滅し、もう増援が来る気配もない。

 

 ちょうど3分。 全力を出せるギリギリの時間で天晴は無事勝利をおさめ火夜を救い出した。

 

 

 「……っと、そうだった。玄井門のこと忘れてたぜ」

 

 勝利の余韻に浸るのも束の間、思い出した天晴は振り返って相手に声をかけた。

 

 「大丈夫か?」

 

 「……」

 

 しかし火夜は意識こそあるものの返事を返そうとしない。

 

 首を傾げ不思議に思う天晴。

 

 おもむろに火夜が口を開いたのは妙な間が空いた後のこと。

 

 「……どうして」

 

 「ん?」

 

 「どうして、私を助けたの?」

 

 「どうしてって…… クラスメートなんだから当たり前だろうよ」

 

 「そういうことを聞いてるんじゃない! 今はまだ決闘中だったはず。 私のことなんて放っておいて、そこにあるフラッグを持ち出せば良かったでしょ!?」

 

 「やだよそんなの、胸糞わりー。 ってか、俺は決闘だとか勝ち負けだとかどうでもいいからさ」

 

 天晴のその言葉に、火夜はより一層の嫌悪感を露にする。

 

 「……!? 私に負けたら退学しなくちゃいけないかもしれないのよ!? あなたはそれでも良いっていうの!?」

 

 「いや、流石にそれはあんま良くないけどさ。 なんつーか、それはそれ、これはこれ、みたいな?」

 

 「なによそれ…… だって私はあなたのことを何度も馬鹿にした。 あなたからしたら、私は救う価値もない人間に違いないのに……」

 

 「別に気にしちゃいねえよ。 てかもう帰らねえ? 俺疲れたよ」

 

 結局、天晴は言葉を交わしこそするものの、まともに取り合おうとはしなかった。

 

 そうして二人、誰も命を落とすことなくキャンプへ帰還する。

 

 相当に消耗した二人を見て皆が驚く。

 

 「ふ、二人とも!? いったい何があったの!?」

 

 「おー、ふみちゃん先生。 すみません、モンスターが多すぎて決闘どころじゃなかったっす」

 

 「そう…… とりあえず二人とも無事なようで安心したわ」

 

 「うぃ、でも玄井門は所々ケガしてるからメディカルセンターで診て貰った方がいいと思います。 俺も、今日は疲れたからお先に失礼するっす」

 

 「わかった、玄井門さんのことは任せて」

 

 ふみちゃん先生との話が終わると、すかさずとびついては抱きついてくる鈴華。

 

 「おにーさまっ! ご無事ですか!?」

 

 「おー、鈴華。 久々に張り切りすぎた。 俺ラボ行きたいんだけど、ちょっと肩貸してくんね?」

 

 「もちろんです! さっ、早く行きましょう!」

 

 二人がその場を離れようとする。 火夜は何か用事があるのか後を追おうとするが、治療を受けろとふみちゃん先生に引き止められてそれは出来なかった。

 


 「ありがとうございました……」

 

 数時間後、治療を終えてキャンプ内にあるメディカルセンターを後にする火夜。

 

 彼女には懸念があった。

 

 それはまだ天晴にお礼が言えていないこと。

 

 そして、まだ彼に聞きたいこともあった。

 

 それは彼の過去について。 いったい何故あれほどの実力を隠していたのか、あれほどの実力があって何故留年していたのか、彼女は今椿井天晴という人物について気になって仕方がなかった。

 

 しかし今、彼らがどこにいるのか居場所がわからない。

 

 常人なら諦めるところだが、【サムライ】のスキルの中には【探魂】という特定の人物が放つ気配を探るスキルがある。

 

 それを以てすれば、半径500m以内ならば天晴の居場所を見つけ出すことも不可能ではないのだ。

 

 「……いた」

 

 幸い天晴は今同じ建物の地下にいることが判明した。 火夜は腕をギプスにはめた状態にも関わらず、エレベーターを使って目的の階に降りていく。

 

 そうして辿り着いた部屋。 入り口の横には第11特別研究室と書かれている。

 

 ノックをすると、鈴華が中から姿を現す。

 

 相手は火夜の顔を見るなり天晴の前では決して見せないような真剣で険悪な雰囲気を見せる。

 

 「……いったい何の用ですか?」

 

 「彼と、話をしたくて……」

 

 「話? さんざん罵倒して迷惑をかけて、いったい今になって何を話すと? 帰ってください、おにーさまは今話せる状態じゃないんです」

 

 「……? 待って、話せる状態じゃないってどういうこと? 彼はケガらしいケガなんてしていなかったはず」

 

 火夜が迫るように質問すると、うんざりとした様子で大きく溜め息を吐く鈴華。

 

 そうして何か厳しい言葉をかけようとしたそのとき、彼女の背後、部屋の奥から現れる一人の男性。

 

 「おやおや、お客さんかい?」

 

 黒縁の眼鏡をかけ白衣を身に纏った白人男性。 理知的な印象を抱かせる彼は、学園の研究員であるDr.ウィリアムだ。

 

 「ドクター! おにーさまはどうなりましたか!?」

 

 「うん、ちょうど今マシンが安定したところだよ。 明日の朝になったら目を覚ますだろうさ」

 

 どう見ても日本人ではないドクターだが、彼は流暢に日本語を話していた。

 

 しかし火夜はその会話の意味がわからなかった。 特にマシンというワードがどうにも引っ掛かって仕方がない。

 

 「ところで、そちらのお嬢さんはいったいどなたかな? 鈴華ちゃん、紹介してよ」

 

  紹介を促すドクターだが、鈴華はそっぽを向いてそれを拒んだ。

 

 だからドクターは仕方がないといった様子で、火夜に目線を送り直接自己紹介を求めた。

 

 「……玄井門火夜です。 椿井君や、浅黄瀬さんと同じ中等部 I - Aクラスで……」

 

 「んー、なるほどなるほど、同級生だったか。 鈴華ちゃんと違って大人びているから3年生くらいかと思ったよ」

 

 ハハハ、とジョークを付け足して場を和ませようとするドクターだが鈴華に睨まれてすぐに黙ってしまった。

 

 そんな二人の様子を見て、きっと古い付き合いなのだなと思う火夜だが、すぐに天晴のことを思い出して話題に触れた。

 

 「あ、あの、さっきマシンがどうのって、あれ、どういうことなんですか?」

 

 「あー、うーん、 口で説明するのは難しいかな、良かったら中に入りなよ」

 

 「ちょっとドクター!」

 

 「別にいいだろ? せっかくここまで来てくれたんだ。 このまま返すというのはあまりに失礼だ。 お茶の一杯くらい、ご馳走させてよ」

 

 まだ鈴華は納得しきっていない様子だったが、火夜は半ば強引に招き入れられた。

 

 何かの機械や設備があるだけの殺風景な部屋。

 

 天晴はどこだと辺りを見回していると、奥にもう一つ部屋があることに気がつく。

 

 隔てた壁にガラス窓が設置されていて、火夜はそこから隣の部屋を覗いた。

 

 「なっ!?」

 

 その光景を目の当たりにして、彼女は驚きの声を上げざるを得なかった。

 

 まるでSF小説に登場する人工冬眠カプセルのような機械。

 

 火夜が探していた男はどういうわけかその機械の中に閉じ込められていて、それが普通の治療と呼ぶにはあまりに異質なことが一目でわかる。

 

 「彼は…… 椿井天晴はいったい何者……?」

 

 「人間だよ、僕達と同じれっきとした人間。 けれど一つ違うのは、彼は昔負った傷のせいで体の一部を機械化させているということ。 天晴君は、いわゆる改造人間なんだよ」

 

 ドクターは淡々とそう告げた。

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