第11話


 その日の授業が全て終了し迎えた自由時間。

 この時間は自室にて娯楽を楽しむもよし、明日の予習をするもよし、ダンジョン探索するもよしの時間となっている。

 

 天晴は、決闘相手である玄井門火夜からの指示を受けて前線キャンプへと赴いていた。

 

 「おう、来たぞ」

 

 制服から着替えいつもの黒装束、いつものトンファーを装備した天晴。 火夜も同じように探索用装備に着替えていた。

 

 「……ふん、ちゃんと逃げずに来たことは褒めてあげるわ」

 

 初日から二週間が経過した今、支給された鉄の胸当てを火夜はもう着てはいなかった。

 

 アマツ姫一式装備。

 

 ミニスカートのように膝上までに留められた裾、大きなリボンに見立てられた帯。

 

 和を基調とした着物のような装備は、おしとやかさと同時に現代的な華やかさも兼ね備えていて、火夜の美しさをより一層際立たせていた。

 

 「アマツ一式か、確か10層の植物系レアモンスター、〈ルナ・リーファー〉の繊維で編み上げた布で作られたんだっけか? 二週間でえらく上等な装備を手配したもんだ」

 

 「……ジロジロ見ないで変態」

 

 「……さーせん」

 

 天晴は決してジロジロ見ていたわけではない。 しかしやはり、昨日の事件のせいでお互い妙な雰囲気になっているのは事実。

 火夜のいちゃもんに軽口を返せるほど天晴はまだ大人ではなかった。

 

 「……なあ、はじめる前に一つだけ聞いておきたいんだけど」

 

 「なに?」

 

 「どうして今回決闘なんて申し付けてきたんだ? 俺のことが気に入らないなら、問答無用で被害を訴えればそれでよかったじゃねえか」

 

 「……それは、あなたが現状この中等部1年の中で一番強かったからよ」

 

 「ほほう?」

 

 「これは別に褒めてるわけじゃないわ。 ただ、他の初心者よりも経験と知識だけはあるあなたが相対的に強いってだけ。

 そのあなたを倒せば多少なりとも私の力が証明出来る。

 学園を追い出す前に利用したかった。 理由はそういうことよ」

 

 「へえ、なるほどね。 おまえさんはよっぽど強さや力にこだわりたいらしい。 学園最強が目標ってのも伊達じゃねえってか」

 

 「そうよ、悪い?」

 

 「誰も悪いなんて言ってねえよ……」

 

 発言一つ一つに噛みついてこようとする火夜に天晴は少しだけうんざりするような素振りを見せる。

 

 そんなことをしていると、立ち会いの審判を務めるふみちゃん先生が二人に対してルール確認をはじめ出した。

 

 「はい。 それじゃあ試合内容の確認をするわよ。 舞台は地下ダンジョン5階層、先生が前もって設置したフラッグをここに持ち帰った方の勝ち。 時間は無制限、妨害、戦闘、何を行ってもよし、OK?」

 

 「はい」

 

 「うぃっす!」

 

 「いい返事ね、それじゃあさっそく今からスタートするわ」

 

 ふみちゃん先生が首に下げていたホイッスルを鳴らす。 それが試合開始の合図、天晴と火夜は勢いよく飛び出した。

 

 二人は互いに譲ることなく常人離れした速度でフィールド上を並走する。

 

 地下ダンジョン5階層は1階層と同じく森林地帯。

 少し違うのは、その森の周りにだだっ広い草原が存在していてこの階層のスタートはその草原からはじまるということ。

 

 試合のルールはフラッグレース。 面と向かった直接対決でないぶん頭脳を使う競技である。

 

 例えばどこにフラッグが設置されているのか、それを見つけるためだけでも経験、知識、推理力と、多くの考える力が試されるのだ。

 

 そして既に二人はそのフラッグの位置を絞り出していた。

 

 それはズバリ、草原エリアではなく森の中。 隠しやすさからしてそう考えるのは当然のことだと言える。

 

 「くっ……!」

 

 最初こそ相手の速さについていけていた天晴。 しかし次第に表情から余裕がなくなり、少しづつ離されはじめていた。

 

 そうこうしていると草むらから現れるうさぎ型モンスター〈ホップン・ラビット〉にエンカウント。

 

 火夜は勢いを殺すことなく敵の包囲を高く飛んで回避するが、スタミナを切らし火夜ほどの勢いで動いていなかった天晴はあえなく捕まってしまう。

 

 「お先に」

 

 そんな天晴を一瞥することもなく、火夜はそそくさとさらに加速しては森の方へと消えていく。

 

 「あーくそ!」

 

 置き去りにされた天晴は悪態をつきつつもトンファーを構える。

 

 向かう敵は五体、推定レベルは4。

 

 天晴のレベルは35なので、レベル的には楽に倒せる相手ではある。

 しかし、この地下ダンジョンにおいてレベル差は決定的な戦力の差にはならない。 モンスターは、いつかなる状況においても驚異が潜んでいるから驚異なのだ。

 

 「キュイキュイ!」

 

 〈ホップン・ラビット〉が高く跳躍し体当たりを仕掛けてくる。

 

 天晴はこれを左のトンファーでガード。 腰の軸をずらし、空いた右で腹部をかち上げる。

 

 「オラァ!」

 

 クリティカルヒット。 絶命したモンスターはまもなく光に消えていく。

 

 残り4体。 一見、今のようなことを後4回繰り返せば勝てると思われるかもしれないが、実はというと〈ホップン・ラビット〉の真の恐ろしさはまだ発揮されていない。

 

 「キュ……!」

 

 統率のとれた動きで取り囲み、残りの4体が一斉に飛び掛かってくる。

 

 その展開に思わず苦い顔を見せる天晴。

 

 「はっ……! 同時かよ……!」

 

 〈ホップン・ラビット〉の奥の手、それは対象に密着してからの自爆。

 

 その威力は腕一つを吹き飛ばすくらいは容易く、ぬいぐるみのような可愛らしい見た目もあって初見殺しの筆頭として数えられる。

 

 「昔っからこれの対処はあんま得意じゃねえんだよな!」

 

 天晴は少し笑って、正面と左右から向かってくるモンスターを叩き落とすことに成功する。

 

 しかしこれでは背後から迫る最後の1体の接近を許すことになってしまう。

 げんに、残りの〈ホップン・ラビット〉は天晴の背中にしがみついていて、キュゥゥゥゥ…… とエンジンの駆動音を真似たような鳴き声をしては今まさに自爆行動を開始させようとしていた。

 

 「チッ!」

 

 ソロでの探索中にこうなってしまった場合、対処法は限られていているが無いことは無い。

 

 天晴は不意を突くようにその場で跳んで、空中でうずくまるようにして背中から地面に落ちた。

 

 結果、〈ホップン・ラビット〉は爆発する前に自身の5倍以上はある質量に押し潰され圧死。

 

 窮地を脱し天晴は無事に勝利した。

 

 「パニクらず速やかにやるのが重要なんだよな。 先人様には感謝だが、他に方法無かったのかって聞きたくなるぜ」

 

 一人言を呟き、勝利の余韻に浸る暇もなく火夜に追いつくため再び走り出す。

 

 このタイムロスは決して無視できるものではない。 開始早々、天晴は非常に不利な状況へ追い詰められてしまっていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆


 

 

 一方その頃、幸先良いスタートをきれた火夜は森の中フラッグを探し回っていた。

 

 (おかしい…… 私の予想がことごとく外れてる……) 

 

 意外にも火夜は表情を曇らせ、未だフラッグを見つけられずにいる。

 

 それは決して彼女の探し方が下手なわけでない。 ふみちゃん先生が誰も予想しないような場所に設置していたのだ。

 

 (先生、見かけによらず意地悪なことする。 まさか留年生とグル? ……なんでもいい、私は誰にも負けない)

 

 出くわしたモンスターは片っ端から一刀両断。 ただの一度も立ち止まることなく、火夜は森の中を駆け続ける。

 

 火夜の適正クラス【サムライ】には斬撃にクリティカル補整が入るスキルが搭載されている。 それと彼女の剣の腕が合わされば、この階層のモンスターはいないも同然だった。

 

 火夜はどんどん森の中へと進んでいく。 そこはもはや光も届かない深い深い森の奥地。

 

 まるで夜かと錯覚してしまいそうはその場所は、踏みいると同時に肌に触れる空気が変わることが分かる。

 

 しかしそこの切り株の中央にフラッグが鎮座しているのを見つけた火夜。

 

 結果的に、彼女の推測は間違ってはいなかった。

 

 これで自分の勝ちだ。

 

 ほんの少しだけ火夜の気が緩んだそのとき。

 

 

 「くっ……!?」

 

 

 木々の向こう、死角から放たれる一矢。 先んじて気配を察知していた火夜はなんとかその矢を切り伏せる。

 

 切り伏せて、すぐさま相手を視認。

 

 「げひゃひゃ!」

 

 尖った耳、緑色の肌、然程知性を感じさせない振る舞い。

 

 〈ゴブリン〉。

 

 そこにいたのは、西洋地域で古くから語られる。矮小にて醜悪、下劣にして低俗の象徴であった。

 

 「殺す!」

 

 火夜は気を引き締め直して、次の相手の行動を許さないよう突撃を仕掛けた。

 

 その見た目に侮ることなかれ。

 

 道具の使用、的の小ささ。 厄介な特徴を数あれど〈ゴブリン〉最大の驚異はそこではない。

 

 それは仲間を呼び寄せ積極的に集団戦術を取ろうとすること。

 

 〈ゴブリン〉は、戦力の不足を感じたその瞬間に大きな鳴き声を上げて近くの仲間を呼ぶ習性を持っているのだ。

 

 1体ならいざ知らず、10、20を相手取るとなると流石の火夜も分が悪い。 火夜が取った行動は、それを危惧してのことだった。

 

 しかし、もう手遅れだった。

 

 「なっ……!」

 

 〈ゴブリン〉の背後から現れる影。 それは間違っても1つや2つではない。

 

 総勢50、様々な武器を装備した50体の〈ゴブリン〉が火夜を取り囲むようにして集結していたのだ。

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