第5話 幼女は魔法を使わんとす。
「あんたの指先には光が点る。その光は眩くはなく、しかし辺りを見渡すには十分な明るさを持っている。だがそれはあんたの指にくっついているわけじゃない。空間に灯る不可触の光だ。触ろうとすれば通り抜ける。さあ、イメージしながら魔力を少しずつ流すんだ」
幼女は指先に光をイメージした。訓練のおかげで体を巡る魔力はある程度コントロールできていた。体を縦横無尽に駆け回る魔力に少し力を加え、束ねて、指先へと流していく。指先に光が点った。メリーはそれをじっと見つめ、言った。
「ダメだね。手を動かしてごらん」
幼女が手を振ると光も動いた。光は指先から離れなかった。幼女は驚き、手を振り回した。光は手の一部であるかのように離れなかった。
「あんたは指先に光をイメージした。指先そのものをイメージしたから指先に光が点ったんだ。そこから指先のある場所そのものに光を置くんだ。分かるかい?」
幼女は手を振るのをやめ、頷くと光を消した。メリーは思い出したように付け加えた。
「あ、魔力も止めなきゃダメだよ。一度発動させた魔法は魔力を止めなきゃ止まらないんだ。あんたは今、『自分の意思で光を出したり消したりする魔法』を使っている状態なんだよ。だから消しているだけでも魔力を消費するし、別の魔法を使うには別の……回路、道と言うべきか。そういうものを通さなきゃならない。イメージからやり直しだよ」
「わか、た」
幼女は頷き、魔力を止めようとした。
止めようとした。
止めようと、した。
「ちょっと」
メリーの顔が険しくなっていった。幼女はメリーを見て曖昧に笑った。
「止められないとか言わないだろうね?」
全くもってその通りだった。
「まさか魔力が全然止められないとは思わなかったよ」
メリーは不思議そうに言った。あれからメリーの指導で力を抜いたり入れたり色々とやってみたのだが、結局どれも魔力を止めるまでには至らず、メリーが魔力の出ている場所から自分の魔力を流し込むという力技を使ったのだ。
幼女は気まずい気分になった。どうして魔力が止められなかったのかと言えば、止め方が分からなかったからなのだ。メリーが言うような手順をなぞろうとしても、必ず自分には分からない感覚が必要となった。『流れる魔力の道を変える』と言われてもその道が識別できない。メリーは誰にでも分かる感覚だと言うので、きっと分からないのは自分が狂っているせいなのだと幼女は思った。そして、だとすれば対処法が無い。幼女はメリーに申し訳なく思った。
「困った」
「本当だよ。止められないなら魔力を使いっぱなしにするくらいしか魔法を使う方法は無いね」
「使い、ぱなし?」
「さっきの状態の事さ。常に魔法を使っておいて、現象だけを切り替えるんだ。『いつでも色んな魔法を使える魔法』を使い続けるって事だね。単純にイメージが難しいのと、魔力の消費量が尋常じゃなくて常に魔力を吸い続けなきゃならないのがネックだよ」
あんたがやったら最初に魔力を流した時みたいになるよ、と言ってメリーは笑った。
幼女は考えた。確かに複数の魔法をいつでも使えるようにすればそうなるだろうが、一つの魔法に絞ったならばどうだろう。さっきの魔法でもかなり魔力は出て行ったが、吸い続ける事ができるとすれば……
「あと、魔法使用禁止の場所に入れなくなるね」
幼女は内心魔法を諦めた。
それから数時間、幼女は未だ魔法の練習をしていた。知っておく分には損は無いからとメリーが放してくれなかったのだ。
「よし、できたね」
幼女の前には光の球が浮かんでいた。触ってみると、球は何の感触も無く手をすり抜けた。魔力には不思議な温かみすら感じたというのに、そこからこんなものが生まれるのが不思議だった。
「それが『ライト』とか『灯り』と呼ばれる魔法だ。毎度毎度色々イメージしてるわけにはいかないから、名前を付けてイメージを固める。次からはその固まったイメージ、つまり名前を呼べば魔法が使えるというわけだ」
「……じゃあ、らい、と」
メリーは幼女に向き直った。
「あんたは言葉を上手く扱えないんだろうが……大丈夫だ。問題なのは名前に付属したイメージだからね。途切れ途切れでも名前を言えればそれで使える」
幼女は頷いて、手を出した。メリーはその手を握り、魔力を流した。メリーの魔力は幼女の魔力を押し流し、道を消し去った。『ライト』が消えた。
幼女は向き直って右手を伸ばし、言った。
「……ら、いと」
先ほどと寸分違わぬ光が点った。今度は複雑なイメージはいらなかった。呟くような言葉一つで魔力が方向を変え、流れを変え、一点へと集まって光を形作った。手を離しても魔力はそこに流れ込んでいき、光となった。
「できたじゃないか」
「うん……!」
幼女は笑って、『ライト』を見たり、触ったりした。メリーは幼女から流れる魔力を止めようとしていたが、思い直した。そして、しばらく幼女と『ライト』を眺めていた。
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