第22話 【謎めいた美女】李先生、豪華客船にて来日

 そんな時、李先生は来日したのだ。美貌の中国茶の先生は、まるで絵に描いたように、豪華客船に乗って、横浜にやってきた。くどいようだが本当にそうだったのだ。

 また、月代先生達と一緒に、李先生を横浜港にお迎えに行って、中華街で歓迎の食事会をしたこの日は、とても楽しかった。


 その日、横浜港は快晴で、月代先生をはじめ、私達「李先生を迎える会」の一行は大はしゃぎ。月代先生までもが、まるで遠足に来た女子校生のようだった。


 この日の自分の無邪気さ、幸福感を思いかえすと、のちの事件と、一連の謎の深さが際立って、正直いって複雑な思いがする。


 「李先生を迎える会」の一行は四人だった。月代先生、私、日本に暮らして長い中国人女性の劉さん、その娘の「りんちゃん」。

 りんちゃんは日中ハーフの女の子で、地元の、とある名門の国立大学に通っているという。まだ十九歳である。

 若さと、偏差値の高さがまぶしい。しかもなかなか可愛い子だ。

「将来性あるよね――」

 と私がいささかじとっとした口調で言うと、りんちゃんはなんの屈託もない笑顔で、えへっ、と笑った。


 劉さんは、神奈川県在住の整体師なのだそうだ。物静かな印象を与える女性で、小柄で、素朴そうな外見だけれど、月代先生は、

「劉さんって凄い人なのよ」

 と、またとびきりの笑顔で紹介した。りんちゃんも、

「そう、そう。うちの母は庶民のスーパーウーマンです!」

 と背中を押す。月代先生がきゃーっと笑って手を叩き、りんちゃんがきゃらきゃら笑い、いい具合に姦しくなった。


 駅で集合した私達は、いきなり盛り上がったあと、

「さあ行きましょー、今日はセレブと高級中華ですっごく楽しみでーす!」

 と言っていつの間にか私達を先導するりんちゃんに連れられ、まず横浜港へ向かう。


 途中で月代先生のスマートフォンの着信音がした。

「李先生からよ。船がもうすぐ港に着くそうだわ。これ、先生の船室のお写真」


 送られてきた写真を見ると、豪華な部屋にたたずむ李先生が写っていて、荷物の横には、背の高い、なんというのか分からないが制服らしいものを着た、小麦色の肌の容姿のいいお兄さんが立って愛想よく笑っていた。りんちゃんがまたはしゃぎまくる。


「この女性には、お金がありますね」

「ふふ、りんちゃん、横の男性は先生の船室のバトラーさんよ」

「凄いイケメン!……この部屋に皆で遊びに行くことは、できないんですか?」


「多分できないわね。それと、この船は外国船籍の船なの。パスポートがないと乗れないはずよ。港の、出迎えができるところで待ちましょう」


「へえー、お詳しいですね。船旅をしたことがあるんですか?私はないです」

「ええ、父が生きていた時は、よく乗ったわ。子供の頃からね。横浜港もよく使ったものだわ」


 りんちゃんが月代先生に頼まれて買ったという花束をたずさえ、私達は李先生が下船するのを待った。あえて言わないようにしていたけれど、りんちゃんが馴染みの花屋でつくってもらったというその花束は花のチョイスもリボンもド派手というか、非常にゴージャスで、異国の香りがした。


「あっ、見えたわ。あちらが先生よ……李先生!」


 月代先生が大きめの声をかけると、黒っぽい服で、黒い帽子をかぶった女性がこちらを見た。


 私はその前から、その女性が李先生ではないかと思っていたのだ。


 下船してきた人達は少なくなかったけれど、遠目に見ても、その女性が、一番背が高く、細かったから。そして黒い帽子のかげから、ちらちら見えた、小さな顔の美しかったこと!同性でも感心するくらいだった。


 ――いや、今考えると、写真で見ていたとはいえ、あの距離で、初見で顔立ちが分かったはずはないかもしれない。けれど私は、月代先生が呼ぶ前から、『あ、あの女性がきっと李先生なんだ』と思っていたし、その人が顔を上げて近づいてきたのである。


 私はその光景を、今でもはっきりと憶えているし、おそらく今後も忘れることはないだろう。どうしてなのかは訊かれるとよく分からないのだが、これも、そういう人を見たことがなかったから、という理由を外して考えることはできない。


 美しい人、美しい女性というのは、行くところにいけばたくさんいて、その容姿に優れた点があったとしても、同性にとっては特に、そんなに珍しいものでも、ましてや感動的なものでも、ありがたいものでもない、といつからか私は考えるようになっていた。


 どんなに美しい女性でも、女同士ならなおさら、友達になってみれば、そうでなくとも身近に接してみれば、いいところも、そうでないところもある人間の一人である。この法則に例外はない、と思っていた。


 ところが李先生は、その美も、たたずまいも、私がそれまで直接見たどんな女性、人とも違っていた。


 目つき、笑い方からして違う。例えば、私達「李先生を迎える会」の一行は、特にりんちゃんと私は、李先生に挨拶を終えると、思わず口々に先生の美しさ、華やかで周りを圧倒させるような雰囲気を、無邪気に褒めたたえたが、李先生は、その独特の笑みを浮かべたままこちらを見るだけで、何も答えなかった。――ありがとうとも言わなかったし、謙遜、得意がって勝ち誇るような言葉も、私は聞かなかった。


 お互いの長所を軽く、明るく褒めあうのは、女性同士が仲良くなるのに最も有効な方法であり、新しい関係においては必須な潤滑油だと私は思っていた。でも李先生は何も答えない。あくまで落ち着いて、艶然と立っている……。


 これでよかったかな?今、李先生は何を考えているのかな?……分からない。なんだか、謎めいた人。私はそう思った。(続く)

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