第6話 泣き出した月代先生、その理由は?
その会の最後では、なんと、シェフ特製のニース風サラダが出た。華乃さんが、
「えーっ、このタイミングでいいんですか?」
と驚いた。
「いいんだよ、まだ飲みたそうなやつがいるからよ……その代わりにお前!チャチャチャも習ってんだろ、何かちょっと踊れ!それと、なんかぶっ壊したら承知しねえぞ」
と、私の知らないライターを指さした。その人は、
「はいっ、ワインは南仏で飲んだ軽い白が今のところ一番好きです。シェフのニース風サラダはアンチョビもハーブもたっぷりです!これはタイムステップといいます」
と言って、軽快に踊り始めた。大人しそうな女性なのに、意外と動きにキレがある。
シェフはゲラゲラ笑い、「どっしりした赤ももっと飲めよ――」と手を叩いた。
すると、そこで突然、月代先生が泣き出したのである。
理由が分からなかったのだろう。華乃さんは慌てて、こう訊いた。
「月代先生、どうされました?お加減が悪いですか」
月代先生は、ほろほろと流した涙にハンカチをあてたあと、ぱっと目を見開いて私達を見た。その目はよく見ると、深くて美しい琥珀色だった。
「華乃さん。皆さんこんなに楽しくお話されているのに、本当にごめんなさいね。いいにくいんだけれど、事情があって、先に帰ってもいいかしら?」
「駅までお送りしましょうか?」
「とんでもないわ。水をさしたようで、本当に申し訳ないわ。ここからはタクシーで帰るから大丈夫。忙しく働いていらっしゃると、お友達がそろうこともなかなか難しいでしょう?ゆっくりしてちょうだい」
華乃さんはそこで、急に振り返ると、こう言った。「沙奈ちゃん、ちょっと来て!」そして、私の耳元でささやいた。
「……沙奈ちゃん、ポルトガル料理店の食レポの仕事してみたいって言ってたよね。他のスタッフがプライベートで実食済みのお店の、すごーくおいしい仕事があるの。
カメラマンだってついて下さる、しかもお酒も飲んでいいっていうのよ!お店の人、いい人達なの。『日本人の口にあうというポルトガル料理、バカリャウ(干したタラ)のコロッケも激うまで、ビールにだってピッタリ!』いや、書きがいのあるお店だし、もっと掘下げるべきかな……と思ってたんだけど、掘下げも含めて、沙奈ちゃんにあげようか?」
おお、もはや誘惑だ。「はい、よろこんでやります」と私は答えた。
「じゃあ、月代先生をご自宅までタクシーで送ってくれない?すごく悪いんだけど」
「そんな、これからが面白いんじゃないですか。私、今、こういう席、なかなか来られないのに」
「ごめん、とっても悪いなって思ってる。それがね、なんていうか。そのかわりそのまま、沙奈ちゃんの実家までタクシーで帰っていいから」
「大盤振る舞いですね、分かりました」
「お茶すすめられるかもしれないけれど、それは断っていいよ。タクシー待たせると悪いからって言って」
約五分後、荷物を持った月代さんは、もう一度室内を見まわすと、にっこりと笑い、姿勢を正してこう言った。
「皆さん、おかげさまで私の気持ちまで明るくなって、助かりました。いつでもうちの紅茶の講座や、ティーハウスにも遊びにいらしてね。絶対よ。おやすみなさい」
特別にシェフ特製のニース風サラダをお土産に持たせてもらって、月代先生とタクシーに乗った。シェフと華乃さんに見送られながら車は走り出す。その姿が見えなくなると、月代先生は言った。
「あの方、華乃さんっていったわよね。お友達なの?」
「はあ、知り合ったばかりなんですが。でも面白い人ですよ」
「そう……」
月代先生は微妙な顔をした。本当は何か言いたいことがある、という感じだ。
「大丈夫でした?」
「悪い子じゃないのよね。でも私、ハーフって言われるの好きじゃないのよ。確かに『ハーフ』なんだけれど、英語だってそんなにできるわけじゃないし、日本人顔だもの。さっきも、『言われないと分からないね』だったかしら?言った方がいたわよね」
「そうでしたっけ、私、きれいな方だっていう声しか聞こえなくて……」
タクシーの運転手さんまでもが、そこで、
「へえ、ハーフなんですか。きれいな方だなって思ってましたけど」
と言った。月代先生はまた嫌そうな顔をする。
「……あのね、私は三人姉妹だったんだけれど、あとの二人はイギリス人の母にそっくりで、それはきれいだったの。姉はモデルで、一時有名だったわ。両親は離婚して、母はイギリスに帰ったの。その時、『この子はいらない』と言って、私だけを父におしつけて、姉と妹だけを連れて帰国したのよ」
「ええ、そんなことが!」(続く)
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