第5話 「どんなグルメライターになりたい?」沙奈は…
「グルメな夢を語る会~若いライター達のこれから~」で、いよいよ私が夢を語る番になった。
「さあ、次は沙奈ちゃんよ。ライター歴四年、大学を卒業して一年目。どんなグルメライターになりたい?」
「私は……」
私は言いよどんでしまった。今日、この会に来る直前まで取材で疲れていたのと、ちょっと嫌なことがあったからだった。
すると華乃さんがはっ、と短い息を吐いて、
「沙奈ちゃんって、なかなかいい記事書くのよね。クリエイティビティが高いし、シズル感をもって味を感じさせる力や、取材対象者などへの誠意もあると思う……あとは、何かな?」
すると誰かが、限りなく陽気な声で、私にこう言った。
「持久力つけたいなら相談にのるわよ!クッション一枚あればできる運動とか……」
「え――知りたい!」
「スムージー、すっぽん、『豆乳のヨーグルト』も効くよーォ」
その言い方が面白くて、私は思わずふき出してしまった。
「すっぽん、伯父も呑んでますよ!あはは」
「あのシェフの伯父さん?今度一緒に食べに行こうよ」
「そんな少女のような顔をして笑ってると、また補導されるぞ!」
「沙奈ちゃんまた補導されたのォ。もう二十三歳だよね」
「今年はまだ補導されてません。もう、かな!?」
「沙奈ちゃん、彼氏できた?」
「まだなんですよ。忙しいし、取材で関わる人は、個性の強い人が多い気がして……」
「うわあ――!それは禁句だよォ」
「あっ、でも皆さんは大好きです。心強いです」
「個性強いか、悪ィな!」
野太い声がしたので皆が振り返ると、いつの間にか、個室の入り口にこのフランス料理店のオーナーシェフが立っていた。
相変わらずガタイがよくて怖い顔だ。自衛官か格闘家によく間違えられるそうだが、そうだろうと思う。
同じことを思ったのか、ほぼ女性ばかりだった会場内に、容赦ない声がこだました。
「あっ、シェフだ」
「相変わらず顔、こわーい!」
「本当だ、顔、こわーい」
「声、初めて聞いた。声もこわーい」
「馬鹿野郎、なめてんのかあ!!」
華乃さんが慌てて止めに入る。
「ちょっと!他でそういうこと言っちゃだめよッ。気に入らない人がいたらもっと遠回しに、つかみどころのないように対処しないと……」
「華乃、おまえもか!」
「うそです、シェフも奥さんもとっても優しい方々で、大好きです」
「うん、優しいよね。案外」
「優しい」
「どっちなんだあ――!」
シェフが怒鳴る。
「シェフにお礼言わなきゃ。それに、いつまでたっても沙奈ちゃんがしゃべれないよ」
華乃さんはシェフにお礼を述べたあと、私に、
「沙奈ちゃんはどんなグルメライターになりたい?憧れのライターはいる?」
と訊いた。
「ライターではないけど、作家の池波正太郎の食に関するエッセイが好きです。『散歩のとき何か食べたくなって』は、東京・浅草生まれの池波氏ならではの視点が素晴らしく、私が見るのとはまったく違った東京が見えてきて、なんだかうらやましくなりました。
優しい、人や街の見方も素敵で、こんな感情的価値のある食の文章を書けたらいいなと。人気の、売れっ子作家としての池波氏の生活をも追体験できる本だと思います」
「そうか」
「今日、呼んでいただいてよかったです。紅茶、中国茶に関するお話もなるほどと思いましたし、皆さんの夢や好きなものを聞いて、『好きなもの』がまた増えました」
すると、そこで月代先生が泣き出したのである。(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます