第4話 女独裁者⁉華乃さん、月代先生と中国茶
「先生、これからも仲よくしてくだーい」
華乃さんはそう言って、花のような笑みを浮かべる。そして少しうつむくと、ニヤッと笑った。勝者の笑みだった。
不穏なものを感じるのは私だけだろうか。
なにしろ、華乃さんは面白いけれど、女らしいきれいな顔に似合わず強烈な人なのだ。
「現代日本、いや日本史上初の女独裁者になって、世の中を平和にしてみせる!」
泥酔した華乃さんは、そう冗談とも本気ともつかないことを言ったことがあるとか、ないとか、一時はもっぱらの噂だった。
本当かどうか本人に訊いたら、
「そんな根も葉もないこと、誰が言ったのかしらね?おかげで仕事が増えすぎちゃって、困っているの」
と、軽くいなされてしまったが……。
なぜか華乃さんに気おされているように見える月代先生だったが、気をとりなおしたのか、顔をあげて微笑み、また口を開いた。
「せっかくご紹介にあずかりましたから、この場でもう一言申し上げたいわ。食のライターという素晴らしいお仕事について、しかもこんなに素敵な夢に輝く方ばかりなのに、皆さんは、お茶、茶と呼ばれるものにはあんまり興味がないように感じられる。もったいないと思うの。
例えば、今、皆さんは、食後の飲みものと一緒に、プティフールを召し上がっていらっしゃるわね。小さくて可愛い、そしておいしい焼き菓子を。
そして、全員が、コーヒーかエスプレッソを飲んでいる。少なくとも今日、紅茶を頼んだ方は一人もいない。考えてみれば、どうしてなのかしら?
凄くもったいないことをしているわ!お茶、茶といわれる飲みものが世界でどんなひ愛されているか、その種類の豊富さ、歴史の深さ――それを追っていけば、どれだけ多くのいい記事を書けるか。もし、他の人がまだあまり注目していないようなら、きっとチャンスよ!そう思わない?」
他の人があまり注目していないなら、きっとチャンス――そう聞いて、若き食のライター達の目の色が変わった。それを見て月代先生の顔がほころぶ。案外、無邪気な笑顔だった。
会場内から声が聞こえる。
「そうか、確かに私、最近、ゆっくり本格派の紅茶を飲むってこと、なかったわ。どうしてなんだろう?」
「タピオカミルクティーはたくさん飲んだけどねえ」
月代先生の目が輝く。
「そうでしょう。別にコーヒーが好きだっていいけれど、紅茶、お茶、いろいろ選択肢が多い方が豊かなはずよ。最近は私、中国茶にも凝っているの!中国茶も素晴らしいわよ。紅茶のルーツについて思いをはせることができるし、歴史も本当に深い、広い……。それに、中国茶だと、料理と一緒にお茶を飲むことになるでしょう?今日みたいにフランス料理だったら、食事中にお茶を飲むというのは基本的にはないものね」
また会場内から声が聞こえた。
「本格的な中国茶か。あんまり飲んだことない。ペットボトルのはよく飲むけど」
月代先生がそれに答える。
「これも不思議じゃない?隣の国の文化なのにね。『知っているようで深くは知らない』、そんな感じがするわ。私、中国茶の資格も取ったわよ」
「えっ、中国茶の『資格』?そういうのもあるんですか?」
「ええ、中国の、中国茶の資格よ」
と、月代先生が答える。
「『中国の、中国茶の資格』?日本の資格じゃなくて?どうやって取ったんですか?」
華乃さんがすかさず切り込む。
「月代先生!一度、先生の『茶』の世界についてインタビュー記事、もしくは記事に協力していただくことは可能ですか?」
「あっ、ずるーい!」
「早いもの勝ち。月代先生をここに呼んだのは私なんだからね」
月代先生は苦笑して、こう言った。
「私、長く話し過ぎたかしら?お時間もあるでしょうから、そろそろ座った方がいいわね」(続く)
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