第3話 「不思議な月代先生」と気の強い華乃さん

 

 「グルメな夢を語る会~若いライター達のこれから~」で、参加者が各々の夢を語っているさい、私の番を遮るかたちで立ち上がったのは、色白で細面の、とても美しい女性だった。


 その人の印象を一言でいうなら、「エレガント」である。コバルトブルーの、シンプルかつちょっとないようなお洒落な服を着ている。ジュエリーも小ぶりだが、こういう人がつけているなら本物に違いない、という感じで、少し遠くから見ても印象に残る輝きをはなっていた。

 その服の色のせいなのか、日本人ばなれした、ぬけるような白い肌が、冴えた色の夜空に輝く月のように、より白く輝いて見えた。


 それと、年が分からない人だな、と思った。今日、この会に来ているのはほとんどが二十代の女性ライター(偶然だが、男性は一人しかいなかった)で、十代の学生ライターもいた。三十代になってからこの仕事を始めたという主婦ライターもいた。

 でもこの人は凄く若くはないはずなのに年齢を重ねているようでもない、なんだか不思議な女性だ。


「突然ごめんなさい。あんまり感激してしまったものだから……。私は今日、ご縁があってここにいますが、紅茶を勉強しているだけで、皆さんのような立派なおこころざしを持っているわけではないわ。でもおかげさまで、もっと紅茶や、紅茶に限らず、お茶と呼ばれるものを、もっともっと勉強したいと思いました。新しい夢が持てそうです。ありがとうございます」


 きっと育ちのいい人なのだろう。自然な、素晴らしい姿勢に、晴れ晴れとした、本当に上品で美しい声!

 今は女優だって、こんなに品格を感じさせる声で話せる人は珍しいのでは、とすら思った。


月代つきよ先生!すみません、今日のお礼言うの忘れてました」

 そこで、会の主催者がこう言った。「華乃かの」というペンネームで活躍している女性グルメライターだ。私から見ても感心するくらいきれいな顔をした、できる女だという噂の……。

 二十代だそうだが、私は実は、彼女の本名も年齢も知らない。知っているのは、華乃さんがとっても気の強い、勝気な人だということだ。


 この人、月代先生というのか。華乃さんは、月代先生の隣に立って言った。

「失礼しました、皆さんに紹介します!」

「そんな、私はそんなつもりで言ったんじゃないのよ、どうして……」

 心なしか、月代先生は華乃さんを少し怖がっているか、嫌がっているようだった。


「皆さん、月代先生にお礼を言って!ご存じの方もいるでしょうけど、ここはとっても人気のあるお店で、特に個室の予約はなかなか取れないの。取れたのは、月代先生のおかげ。先生はお顔が利くから……」

「いえ」


 いい忘れてしまったが、この会が開かれたのは、東京都内の評判のいいフランス料理店の個室だった。「気が置けない友人宅での、美しくも楽しい食事」をコンセプトとしたこの店では、あえて個室を多めにしていることが特長だ。

 値段は少し高めで、オーナーシェフは、実は、ちょっと気難しい人なのだけれど、いや、怖いと誤解されやすいだけで本当はいい人なのだが、味も抜群である。


 腕はいいものの、シェフの強面こわもてと、怖い、と誤解されやすい言葉遣いがあだとなり、最初は非常に苦戦していた。

「挨拶が足らねえんだよッ!」

 シェフがスタッフにそう怒鳴りつけた、迫力満点の映像がテレビに流れたこともある。


 ところが、当時は一室しかなかった個室が、怖いと誤解されがちなシェフの顔を見なくてすむからなのか、関係者の予想を裏切って大好評となった。

 そこで急遽、個室を増やし、「気が置けない友人宅での、美しくも楽しい食事」というコンセプトを後付けにした――という裏話があるそうだ。


「月代先生は紅茶の先生で、横浜に素敵なティールームをお持ちなの。紅茶のお味はもちろん、先生のティーカップのコレクションも私、大好き!なにしろ先生はルーツがあるし……」

「えー、じゃあ、ハーフですか?」

 どこからか問いが聞こえる。


「えっ、ああ……先生、言ってもよかったんですよね?……月代先生はイギリス人のお母さまを持つハーフなの。お母さまもとっても美人で、お姉さまはモデルだったの。セレブな方なのよ」


 そう聞いて、私は単純に、なるほどと思ったのだが、華乃さんのこの言葉がきっかけで、会場内から、無邪気とも、無遠慮とも思える言葉がとんだ。


「すごーい、だからきれいなんだ」

「色白い!」

「お母さまがイギリス人。じゃあお父さまは日本人ってことですよね?」


「そう、お父さまもイケメンだったのよ」

 華乃さんが本人の代わりに答える。


「なんか納得した。でも、言われないと分からないね!」


「でも美人。セレブなんてうらやましい」

「お姉さまはモデルだったんですか。なんていう人?」


「それは、月代先生に直接訊いてね!先生、これからも仲よくしてくだーい」


 華乃さんはそう言って、花のような笑みを浮かべる。そして少しうつむくと、ニヤッと笑った。勝者の笑みだった。


 不穏なものを感じるのは私だけだろうか。


 すると、月代先生が顔をあげて、また口を開いた。(続く) 

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