第2話 「グルメな夢を語る会」若いライター達の集まりで

 その日、私はグルメライター冥利みょうりに尽きる、とっても素敵な会に参加していた。まだ若い、もしくは年齢を重ねていてもキャリアが浅い、食のライター達が集まってこれからの夢を語り合う。名付けて「グルメな夢を語る会~若いライター達のこれから~」。これは楽しかった。


 グルメライターだ、と言うと、よく、優雅な生活をしているんだねと言われる。私の知る限りはそうでもない。やりがいがある反面、責任も重大で、案外地味な仕事だなと思っている。

 あたりまえのことだが、営業中の店はどこも本気だ。責任は重大、最近はちょっとそれが重荷に感じることも……。でも、もっと偉くなれば違うのかな?


 私は首都圏の人間だけれど、神奈川県の端の、比較的のんびりしたところで生まれ育った。東京の大学に進学したが、卒業までずっと実家から通っていた。


「神奈川の人ってどっかのんびりしてるじゃない、このへんに比べればさぁ」

 学生の時に、新宿で通りすがりの人がそう言うのを聞いたが、私は顔も知らないその人を、今でも少し恨んでいる。なんとなく。


 それと、私はブロガーからライターになった。ブログに書いていた食レポが好評だったのがきっかけで、大きな会社の部長さんを紹介され、お金をもらって記事を書くようになった。

 それまで家と学校を必死で往復していた人間が、突然現場に行き、取材もするようになったのだ。


 あったままをいうと、どの媒体で書いても、私は食レポ記事は定期的にヒットした。

 一時はどんな記事もひきうけて、女子中学生の悩みの相談になる記事まで、どれも真剣に書いていたのに、いつも一番好評なのは食レポなのだ。


 確かにうちは食べるのが好きな家で、親戚には料理人もいる。でも、その人達に言わせれば、私なんてまだまだ、なんだけどな。


 SNS時代の今では、こういう人間がライターになれた。それと同時に、なんというか、むこうから見ればそれこそ小娘が突然現場に行ったので、慣れないことも多かった。

 皆、こんな時、どうしているんだろう……そう思っていたので、この会はありがたかったし、本当に楽しかった。


 食は素晴らしい。なぜ素晴らしいかというと、食は人間の共通項だからである。

 

 例えば、世の中には、そこに山があっても、深い理由はなくても、一生、本格的な登山をしない人もいるかもしれない。

 しかし、食べることが嫌いでも、生きている限り「食べない」人はいない。

 

 誰にとってもきっと思い出の味があるものだし、食べるのが嫌いな人でも、好きな食べものはあると思う。

 食べるのが本当に嫌いな人でも、その理由を掘下げて聞いてみると、なかなか面白い。「食べるのが嫌いな人の食レポ」――私はそのテーマで記事を書いていくつかヒットさせた。


 話を「グルメな夢を語る会~若いライター達のこれから~」に戻そう。そこでの会話を、ここで少しだけご紹介!


「私、自分を『江戸っ子グルメライター』っていって売り出したいんだけど、どう思う?」

「江戸っ子なの?」

「東京の生まれ育ちなんだけど、『江戸っ子』ではないかも。でも東京も『江戸文化』も大好きで。せっかくこういう仕事してるんだから、いろんな人とふれあったり、知りあいたいの!」

「『愛好家』か『研究家』ってつければいいんじゃない?」


「とにかく、いろいろな人とふれあえたり、知りあえる。それがこういうライターの特権よね。大変なこともいろいろあるけど」

「やれやれ!チャンスはきっと、二度は来ないよ」


「あのミシュランガイドだって、調査員の仕事は案外地道だって本当かな?私、ミシュランの調査員だった人の本、読んだよ。パスカル・レミ、エマニュエル・メゾンヌーヴ、さすがミシュランの調査員は知識も語彙も豊富で、表現も豊かで、感心しちゃった」

「でも、やっぱりミシュランに載ってる店はおいしいよね。私、海外でもはずしたことない。助かるわ」


「私、『じゃあ、東京で今、一番おいしい店はどこ?』って訊かれたけど、なんか、馬鹿馬鹿しくって答えなかったの。どうしてそんなこと訊くの?」


「私の夢はいつも、その『食』に関わる人、全員の……なんていうか、味わう側、提供する側、もちろん書く側の、思いの仲立ちになるような記事を書くこと。おいしいものが食べたい、おいしいものを食べてもらいたい、その思いがすれ違っていることだってあるじゃない?その仲立ちができるのが理想」


「私の夢は、本当に斬新な食の記事を書くこと。ジャンクフードと呼ばれるものだって、体に悪いものだって、その人がおいしいと思うなら、何か理由があるはずでしょ。その喜びは同じ。かえって、誰も書けなかった、まったく新しい、素晴らしい記事を書ける可能性だってあるじゃない。もちろん、読者の健康を無視するわけにいかないけれど、そんな記事を書くのが夢なの」


「沙奈ちゃんの夢は何?」

 やっと私の番だ。でも、皆の思いが熱すぎて、即答ができなかった。


 とまどっていると、思いがけず、こんな声が聞こえた。


「ごめんなさい、言っていい?」

 皆がふりかえった。(続く)

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