クォーツ・ディ
その村には、1つの伝説がありました。
クォーツの森にあるという光る水晶を、意中の異性に食べさせれば、その相手を永遠に手に入れられるというものです。
この伝説にあやかって、その村では水晶を模したお菓子を贈り、愛の告白をする行事がありました。
通称クォーツ・ディ。
伝説では魔女が村人に水晶をプレゼントしたため、女性から男性に贈るのが定番です。
普段は高価であまり手に入らない糖も、この日ばかりは商人が大量に持ち込み、こつこつ銀貨を貯めた乙女たちは、この貴重な糖を使って思い思いに水晶菓子を作るのです。
ティーリも、そんな乙女の一人でした。
しかしティーリは、キッチンに篭りっきりの他の乙女たちと違い、ある場所へ向かって必死に走っていました。
彼女はとてもすごいものを見つけたのです。
「あれはきっと、きっとそう、伝説の、光る水晶」
ティーリは走りながら、小さく呟きます。もう随分と前から息は切れていたけれど、スピードを緩めることはありませんでした。それどころか、彼女の気持ちの高まりと共に足は羽のように進みます。
本来、光る水晶のあるクォーツの森は、立ち入り禁止の場所です。そこらじゅうに生えている水晶が乱反射をして、今自分がどこにいるかわからなくなってしまうからです。
別名『迷いの森』と呼ばれ、普段は国の偉い人たちが魔法で門を閉しているような場所でした。
ですが、たまに森から離れた場所にも水晶が生える事がありました。
ティーリは昨日、その中に光る水晶を見つけたのです。
ティーリのような乙女にとって、光る水晶の伝説など、おとぎ話でしかありませんでした。とてもロマンチックな作り話だと、そう考えていたのです。
だから見つけたときは、最初は誰かのイタズラだろうと思い、家に戻ったものの、気になって本を調べ、やはりあれは本物だと気づいたのです。
「早くしないと誰かに取られちゃう」
ティーリが走っているのはそういう理由でした。
永遠に続くかと思われた道が終わりを告げ、ティーリは目的のものを発見しました。
誰にも盗られることなく、それはそこにあたり前のようにありました。
ティーリは試しに、一番小さな結晶を手にとって、力を込めてみました。すると結晶はパキリと軽い音を立てて2つに割れました。
普通の水晶ならば、手の力だけで割る事はできません。食べられるほどの硬さであることも、本物の光る水晶の条件でした。
ティーリは早速それを袋に詰め、家に帰りました。
商人からオススメされた、とっておきの箱にそれを詰め、さらに可愛らしく飾り立てます。ラッピングだって、乙女はけして手を抜かないのです。
しかしティーリは知りませんでした。この村に古くからある伝説の、「意中の人を永遠に手に入れる」という本当の意味を。
三日後、一人の青年が遺体で発見されました。大きな水晶に閉じ込められた状態で。
eat 塔 @soundfish
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