創意工夫
チアシードの見た目が苦手、と告げたところ、「なら大丈夫な見た目ならいいのね?」と返ってきた。
その後、彼女が作ったのはチアシード入りのクッキーだった。これなら見かけはほとんど胡麻だ。なるほど、と僕は一枚噛み砕いた。
彼女は料理もお菓子作りもとても上手だった。少し太ったと言ったら、ヘルシー料理なるものを作ってくれるようになった。
ラーメンの麺は糸こんにゃくに。ハンバーグの半分は豆腐。味はほとんど変わらない。
食事は大事よ。楽しく食べましょう!ダイエットも工夫すればどうにかなるわ。食べないなんてダメよ。何事も工夫しだい、工夫しだい。
そう言って食卓にたくさんの料理を並べていたのが先週。
今僕の目の前には、無機質な白い彼女の骨壷がある。
冷蔵庫にはお菓子のタネが入りっぱなし。作り手がいなくなって材料だけが残ってるなんて滑稽だ。僕はこれが何になるのかさっぱりわからない。
ガランとしたリビングのそこかしこに、彼女のカケラが散らばっている。
誕生日に買ったペアカップ、クマ柄の膝掛け、風呂上がりにいつも使っていたクリーム…。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「それで、人形を?」
目の前の初老の男は、ゆっくりと頷いた。
彼は精巧なオートマータ…機械人形を作る人形作家だった。
オートマータはその性質上大量生産が不可能で、その上高額なのだが、彼の人形の虜になるものは数多く、購入希望者は絶えない。
特に食事をテーマにしたシリーズは人気が高く、彼の代表作となっていた。
今回のうちのような小さな出版社の取材を受けてもらえたのは奇跡に近い。
「もちろん生前の彼女をそのまま再現することはできません。けれど、そのちょっとした仕草や、その眼差しを、一瞬を、写し取ることはできる。全ては工夫しだい…」
そう言って遠い目をする彼の隣には、新作の人形が鎮座していた。
ファンから"食事ドール"と呼ばれているその人形は、小さなお菓子であれば実際に食べることができる。
しかし口に含まれたお菓子はエネルギーになるわけでもなく、ボディに仕込まれたダストボックスに溜まっていく。
食事風景を鑑賞するためだけに作られたその人形は、究極の贅沢品として界隈で話題になっている。
「動かしてみましょうか」
そう言って彼は人形に手を伸ばした。
コトリと小さな音がして、ゆっくりと人形が動き出す。
食品をただただゴミにするだけの、その優美な姿。
ぱきり。
人形の白い歯が、クッキーを噛み砕いた。
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