物語の深淵からあなたへ

ゆきゆめ

物語の深淵からあなたへ

 暗闇。

 

 ここは、終わってしまった物語の成れの果て。主人公が去った世界の成れの果てだ。


 そんな暗闇に、少女はいた。

 ただひとり、何処とも言えない場所で、膝を抱えて座りこんでいた。

 ボサボサで、何の手入れもされていない黒髪。ボロボロになった洋服。世界のどんな摂理にだって負けないのではないかと思えるほどの輝きを携えていたはずの瞳も、いまや濁り、淀み、見る影もない。

 

 少女に残っているのは業火のように決して消えることのない、おぞましく爛れただけ。


 例え世界が終わろうとも、この想いだけはだ。


 永遠を求める少女だけが、そこにいた。




 

 とは言っても、何ら特別なことはない。

 ただ、平凡な主人公と出会って、恋をして、最高の瞬間に結ばれる。そうして彼らは永遠の愛を誓うのだ。

 そんな、予定調和とも思われるような平坦で平凡な物語。

 

 それでも、少女は主人公を愛していた。あの物語は少女にとって、何にも変えられないほどに輝いていて、幸せだった。

 あの輝かしい物語を彼と歩いていければ、それ以外には何も要らなかったのだ。


 彼もそう思ってくれているのだと、少女はそう信じていたのに。


 彼は、主人公はある日、風のように消えてしまった。


 ——あなたは何処へ行ってしまったの?


 少女は探した。

 彼と出会った場所、思い出の場所、何処もかしこも探し回った。

 だけど、彼はもう、この世界の何処にもいない。


 主人公は少女との物語を語り終え、次の物語へと旅立ってしまったのだ。

 それはそう、一編の小説を読み終えるように。ひとつゲームをクリアするように。

 主人公が帰ってくることは、もうないのだろう。


 ——あなたのあの言葉は、「愛してる」と言ってくれたことは、すべてウソだったと言うの?


 そうして物語は、世界は崩壊した。

 残ったのは置いてけぼりの少女ただひとり。

 捨て去られた少女、ただひとり。


 それでも少女は、探すことに疲れ果てた少女は、主人公を待つことにした。

 彼のことを想いながら。

 あの幸福な物語を、思い返しながら。

 

 それから、どれだけの時間が経っただろう。少女にはわからない。

 だけどそれでも消えず燃え盛り続ける想いを、歪んだ想いを抱えていた。


 彼を、主人公のことを

 

 想って思って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って想って。


 やがて、その想いは枯れ果てるだろうか?

あの幸せを忘れて、彼を忘れて、笑うことができるだろうか?



 



 彼への想いは、『永遠』は、たしかにこの胸にある。

 それは赤く、黒く、おぞましく、焼け爛れ、壊れ果てた想いだ。


 もはや憎悪とも似つかないような、深い深い想いが、その胸の中に暗く暗く、この絶望の暗闇よりも深く息づいていた。



 ——彼は私のものだ。だって私は彼を、愛しているんだから。


 少女にとって、彼が、主人公がいなければその世界は決して色付くことなく、崩壊してしまう。世界は終わってしまう。



 だから何としてでも、彼を取り戻す。そうして、彼に教えてあげるのだ。この爛れた想いを、恋心を。



 彼は何も言わずに少女の元を去ったけれど、



——私のことを嫌いになったわけじゃ、ないよね? 



——永遠の愛を、誓ったものね。



——決して、決して、なわけがないよね?




 待つのはやめだ。もう一度彼を、探し出す。


 そう決めた瞬間、目の前には大きな扉が現れた。暗闇の中、その扉だけが淡い光を放っている。


 その扉を見て、少女は不思議と確信した。


 ——この先に、あなたがいるのね。

 ——あなたの世界が、そこにあるのね。


 少女は立ち上がり、その扉に手をかける。



「今、会いに行くね。だから、物語の続きを、また2人で描こう?」



 そうして少女は暗闇を抜け出す。


 赤く、黒く、焼け爛れ、壊れ果てた恋心を胸に。


 その果てにあるのはであると、少女は信じていた。

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