第2話 友達の資格なんかない
木下は高校二年になっていた。
あれ以来、西野との出来事は忘れ、再び関わることのないように、沼澤とも遊ぶ時は気をつけるようになった。
決して、また、どこかでうっかり会ってしまわぬように。
木下は、部活に熱心に取り組んでいた。
予定がなければ、休みの日でも、それをして気を紛らわせることにした。
その結果、まずまずの成績をおさめるようになり、先輩にも認められ、部員としても、なかなか良いポジションに着くことができた。
だが、ひとつだけ、木下の生活習慣に加わった出来事があった。
木下は、タバコを吸うようになっていた。隠しもせずに、ジーンズのポケットにそのまま入れていたので、わかるものが見れば、その布の盛り上がりの形で、すぐにそれとわかったことだろう。
授業の休み時間に、放課後に、木下は校舎付近に隠れられそうな場所を見つけては、喫煙を行った。
クラスメイトには何となくバレていたが、幸いなことに誰にも告げ口はされなかった。
よく連るむ友達のメンツも、噂をききつけた喫煙組の高校生仲間が多くなった。
学校のほど近くに住む、その友達の家に入り浸り、木下はタバコや酒を飲んで、平日でも部活が終わると、連日泊まり込みで、そこでゲームをしていた。
おかげで、成績もかなり下がった。
自習はほぼせず、テスト前に少しだけ範囲に目を通し、50点を取ることを目的に、基本問題となるような部分だけ勉強をし、遊ぶ時間が惜しかったので他は捨てていた。
「木下は赤点じゃないのか、ずるくね?」
木下が入り浸る家のその友達は、江東といった。
成績はビリに近く、赤点ばかりだった。
まるで将来のことを何も考えていないような奴だった。
だが、そんな人間が、木下には居心地が良かった。
「お前と違って、少しは勉強してるからな」
「け! 真面目なやつ」
江東は言ったが、木下は首を振った。
「そんなことないよ」
今、お前の目の前にいる人間が、本当はどんな人間なのか、わかりもしないだろう。
木下は思う。
流されて、見ず知らずの歳上の男とセフレになってしまうような人間なんだぞ、おれは。
この事を、伝えたら、こいつはどんな顔をするだろうか?
木下は、いつでもそんなことを考えてしまった。
そして、そのことが、どこか隠し事をしているみたいで、木下の心の奥底を凍らせていた。嘘をついている訳では無いのだが、どんな時も、本当の自分を偽っているような気持ちにさせるのだ。
それが、木下には辛かった。
夜な夜な皆で集まって馬鹿をするにしても、今ひとつテンションの上がりきらない自分がいた。
いっそ、本当に馬鹿になれたら、どれほど楽だろう。
誰のことも気にせず、自分を偽らずに生きれるなんて、最高じゃないか。
いつか、そうなろう。
それが木下の生きる望みだった。
木下が高校三年の秋を迎え、いい加減、そろそろ進路を決めなくてはならない頃、学校以外で会うことはないが、よく話す友達がいた。
「まどか、放課後、一緒に勉強しようぜ」
木下にそう話しかけてきた彼の名は、宮本という。
小柄な生徒だった。部活にも熱心で、勉強もできるタイプだ。宮本は、国立大学に進学することを決め、日々、真面目に勉強に取り組んでいた。
宮本は、童顔で、どこか変わった人間だった。時々、意味のわからない下ネタを考えついて言ったり、筆箱には幼稚な落書きをしていた。
だが、その笑った顔が、木下はとても好きだった。
宮本は、不良ではないので、タバコは吸わない。部活も異なり、共通点も少なかったので、一緒に過ごすことも、そこまで多くはなく、体育などの授業中で触れ合うのが主だった。
「いいよ」
木下は言った。勉強には興味がないが、彼と一緒に過ごす時間が好きだった。
放課後に、木下と宮本は、窓際の席に上下に並んで座り、おのおの勉強を開始していた。
木下が、宮本の背中を見るかたちだった。
カリカリ--
宮本がなにやらノートに記載する音が聞こえてくる。少し開けた窓からは、部活動に励む生徒の声が遠く届いてくる。
秋の和やかな風が、白いカーテンを少しだけ揺らす。
古びた校舎の教室。雑に消された黒板。
木下は、その風景が好きだった。
この穏やかな時間の中で、ずっと過ごしていたかった。
木下を勉強に誘った相手は、宮本が初めてだった。当時、木下は若干不良じみたところがあり、顔なじみとしかあまり連まなかった。彼は、そんなことは気にせずに話しかけてきたし、自分を真面目ないち生徒として見てくれていたみたいだった。
木下には、それが嬉しかった。
気がつくと、木下は、宮本に惚れていた。
宮本に、触れてみたいと思っていた。だが、その気持ちは封印していた。当然だ、彼はゲイではないのだから。
木下は、そのときには自分がゲイかもしれないと思っていた。以前、他校の女子生徒と勢いで付き合うようになったことがあったが、長続きしなかった。根本的に、話が合わなかったし、一緒にいても一人でいる時と変わらない気持ちがしていた。
そう思うようになったきっかけは、修学旅行だった。
夜、大浴場でみんなで風呂に入る時に、ふと宮本が入ってきた。男の体に興味があったわけではなかったが、彼のタオル姿を見た時、木下は彼だけには興奮を覚えていた。
はあ--
木下は、やはりダメだなと思う。
せっかく宮本が勉強に誘ってくれたのに、自分は紅茶でも飲むように、彼の後ろ姿を見つめながら、もの思いに耽っているだけなのだから。
この事がバレたら、もうおれはおしまいだな--
木下は思った。
友達とはなんだろう。友情とはなんだろう。
本当の意味で、自分に友達などいないのではないか。
友達を利用して、自分の暇つぶしをしているだけなのではないか。
--卒業したら遠くへ、行こう
木下は決心した。
周囲の人間関係を一度精算して、自分を見つめ直してみよう。大学に入ったら、新しい自分になってみよう。
それから木下は、部活の引退を気に、髪を伸ばし始めた。
持っている服もすべて捨て、やがて卒業する頃には、木下は別人のような外見になっていた。
--これでいい
大学のために東京に引っ越した木下は、ダンボールの荷解きをしながら、まだベッドしかない一室で思った。
ここで、もう一度、やりなおそう--
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