ボクはモンスター
紫之崎
第1話(R18) 普通じゃない
この物語は、木下 円(きのした まどか)という、とある青年の話だ。
話は、高校時代にさかのぼる——
「——飲み会?」
木下が、聞き返した。
木下が高校に入学して半年ほどが経とうとしていた。
木下はどこにでもいる平凡な学生だった。これといって服装にも髪型にも気を遣っておらず、モテるというタイプではない。だが、社交性はあるほうで、友達も多かった。
「そう。今週の金曜、先輩の家でやるから、まどか、お前も来いよ」
放課後の教室で、木下の友達が言う。
高校は私服だった。地方では、まずまずの進学校で、全校生徒数は、500名程度のよくある男子校であった。
校舎の造りは古く、体育館だけが改装されて真新しい。その街は城下町で、丘になったところに校舎があり、そのすぐ裏手には、観光スポットの城の天守閣があった。
「飲み会って、まさか、酒を飲むの?」
耳を疑って、木下が再度聞き返す。
「ああ、少しくらいなら平気だろう。面白そうだし、なあ、行こうぜ」
その友達とは、同じクラスで、木下はよくつるんでいた。
彼は、高校に入ってできた友達で、成績は優秀だが、そこまで品行が真面目というタイプではなく、ときどき、学校から抜け出しては、城の障害者用トイレで、仲間とタバコを吸いに行っては、教師にバレるかバレないかのスリルを楽しんでいた。
悪い奴ではなかった。誰かをいじめるわけでもなく、むしろ弱者をかばうタイプですらあった。だが、彼の家庭環境の悪さが、彼をまじめな高校生として過ごすことをさせなかった。
友達の名前は、沼澤といった。
「うーん」
悩むように、木下はうなった。
木下は、運動部に所属していた。わりと練習はハードで、放課後から夜の7時まではみっちりと新入部員用のメニューが決められている。
とはいえ、気が乗らないわけではなく、木下も沼澤には好意をいだいていた。木下も、家庭環境がいいとは言えず、家に帰ると、両親は絶えず口喧嘩ばかりをしていて、運動部を選んだのも、それを少しでも遅らせるためでもあったのだ。
似た境遇を、木下と沼澤はお互いに感じていた。だから、それを感じ取るように、すぐに二人は仲良くなれたのかもしれない。
また、木下は木下で、中学時代の友達の家に寝泊まりすること多く、休みの日は決まって、そのようにして過ごしていた。
悩んだ結果、
「わかった。部活が終わったら、行くよ」
と木下は返事をした。内容も内容だし、沼澤をひとりで行かせるのも心配だった。
そして何より、木下はアルコールに嫌悪をいだいていた。
父親が、アルコール中毒だったためだ。
思えば、ほぼ酔っている姿しか見たことがない。暴言をいい、そこまでは酷くないが、ときに理不尽に叱る内容を見つけては、木下はぶたれていた。
むろん、その父親が嫌いだった。母親が忍耐強く、父親をたしなめ、日々、なんとか事を納めていたため、木下はその姿に感銘を受け、グレる事をしなかった。
だが、木下もそれに加わることが多かったため、気がつくと、いつのときも人の顔色をうかがってしまう癖がついていた。
嫌われたくない——
人からこの感情を向けられることが嫌いだった。だからあまり目立つ事をせず、わりと地味なタイプに育ったのかもしれない。とはいえ、ごく稀に、周囲を驚かせることをしでかすタイプでもあった。特に小学生時代は、いたずらばかりをして、周りの人間を困らせることも多かった。
当時、いたずらの加減が効かなったので、いたずらすること自体は中学時代にやめていた。
そういったこともあって、木下は自分から何かしようと動いても、ろくなことがないと思ってしまった。
だから、周囲の意見がうまく行くように務めることにした。その試みはうまく行った。
あまり目立ちはしないが、よく見ると、どこにでも顔を見かける人物——それが、木下という人間だった。
当日——
木下は、高校に入ってようやく許しを得て手に入れたスマートフォンで、友達の指示した住所に向かった。
時間は、午後8時くらいだった。すっかり日は暮れていたが、まだ夏の最中だっため、夜でも風は生暖かく、木下は半袖すがただった。
扉の中からは数人の笑い声が聞こえている。
沼澤は大丈夫だろうか——
木下は思い、インターフォンを鳴らす。すると、見知らぬ人間が扉から出てきた。
「やあ、きみが沼澤の友達の木下くん、だっけ?」
出てきた男は、18〜20くらいの年齢に見えた。
日本の高校一年生の外見は、まだまだ子供だ。並んで立つと、子供と大人の関係に近いものがある。
「はい、木下です」
木下は言って、頭を下げる。
「俺は西野。さあ、入って入って」
西野に招かれ、部屋に入ると、そこは6畳ほどのワンルームになっており、ローテーブルを囲んで、床に沼澤、ベッドに腰掛けるもう一人の男の姿があった。
「よう〜、木下ぁ、遅かったなぁ」
沼澤は言う。床に転がった空き缶の様子とその声から、沼澤がすでにかなり酔っていることはすぐにわかった。
「はじめまして、木下です」
ベッドの男に向かって、木下は言った。
「よう」
ベッドの男は手を挙げて答える。
西野とは同じくらいの年齢に見えた。
「おれは田口。西野の同級生で、沼澤とは家が近くて、昔からよく遊んだりした仲だ」
田口は言った。
田口は、長い茶髪とピアスをしており、眉毛も細かった。ヤンキーではないが、怒らせたら怖そうな印象がある。
「さあ、木下くんも飲んだ飲んだ」
背後から西野が言うと、木下は沼澤のとなりに着席する。
西野の方は、田口とは対照的に真面目そうな雰囲気だった。
そうして飲み会が始まった。
話を聞くと、この二人は西野が大学生であり、田口はすでに町工場で働いているとの話であった。
木下は、そこで初めて本格的に酒というものを口にした。ビールは苦くて不味く、チューハイは少し違和感があったが、飲むことが出来た。
木下は、すぐに頭が回ってきた。
二時間もしないうちに、木下は知らぬ間に横になり、意識を失っていた。
「--木下くん」
木下は、西野の声で目を覚ました。
気がつくと、時計の針は日付をまたいでおり、部屋には、すでに自分と西野以外の姿はなかった。
「あれ、みんなは?」
まだ頭がボーッとしながら、木下は尋ねた。
「もう帰ったよ。田口が、沼澤くんを家まで送るってさ」
「そうですか--」
木下はホッとした。それが少し心配だった。
「きみはどうする? 俺はこれからゲームするけど」
「ゲームですか?」
「ああ、君も一緒にやるかい」
言われて、木下は考える。
この西野という男は話しいて楽しいし、
やはり年上だけあって話題には尽きなかった。
明日は休みだし、家に帰っても特に楽しいことはなかった。
それも、まあいいか、と木下は思った。
--当時の最新機種のゲーム機のゲームを、木下は西野とプレイすること、1時間、木下にはそろそろ眠気がやってきた。
「シャワー勝手に使っていいよ、俺もあとで入る」
木下は西野に言われ、シャワーを借りた。
着替えは無いので、着てきたものを再度着ることにした。
木下が部屋に戻ると、女性の甲高い声が聞こえてきた。
木下はその正体を見つけると、戸惑ってその場に立ち尽くした。
テレビ画面に、交合う男女の菅田が映し出され、音はそこから漏れてきていた。
加えて、もうひとつ戸惑った事件があった。
テレビの前に座し、西野がそれを見ながら自慰行為をしていたからである。
木下の足音に気づいているはずであるのに、西野はそれをやめようとはしない。
「ありゃ、思ったより早かったねぇ」
恥ずかしがりもせず、西野は言った。
「あ、あの--」
あまりの出来事に、木下はかける言葉が見つからなかった。
「ごめんごめん、もう終わるから。これ、田口が貸してくれたんだ、きみもそこで見なよ」
依然それを続けながら、西野が言った。
事態に気圧されて、木下は言われるがままに床に座った。
少なからず酒も入っていたし、頭が混乱していた。二日酔いになったのか、軽い頭痛もある。
アダルトビデオと、それを見て自慰をつづける西野を、木下は横から眺めていた。
「どう、この子なかなか可愛いでしょ?」
右手を動かしながら、西野が言う。
「はあ--」
木下は答えた。目のやり場に困っていた。
とはいえ、木下も男だ。そういう声が耳に入り続ければ、嫌でも下半身が反応する。
木下は、少しだけ自分の股間に手を当てた。
「きみもする?」
その様子に気づいたのか、西野が言った。
木下は、そのとき、よくわからない思考になっていた。
西野は、木下からすれば、大人同然の人間だった。大学生ということもあり、頭も悪くはないだろう。
そんな人物が、当たり前のように人前でペニスを露出し、自慰をしながら、会話を続けているのだった。
もしかすると、大人にとっては、これが普通のことなのではないか。
いつの間にか、木下はそう考えるようになっていた。
すると、戸惑いながらも、興奮してきたこともあったため、木下もペニスを露出して触りはじめた。
「はは、なかなか可愛いね」
「--はあ、あ、ありがとうございます」
木下のそれを見て、西野は言う。
西野のそれを確認すると、大きさには倍くらいの差があった。
木下は、実はアダルトビデオを見たことはあった。友達の家で、友達が手に入れたことを自慢してきたので、そこでみんなで集まって見た。
だが、そのときは、木下は恥ずかしがってまともに視聴をしておらず、今回の件は、それをリベンジするチャンスでもあった。
それに、今画面に映し出されているものは、モザイクのない無修正品だった。友達の家で覗き見たものとはレベルが違う内容だった。
すごい、こんなふうになっているのか--
木下は思った。
食い入るように画面を見つめていると、ふいに西野が手を伸ばしてきた。
「手伝ってあげるよ」
「え--」
木下が反応する前に、西野の手が木下のそれを掴んでいた。
「カチカチだなぁ」
「あ--」
一人でするときとは違う新鮮な感触に、木下は声をあげた。
「ほらほら、出しちゃえ出しちゃえ」
ふざけるように西野が言い、面白いオモチャを扱うみたいに手の動きを激しくする。
「、、、ん--」
我慢できずに、木下は射精して精子を飛び散らせた。
あーあ、と西野が言うと、ティッシュボックスをとって自身の手を拭き、それから木下に床を拭くよう命じる。
それから、西野がし終えるのを見届けると、木下は西野のベッドで西野ともに眠りにつくことになった。
横になった木下の体を、ときどき、西野は撫でたりしてきた。
別に殴られたりされている訳でもなく、好意的でさえあったため、木下はそれを咎めることはしなかった。
その日以来、木下は西野のもとをたびたび訪ねるようになった。
そうしているうちに、そのような行為はしだいにエスカレートしていった。
西野に命じられ、木下は西野のそれを手や口でするようになっていた。すでにこれが普通ではないことがわかっていたが、断ったときの恐怖や、もともと頼み事を断りにくい性格だったこともあり、つい了承してしまっていたのだった。
木下は、西野が嫌いではなかった。だが、好きとはえない。木下は女性にしか興味がなかったからだ。
いつまで、こんなことが続くのかと思った。
もちろん、この事は沼澤はおろか、誰にも言ってない。
知られたら、不味い。その恐怖もあった。
しかし、それから3ヶ月くらいたった頃だろうか。
突然、西野から、もう来ないでくれと、木下は言われた。
同じ大学で、彼女が出来たとのことだった。
その彼女が、今後、頻繁に部屋に出入りすることになるので、木下の存在は迷惑だという。
ようやく、この関係が終わった。
そう木下は思った。
だが、何故か、心が苦しかった。
何ともいいがたい喪失感があり、外に出ると、木下の目からは涙が出てきた。
--そうか、自分は女の代わりにされていただけだったのか
木下は思った。運動部に所属していたこともおり、身体には着実に筋肉が付いてきていた。子供から大人に成長するうえで、ヒゲも産毛とはいえないものになり、剃る頻度が増えた。
木下の外見は、子供から大人に変わろうとしているのだ。
おそらく、自分が不要になったのには、そうした理由もあったのだろう。
「はあ--」
木下は、西野のマンションから帰る途中で、ため息をついた。
「キモイな、おれ--」
曇り空を見ながら、木下がつぶやいた。
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