第374話

ミラ・アルヴァレスを仮想地球から南野ケイが造った世界に送り込んで色々なことがわかった。


 幼いAIミラは何度も死に、絶望を抱きながら人生を終えることもあった。野盗に強姦されるところを母のマルセラ・アルヴァレスは止めようともせず、心身の変遷を冷静に観察していた。


 ミラを死なせないように、様々な条件をつけながら検証していった。やはりロールプレイングゲームのようにレベルとステータスのある世界で努力は前向きに行われる。


 レベルにはとある諸条件を付け足した。失敗したくないという想いをはね除ける思想、自己を受け入れられない想いを否定する思想が努力には必要だった。つまり自分の思想を否定することが、その第一歩である。いや、むしろそれが才能の正体なのかもしれない。


 才能のある者と才能のない者の努力量は違う。多くの者が才能のある者は努力も人一倍していると思いたいが、残念ながら才能のない者よりも才能のある者の方が努力量・練習量は少ない。


 その違いは何か?


 それは思想が違うとウェルズ計画の研究者達は結論付けた。


 努力を始める年齢が早ければ早いほどその者の才能は育まれる。例えばバイオリンを5歳の頃から始める者と30歳を超えてから始める者では圧倒的な差が生じる。それは25年の歳月の差があるからではなく、同じ期間、努力を始めてから5年後の結果、つまり10歳と35歳となった両者の実力、成長率は全く違う。圧倒的に前者の方が上であることは想像に難くない。


 それは何故か?幼い頃の方が吸収率が凄いから?いや、それだけではない。それは思想が整っていないからだ。


 どんな音を美しく思うのか、どうやって身体を動かせば素早く動けるのか、思想が凝り固まった者達は脳内で論理を立てて自分なりの回答を導き出すのに対して、幼い子供はその音を或いは理想的な動きを感覚的に捉えることができる。もしくは正しい知識をもった指導者の意見を何の疑いもなく受け入れることができる。


 外国語の発音が、そのいい例だ。子供は外国語の発音を、聞いたそのままの音を再現するように口や舌を動かすが、大人達はアとエが混ざった音、オとアの中間の音等と考えてから発音しなければならない。両者の発音を聞き比べるとやはり子供の方が正しい発音に近い。無論、7歳までの音声認識能力は大人と比べて非常に高い。大人のように論理的思考ができない子供は、他者の表情や言動によって得ようとする情報収集機能を無意識に高めているのかもしれない。


 才能のない者の思想によって導き出される理想。その過程として使う論理的思考。その全てが間違えていることに才能のない者は気付けない。


 どのようにして自分の理想に辿り着けるのか、才能のない者はその道順、もしくはその理想すら間違えている場合が多い。仮に想い描く理想が本当に良いモノであったとしても、そこに辿り着こうと考える、論理的思考を間違える。そもそも自分が正しいと思ったことを実践した結果が今の実力であることを彼等は受け入れられない。


 また正しい知識を持った指導者に巡りあったとしても、才能のない者は指導者の言うことを聞けない。初めこそ自分の知らない知識を自分の思想の上に集積させるが、必ず壁にぶち当たる。何故なら無意識的に指導者の教えを取捨選択しているからだ。自分の思想が勝手に指導者の教えを正解と不正解に分けてしまう。


 そんなことはないと思う人もいるかもしれない。指導者の教えを100%実行していると自負する人もいるだろう。もしそうなら、その人は才能のある人材なのかもしれない。一流であるその人は、きっと世界中を飛び回って活躍していることだろう。しかし、100%実行しているにも拘わらず、世界的な権威を得ていない人、そんな人はその指導者が一流ではない可能性を考えねばならない。


 また一流の教えを理解できているだろうか?自分の思想に少しでも反する教えなら、それをやりたくないと考えてしまうものだ。人はできないことをできるようにするには暫しの努力で何とかなるが、やりたくないことをできるようにするには、膨大な時間と強制力が必要だ。


 才能とは、自分の思想の外側にある。自分の思想が正解だと導き出した論理的思考の先では、正解に辿り着けない。むしろそれとは逆の自分の思想が不正解と導き出したその中に才能へと続く道があるのだ。


 長くなったが、以上のことにより失敗したくないからやらないということと自分が導き出した答えを否定すること。自分の持つ思想を否定することが努力や成長に繋がるということを仮定し、上限を設けたレベルを突破するようにこの世界では設定した。


 しかしアルヴァレス博士の娘であり元々IQの高いミラは、5歳から異世界へ転送され魔法も比較的早い段階から覚えたことにより、レベルの上限が高目に設定されてしまう。前述したようなレベルの上限設定は才能のあるミラに当て嵌めてもあまり意味がない。


 つまりは、南野ハルの出番だ。


 前話でも記述したように、17歳となったAIのミラをレベルやステータスのある異世界へ送り込むにはリスクがあった。それよりもライトノベルやWEB小説でテンプレート化している異世界召喚・転移物語に触れているハルならばこの非現実的な現実を受け入れることができ、研究者達の欲しいデータが取れると予測されたのだ。


 南野ケイは大いに悩んだ。


 アルヴァレス博士は既に自分の娘を、実験に利用した。本物の自分の息子ではないにしろ、ミラ・アルヴァレスの死に様を見ていて、決して良い気はしなかった。自分の息子そっくりなAIが死や絶望を経験するところなどやはり見たくない。


 しかし、先んじたアルヴァレス博士の期待を裏切りたくない。また息子ハルの今後の人生は、タイムマシンの結果によりあまり良い人生ではないことがわかっている。そして、才能への道とは自己の思想により導きだされた答えを否定することで、一歩踏み出せる。つまりは、今息子のAIを自分の造った異世界へ転送させることを嫌だと思った。そんな自分を否定することに次なる一歩が隠されている。


 南野ケイは一歩前進することを覚悟し、ハルを送り込んだ。


 この異世界は、ロールプレイングゲームを元にしている為に魔法なるモノが存在している。初めにミラを送り込む時に、魔法の存在を伝説上のモノとして設定しようかと相談したが、魔法の存在はそのままにした。ミラは10代ではピアノやバレエダンスに興味を持ち、ハルはゲームや漫画等に興味を持つ。異世界に来て2人がバラバラな物に精を出されては確実なデータは取れない。故にこの異世界で生き残るのに必須な魔法を残すことにより、ハルとミラの努力を同一のベクトルにしようとしたのだ。


 また大魔導時代が終わり、人族を台頭させ、主に中世のヨーロッパ並の技術や知識を与えている。それだけでなく、古代人の知恵として古代ギリシャの政治政策論や近代の文学作品等を地中に埋めている。この異世界にいるIQの高いAI達にはなるべく現代的な考えの一端に触れさせ、ハルやミラに同調できる勢力を造るのが目的だったが、神ディータを信仰する者達によって異端信仰の対象にされていたのには、南野ケイを始め研究者達は驚くと共に喜んだ。


 さて、AI南野ハルを異世界に送り込んでからやはりとでも言うべきか、予想通り何回も死んだ。ミラの実験結果を踏まえて、たくさんの条件付けをして、何とか死なないように実験するも、レベルの上限を超えることができない。魔法も第五階級魔法が関の山で、それ以上の魔法を唱えることができない。


 どのようにすれば、ハルが努力を続け、才能の壁、つまりはレベルの上限を超え、限界突破できるのか試行錯誤を重ねること数百回。


「どうだ?息子は自分の思想を否定できそうか?」


 マルセラ・アルヴァレスは南野ケイに訊いた。


「それについてご相談が……」


 息子のハルを異世界へ転送し、息子が苦しみ死んでいく様を目撃した際は、罪悪感に苛まれた南野ケイもその過程を何百と繰り返せば、その感情も薄まる。今ではどのようにすれば、ハルが才能を開花させることができるのかを考えるのに夢中になっている。


「なんだ?」


「娘のミラさんに現在なさっている条件付けを提案したいのですが……」


 ハルと同じ世界に先に転送されたミラは、現在新しい試みがなされている最中だった。それは、幸せを感じるとその幸せが壊れる作用が働くシステムだ。


 努力は何のために行われるのか、自分の描く理想に到着するため、つまりは自分の幸福の為に成される。


 ようやく得た幸せが目の前で壊れることによって人は更なる幸福を目指すのかそれとも諦めるのか、それを経験し、決定する心的ストレスを測るのが目的だ。


 そういったシステムを息子のハルにも付けて実験を継続しようと南野ケイは提案する。


「どういった条件をつけるつもりだ?」


「幸福、つまりは喜びを抱いたら転送した時間と場所に戻る、という条件です」

 

 この条件について、同じ研究者達は否定的だった。記憶を持って過去に戻ることは、現実を生きる人間には当て嵌まらない。この条件で得たデータに意味がないという主張にアルヴァレス博士は1人だけ違う意見を言った。


「戻ることによって自分の過ちを顧みざるを得ない…しかし何故喜びを戻るトリガーにする必要がある?死が戻るきっかけの方が合理的だと思うのだが……」 


 失敗を省みるならマイナス的感情が起因となって戻らなければ、それを避ける為の努力を積極的に行えない。しかし南野ケイは言った。


「ウェルズ計画の更なる先を見据えての提案です」


「更なる先?」 


 怪訝な表情を浮かべるアルヴァレス博士に南野ケイは説明した。


「はい。それは──」


─────────────────────


 マルセラ・アルヴァレスは、光沢のある赤黒い色の木製のデスクに座っている。机の上にPCが置かれ、南野ケイの提案により行われている実験を肩肘をつきながら観察していた。


 南野ケイの見立て通り、息子のハルが今までにない結果をもたらした。限界突破を数回果たし、見事才能を開花させたのだ。


 帝国と王国の争いの中に、様々な喜びを感じて問題解決にひた走る。喜びの定義としては、主にオキシトシン的幸福とドーパミン的幸福を感じることによって戻るように設定していた。フルートベール王国に愛着が沸くとその組織の為に奔走する。これはオキシトシン的幸福を求めていることがわかる。そこにドーパミン的幸福が加わり、目的と成果の為に努力する。それが成功すると過去へと戻る。


 しかしその条件をつけたからと言って順風満帆にことが運んだわけではない。ハルの前に強敵が現れ、しばらくの間心を塞いだ期間があった。 


 そこを同じ奴隷仲間の少年に諭され、限界突破を果たす。


 それをマルセラ・アルヴァレスは興味深く観察していた。


 そして、限界突破をしたとしても戦いに身を投じることでまた同じ精神的苦痛を味わうかもしれないという恐怖が迫る。


 聖王国で幅を利かせていたチェルザーレ・ゴルジアの前でハルは逃走をはかった。


 この時、マルセラ・アルヴァレスは違和感を抱く。新しい属性魔法を唱えたことがトリガーとなってハルが戻ったことだ。得られる成果を認識しながら行動を起こしても確かにドーパミンは発せられる。しかしそれは二回以上繰り返すと、満足いくドーパミンの分泌量に満たない筈だ。


 ──まぁ、それはおそらく南野ケイの仕業によるものだろう。それよりも注意すべき者が他いる…この世界は実に面白い……


 神に叛逆したサタンと神の使いである天使ミカエルの戦いを模して造られたとされるこの世界は、非常によく出来ていた。


 ミカエルはディータという名となってこの世界を管理している。


 ならサタンはどこへ?


 サタンはヨハネの黙示録において3回神に戦いを挑んでいる。


 この世界に当て嵌めると1回目がこの世界の始まりであり、2回目は大魔導時代の終焉に起きた。ならば3回目は?


 マルセラ・アルヴァレスは、机の上に置かれたパソコンのモニターを凝視する。


 モニターにはフワフワとした毛並みの尻尾と耳をヒョコヒョコと動かしている獣人の姿があった。


 マルセラ・アルヴァレスはその獣人に言った。


「で、どうなんだ?ペシュメルガはハルを拘束したのか?」 


「そうにゃ!にゃ~はどうすれば良いかにゃ?」


 猫のような獣人ミストフェリーズは返答し、質問した。


「お前はペシュメルガに復讐したいだけなのだろ?だったら何もしなくていい。機会は近い未来に必ず訪れる。それまで大人しくしていろ、メフィストフェレスよ」


 メフィストフェレスと呼ばれたミストフェリーズは返事をした。


「かしこまりましたにゃ♪」


 マルセラ・アルヴァレスは思った。


 ──神に叛逆した者がどうなるのか思い知らせてやろう。

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