英雄戦争編Ⅱ

第367話

~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 いつもの路地裏。


 両脇の建物からいつもの狭まった青い空が見える。


 ハルは自分の鼓動が早鐘を打っていることに気が付いた。


 喜びと死の恐怖がしばらくハルを支配する。


 ハルは大きく息を吐くと、剣聖オデッサの元へと向かった。その道中前回の世界線について考える。


 ──どうしてヴァンペルトが現れた?どうしてエレインがミラちゃんを襲った?それにあのルナさんはおそらく……


 ハルはあの場に、氷づけとなっていたルカを思い出す。


 ──ルカがアジールのメンバーなのか?じゃあ何故氷漬けに?それにアレックスも……


 剣聖オデッサに会った後の行動をハルは思い描く。


 ──マキャベリーに相談すべきだな……


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから1日目~


〈帝国領〉


 帝都にある城の上階。帝都の夜景を一望できる筈の窓は分厚いカーテンで覆われている。誰かに盗聴されないよう、或いは遠距離から攻撃を受けないよう用心してのことだ。


 マキャベリーは獣人国の情報を精査し、クーデターが上手くいくことを確信した。あとは3日後に実行するフルートベール王国の魔法学校襲撃計画を見直した。


 ──聖女ルナをここで保護できれば、我々の計画は安泰なのですが……


 マキャベリーは計画を共にするチェルザーレのことを考えた。マキャベリーはまだ、ルナが神ディータの寄り代であることに確信を持てないでいる。しかしチェルザーレはそうであると決め付けているのだ。マキャベリーにとっては第三階級の聖属性魔法を唱えることのできるルナを、アジールと戦争する際の戦力として是非とも獲得したいと思っているため、チェルザーレの言うように多少強引に連れてきても構わないとの結論に至った。


 ──あとは、獣人国やフルートベールに戦力となる者が生まれれば……


 その時、分厚いカーテンで覆われている窓が軋んだかと思うと、礼儀正しくコンコンと外から窓を叩く音が聞こえる。


 マキャベリーは身構え、考える。


 ──誰だ!?アジールか?しかしこんな大胆なことはしない筈です……


 マキャベリーは狼狽えることを止め、通信の魔道具である水晶玉を懐に忍ばせ、魔力を纏いながらカーテンを一気に開く。


 そこには黒髪の少年が窓枠に腰を預けて座っていた。少年はマキャベリーに気が付くと、片手を挙げて応える。窓を開けてほしいと訴えているのだろうか、口をパクパクさせている。分厚いカーテンと同じように窓ガラスも分厚く作っている為、外の声は聞こえない。


 マキャベリーは困惑しながら、そしていつでも応援を呼べるよう、懐に通信の魔道具の感触を確かめてから少年を招き入れた。


「初めまして、僕はハル・ミナミノ。困惑していると思いますが、貴方とお話をしたくてやって来ました」


 マキャベリーは少年の全身を捉えながら質問する。


「…何のようですか?」


 少年は答える。


「僕は古代人です。そのせいか何度も同じ日々を繰り返しています。前回の世界線では貴方とお会いしました」 


 少年ハルの言葉にマキャベリーは思考が追い付かない。次々に聞き慣れない言葉が出てくる。そんな中、少年ハルは話を続けようとしたので遮った。


「私と会った?私は貴方とは会ったことがありませんよ?」

 

 マキャベリーは懐に手を入れた。その行動が危険信号であると悟った少年ハルは慌てて説明を付け加える。


「そうじゃないんです!なんていうか、僕は同じ日々を繰り返しているんです!何か嬉しいことがあると今日の正午に戻ってしまうんです!!」


 マキャベリーは少年が自分のことを惑わそうとしてきていると思い始めた。


 ──この部屋から1番近い人物はミラさんですね……


 通信の魔道具である水晶玉に触れ、連絡先を決めるマキャベリー。


「戻る前の世界で貴方に会いました!だから今の貴方は僕と会うのが初めてなんです!!」


 そんなことがあるのか。マキャベリーは少しだけ少年ハルの言っていることを掴み始めたが、警戒はとかない。


「その世界では私と貴方は仲間だったと?」


「そうです!その時マキャベリーさんは言ってました!」


「何をですか?」


 この返答次第でマキャベリーはミラに通信するように手筈を整える。


「竜が…赤い竜が空から降って来る夢を見たって!!」


「……」


 マキャベリーは驚いた。今まで誰にも話したことのない夢の話を少年が口にしている。マキャベリーは水晶玉を握っていた手を懐から取り出して言った。


「話を…伺いましょう……」


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 マキャベリーに呼び出されたミラは、執務室へと向かった。本来この日は1日中ダンジョンへと入り、探索とレベル上げを行う予定だったが、それを中止する。


 防音が行き届いた分厚い扉とその扉の前にいる護衛2人の間をくぐり抜け、ミラは入室した。


 部屋の中には身支度を済ませたマキャベリーと黒髪の少年がいた。ミラはその少年の瞳に吸い込まれそうになったが、自分を律し、しっかりと扉を閉めてから、マキャベリーに向き直る。


「どのようなご用件ですか?」


 普段なら長い付き合いのマキャベリーにこのように畏まった言葉遣いをすることはない。しかし、見知らぬ少年の前ならば話は別だ。四騎士という立場にある自分の振る舞いは完璧である必要がある。


 ──しかし、この少年…どこかで会った気が……


 マキャベリーは答えた。


「私は今から聖王国へと向かいます。ミラさんには私の警護をして頂きます」


 急な話にミラは返した。


「私がいなくなれば、この国の防衛はどうする?」


「我々の留守中に帝国が襲われることはないそうです」


「…ないそう?まるでこの先のことを見知ったような言い方ですね?」


 マキャベリーは少しだけ間を置いて言った。


「…それにミラさんがここにいないほうが帝国は安全かもしれません」


 ミラの瞳孔が開いた。マキャベリーの言葉に驚き、思わず片足を一歩後ろへと後退させる。


 ──今まで降り掛かった多くの災いが私のせいだと悟ったのか……?


 自分の居場所がなくなる。今までたくさん経験してきた。しかしこうも呆気なく消失するのはミラにとって初めての経験である。勿論、いつもの鐘の音はならない。


 今までのこと、これからのことがミラの脳内を駆け巡る。それに伴い視線が泳いだ際にミラは少年と再び目があった。


 少年が口を開く。


「僕の名前はハル・ミナミノ……」


 どこか聞き覚えのある名前。


 ──ハル…ミナミノ?


 少年ハルは続けて言った。


「僕と一緒に聖王国へ来ていただけませんか?」


 不吉な鐘の音ではなく少年の優しい声がミラの胸に響き渡る。


─────────────────────


 ハルはミラを前にして自分の正体を明かさなかった。これまでこの世界で誰かの思想や価値観が変わる瞬間を目撃し、自分でもそれを経験してきた。重要なのはタイミング。何か変わりたい、或いは神の啓示の如く大切な何かを思い出さなければ、他者に行動や思想を変えさせることなどできはしない。


 今回に至ってはミラが過去の記憶を思い出すのが目的の一つなのだが、これ見よがしに情報を与えてしまっては受容されないだけでなく、ハルに対しての拒否反応を示してしまうかもしれない。


 ハルは自己紹介だけにとどめて、ミラと共に聖王国へ向かいチェルザーレと会うことを決めた。


 昨日の晩、マキャベリーと話し合ったことを思い出す。


◆ ◆ ◆ ◆


「……なるほど。幾つかお答えできることがあります」


 ハルは前回の世界線での出来事を話していた。


「まずルカさんについて、彼女がダンジョンで気を失っているところをミラさんが見付けました。彼女が魔族であり、アジールのメンバーであるのではないかと予想していたところです。しかし彼女は記憶を失くして──いやもしかしたら演技をしているかもしれませんが──此方に害をなさず、ミラさんを敬愛しているところも見受けられる為に今は様子を見ている状態です」


「演技しているようには見えないですけどね……」


「私もそう思います。それにもしかしたらルカさんはアジールから逃げる為にダンジョンに身を潜めていた可能性を考慮しておりました。しかしダンジョンの最奥、いやダンジョンそれ自体がアジールのアジトなのかもしれませんね……」


 ハルは前々回の世界線の記憶を思い出した。


「確か、前々回は僕とミラちゃんが別々のダンジョンから同じダンジョンに呼び寄せられたっけ……」


 マキャベリーは机に頬杖をして考え込んでから、口を開く。


「……次にミラさんとハルさんを襲ったランスロットのパーティーメンバーであるエレインについてですが、彼女はペシュメルガの右腕です。『竜の王』という本をお読みになったことはありますか?」


 ハルは頷く。


「そこに描かれている妖精族のヴィヴィアンがエレインではないかとチェルザーレ枢機卿は仰っておりました」


「え!?」


 驚くハルにマキャベリーは続けた。


「ランスロットを鍛える為に地上へやって来たと……」


「てことは、ランスロットよりもエレインの方が強いってことですか?」


「おそらく……」


 ハルは考え込んだ。


 ──エレインがアジールのナンバー2だとすれば、それ以外のメンバーに僕の剣が届き得る……


 ハルはヴァンペルトを倒した時のことを思い出す。


「最後にミラさんについてですが、ここに召喚されてからのことはどこまでご存知ですか?」


「それが前回はそこまで話を聞けなかったんです…教えて頂けませんか?」


「わかりました。私の知っている範囲でお話ししましょう──」


 ハルはミラがマキャベリーと会う前後の話を聞いた。それは好きな人の微笑ましい過去の話ではなく。身の毛もよだつ程の悲しさで溢れていた。


 話が終わると放心状態のハルにマキャベリーが告げる。


「私は今まで、ミラさんに起きた出来事は単なる偶然の産物であると考えていました。しかし今ハルさんから特殊なスキルの話を聞いて…もしかしたらミラさんも──」


 ハルがマキャベリーの言葉を先に口走る。


「何かしらのスキルによって居場所を奪われている……」


「その可能性がでてきました」


◆ ◆ ◆ ◆


 ハルは部屋から出ていくミラの後ろ姿を見つめながら迫る日に備えた。

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