第329話 運命

~ハルが異世界召喚されてから23日目~


<ダンジョン内>


 剣と杖が幾度も衝突し、鋼同士の甲高くも腹に響く音がダンジョン内に絶え間なく鳴り響く。各々の武器がぶつかり合う度に、火花が散った。その輝きはハルとレガリアの瞳に写し出される。


 ハルは心の中で唱えた。


 ──錬成…… 


 レガリアはハルの魔力の流れと筋肉の予備動作を観察し、今までの攻撃とは一味違うものが来ると予感した。


 物凄い速度で斜めに斬り上げられた覇王の剣をレガリアは杖を使って綺麗に受け流す。


 速度と威力が高まった覇王の剣は空を斬るが、振り抜かれた剣は、斬撃となって空間とダンジョンを構成する壁を斬り裂く。


「凄い威力がですね」


 レガリアは微笑み、ハルの胸に前蹴りを食らわせ、後退させる。


「……」


 普段のハルなら、その嫌味な言葉に対してツッコむところだが、戦いながら思考が駆け巡っていた。


 ハルはもう一度、レガリアとの距離を詰め、上段から覇王の剣を一気に振り下ろす。


 レガリアは後ろに飛び退き、難なくそれを躱した。


 叩き付けられた覇王の剣はダンジョンの地面に綺麗な溝を造る。


「……」


「攻撃が雑になってますね?焦っているのか、それとも私の言葉が気にかかっているのか」


 戦闘に集中せずに勝てる相手ではない。ハルの鼓動は早鐘を打ち、緊張感が高まる。こんなにも強い相手は白髪ツインテールのルカ・メトゥス以来だ。冷や汗が頬を伝い、ハルはレガリアを見据えたまま後ろでうずくまるミラに声をかけた。


「ミラ、手をかしてくれ」


 何の反応もないミラ。


「ミラ?」


 訝しむハルに対して、レガリアはミラの反応を確かめてみろと言いたげに、片手を前へ差し出した。


 ハルはそんなレガリアに警戒しながらも後ろを振り返る。うずくまり、目を固くつむり、両手で耳を押さえているミラが見えた。


「さっきからどうしちゃったんだよ!?アイツを倒せば、外に出れる!僕も早く出てルナさん達を助けたいんだ!頼む、力をかしてくれ!」


 ハルの言葉はミラに届かない。


 その理由をレガリアが代わりに答えてくれた。


「その娘は全くもって可哀想でね。今までに少なくとも3度、家族とも呼べる親しい者達が目の前で死んでいくのを目の当たりにしている」


「なんだよ……それ……」


「我々はそれを神の呪いと呼んでいるよ。その呪いが発動する予感がしたのだろう。人はトラウマを前にするとその場から動けなくなるものだ。レベルなど関係なくね……」


 ハルは信じられなかった。あんなにも強いミラが、トラウマを抱えていることに。


 今までハルはトラウマにもにた恐怖を乗り越えて強さを手にしてきた。ミラはまだその恐怖を抱え込み、ハルと同等の強さを手にしている。


 ミラの過去に思いを馳せるハル。


 そして思った、恐怖から解放させるにはタイミングとその準備が大事だ。過去の世界線でのユリや剣聖オデッサ、メルが立ち上がった瞬間と、そしてフェルディナンやシスターグレイシスにより助けられた自分の心境、それが上手く噛み合わないと恐怖から立ち直ることができなかった。


 今、ハルがミラにしてやれることなどなかった。だったら答えは簡単だ。


 ──アイツを倒す!


 ハルは震える手で覇王の剣を握り直し、レガリアに突進した。


─────────────────────


 ──自分のせいで誰かがまた死んでいく……


 鐘の音はその合図だ。


 お前に居場所などない。お前に幸せは訪れない。そう言われている気がした。


 目の前で行われるハルとレガリアの戦闘によって崩壊するダンジョンの壁や天井がミラの人生で起きた災難を想起させた。


 教会とユーゲントの天井や壁が崩れ落ちる。


 潰れながら死んでいく仲間達、武器同士のぶつかり合う音が悲鳴のようにも聞こえてきた。


 耳を押さえると、余計にそう聞こえてくる。目をつむると、死んでいった者達が瞼の裏に映った。


 レガリアを一目見て、その戦闘能力と役目を悟った。


 ハルを殺しに来たのだと。


 ミラは、鐘の音の残響が聞こえるなか、目を見開き、2人の戦闘を見ると、ハルがこちらに向かって吹っ飛んできた。


 ぶつかり合う2人。


 ハルは下敷きにしてしまったミラに向かって言う。


「ごめん!」


 ハルは直ぐにレガリアに向かって行こうとすると、ミラはハルの腕を掴んで引っ張った。


「行くな……逃げ──」


 ミラはハルに告げようとしたが、ハルの腕が小刻みに震えているのが確認できた。ハルは自分の手の震えがミラに悟られたため、笑顔で返す。


「やっぱり慣れないな……」


「……恐いんだったら…何故立ち向かう?」


 ミラは声を震わせながら質問する。ハルは観念したように答えた。


「これは受け売りなんだけど……」


 ハルはシスターグレイシスの言葉を借りてミラに伝えた。


「恐怖から遠ざかっても恐怖はなくならない。僕は恐怖から逃げ続けたけど、どこにも僕の欲する答えはなかった。それで気づいたんだ。答えは、恐怖の中にあるんだって」


 ミラは赤髪の隙間から見えるハルの目を見つめて、ハルの言葉に耳を傾ける。ハルはダンジョンに入って初めてミラと目があったことに気が付いた。どこか懐かしさを感じるその瞳に少しばかり時の歩みを忘れる。


「死ぬ……しれない……」


 ミラが何かを訴えかけてきたため、再び我に返った。


「え?」


「死ぬかもしれないぞ?」


「僕は既に死んだことがあるんだ」


 ハルは震える身体でおどけてみせた。


「自分で自分のことを苦しめたことだってある。今でもたまにあの時のことを思い出すよ」

 

 ハルは立ち上がる。


「それでも、僕を救えるのは僕だけだから……じゃ、行ってくるね」


 ハルは自分に言い聞かせるようにして胸に手を置いた。そしてレガリアに向かって突進する。覇王の剣をくるりと回転させながら、距離を詰めた。


 剣を回転させることで、無数の斬撃を飛ばし、撹乱するつもりのようだ。


 しかし斬撃の群れは悉く躱され、ハルの一撃もまた難なく受け止められる。


 ミラはその様子をただ見ていた。先程のように過去の者達の叫びと痛々しい傷痕の残る遺体の映像はミラの脳裏から消え去っていた。


 ──自分で自分のことを苦しめた…か……私はこの7年間、自分のことを責め続けていた。


 誰かを大切に思うと、その者の命は砂流の如く掌からこぼれ堕ちる。


 先程投げ掛けられたハルの言葉が浮かんでは消える。


 懸命に戦うハルの後ろ姿を見るミラ。


『ミラは僕が守るよ』


 ナッシュの言葉が聞こえてきた。


 不運な出来事が起きる度、怯えてうずくまることしか出来なかった。


 しかし今は違う。


 ミラは立ち上がろうとするが、燃える教会、魔物が村人達を襲ってくる映像。そして自殺していくアンタレスの表情が浮かび上がる。ミラは恐怖に打震えた。


『今でもたまにあの時のことを思い出すよ』


 またしてもハルの言葉が過る。


 そして死闘の最中、徐々にボロボロになるハルの後ろ姿を見て思った。


 ──何故だろう……アイツの後ろ姿を見ていると、暖かい気持ちがこみ上がってくる。今まで手放してきたこの気持ち……私はこの気持ちを抱いても良いのだろうか?


『当たり前だろ?』


 ナッシュの声が聞こえてくる。ミラはその言葉に驚くことなく質問する。


「でも!私が幸せになると全てが消え去る!」


 ミラは思考の中での会話を声にして発する。


 その時、ハルに向けて放たれた光の剣が避けられ、その背後にいたミラに向かって飛んでくる。


「ヤバっ!」


 レガリアは口走った。主には足止めを命じられていた為、ミラを殺すつもりなどなかったのだ。


 光の剣は輝かしいその見た目と均しく、その鋭利さは計り知れない。 


 ミラはその輝きを目に焼き付け思った。


 ──今まで私は死を欲していた。そうすることで多くの人達が助かるとも思っていた。しかし、ハルと共にダンジョン内を探索し、やはり捨てきれない想いがある……人生の喜びを誰かと共に分かち合いたい。


 それが敵国の者であっても、ともに共有した想いや喜び、過ごした時をミラは大切にしたいと願った。


 そう思うことで、目の前に迫る光の剣に対しての恐怖が増幅する。


 ──まだ、死にたくない……


 すると、光の剣は赤い鮮血を散らしてミラの眼前で停止する。ハルの掌を突き破ったのだ。しかし、その勢いは止まり、ハルが掌を力強く握ると光の剣は消失した。


「ハル……?」


 ハルは荒い呼吸を整え、ミラに風穴の空いていないもう片方の手を差し出して呟いた。


「君が、幸せになりたいと願うなら僕が全力で応援する。君の心が折れて倒れそうになったら僕が手をかすよ……あぁ!でも僕が死ぬことが幸せとか言わないでね!!」


 ハルの言葉に笑みを浮かべるミラ。


「…もう運命に身を任せて生きるのはやめだ……」


 ミラは差し出されたハルの手を握り、立ち上がった。


「この呪われた人生に反撃するとしよう」


 ミラの頭にアナウンスが流れる。


ピコン

限界を突破しました。


「フフフ、ラウンド2ですね」


 レガリアは微笑みながら呟いた。


─────────────────────


<ポーツマス城>


 ユリの涙を見るチェルザーレは、驚嘆する。


 ──涙をコントロールしているのか……


 涙を流せる者でさえ少ないのに、その涙を制御できた妖精族は指で数える程度しかいない。


 ──これで我々の……


 チェルザーレはユリの涙の対象となっている2人を見やると、この内の1人ランスロットが首に手をあてがい、もがき苦しみ倒れこむ。


 チェルザーレはその瞬間、ランスロットの魔剣アロンダイトによって切りつけられ動かなくなった腕を動かそうと試みるが、その腕はまだいうことをきかない。


 ──なぜだ?アロンダイトは使い手が死ぬとその効力がきれる筈なのだが……


 すると、倒れていたランスロットが起き上がる。


「なんてね!死んだと思った?」


 エレインは肩をすくめて言った。


「趣味が悪いわね……それよりも驚いたわ。貴方、涙をコントロールできるのね?」


 倒れ、涙を流しているユリに近寄るエレイン。


 ユリは困惑している。


「ど、どうして……」


「ん?どうして死なないか?」


 エレインはユリの眼前でしゃがみこみ、背中のあいた紫色のドレスから羽を出現させた。


「私の真名はヴィヴィアン・パロ・ウル・エレイン。エレインは妖精族の王家の姓なの。パロは従属を意味しているわ?まぁ、人間で言うところの分家ね。おそらく貴方の真名はユリ・トエル・ウル・エレインじゃないかしら?お母さんから聞かなかった?」


 エレインの目からユリと同じく赤黒い涙が溢れ落ちている。その目にはユリの偽装されたステータスが見えているようだった。


「そ、そんな……貴方が……」


「ありえない!ヴィヴィアンは天界戦争の時ディータに殺された筈……」


 チェルザーレが口を挟むと、


「少し眠っていて?」


 エレインはチェルザーレに向かって手をかざし、凍てつく波動を射出する。その波動はチェルザーレに触れると、触れた箇所から身体を覆い尽くすように凍らせる。チェルザーレを氷の中に閉じ込めた後、エレインはユリの頭を撫でた。するとユリは力なくうつむき目を閉じる。


「さて……」


 エレインは立ち上がり、ルナを見やった。 


「お待たせしちゃったわね……ってあら?」


 ルナの胸には既にランスロットの二股の槍が突き刺さっていた。


「かはっ……」


 ルナは胸を貫かれ口から血を吐き、痙攣していた。


「もう、始めちゃったの?」


「待ちきれなくてね」


 ルナは痙攣を止め、うなだれる。


 エレインとランスロットは黙ってルナを見据えていた。


 そして、ルナはゆっくりと顔を上げ、2人に向けて笑みを浮かべると、ランスロットが口を開く。


「久し振りだねモーント……いや、ディータ」

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