第307話

◆ ◆ ◆ ◆


~ハルが異世界召喚された日の15年前~


「はぁはぁはぁ……」


 慣れない全速力により早いリズムで呼吸をするシーリカ。途中でゴクリと唾をのんでリズムを乱すが、走り続ける。後ろを振り返るとノスフェルの姿は見当たらない。森の闇がただ広がっているだけだった。シーリカはまた前を向いて自分の目的地へと加速しようとするが、振り返った勢いそのままに何かとぶつかる。


「キャッ!!」


 後ろへ飛ばされ、尻餅をついたシーリカは自分がぶつかったモノに目を向けた。


「お嬢ちゃん!!大丈夫かい!?」

「どうした!?」

「女の子が前から走って来たんだ!!」


 街の大人とぶつかったようだ。シーリカはぶつかった衝撃と安堵と一刻も早くノスフェルの元へこの大人達を向かわせようとするが咄嗟のことで伝えたいことが上手くまとまらない。


「あの!早く!!えっと!」


 まごまごしているシーリカ。


 そこへ、ウェーバーの街の領主、ノスフェルの父カールがやって来た。


「ゆっくりで良い。落ち着いて……」


 シーリカは逸る気持ちを抑え、息をのんでから言った。


「この先にノスフェル様がオークの群れに囲われています!助けてください!!」


 カールは驚きの表情を浮かべたが直ぐに冷静さを取り戻し、自分の護衛3人を呼んだ。


「この先に私の息子がいるようだ。君はシーリカだね?」


「はい!」


「そこまで案内してくれないか?」


 シーリカは頷くと再び走った。


「こっちです!!」


 疲れているとかそんなことシーリカには関係なかった。街の同い年の子供達と馴染めないシーリカは10歳にして引きこもり状態だった。これといって特技もない。父親を戦争でなくし、大好きな母親と一緒に暮らしてはいるが、そんな母親もウェーバー家につきっきりだ。


 1人、孤独で寂しいシーリカに光をもたらしてくれたのがノスフェルだった。魔法の楽しさ、不思議な現象につい心を踊らせてしまう。そして自分の可能性を見出だしてくれた。


 シーリカは走りながら涙を流していた。ぼやけた視界に足をとられそうになりながらも懸命に走った。後ろから大人達も走ってついてきているのがわかる。


「ノスフェル様……どうかご無事で……」


─────────────────


「ファイアーボール!!」


 オークを焼いたのがこれで5回目だ。まだまだ数が多い。燃え上がるオークを見ながら他のオーク達はたじろぐが、ノスフェルの唱える魔法の威力が徐々に弱まっていることに気付いているようだった。ノスフェルはオーク達のあの汚ならしい鳴き声を聞いては、何かオーク達で話し合っているような、嫌な予感がしていた。


 そして、その予感は的中する。


 オーク達はノスフェルを囲うように円となり、その円を徐々に狭めていった。


「魔物が……知恵を絞りやがって……」


 ノスフェルはこの円から脱出するべく、一匹のオークにファイアーボールを唱える。


 プギャァァァァァ


 と、大きな声をあげながら燃える上がるオーク。しかし、新たな円を形成するべく直ぐに新しいオークがその穴を埋めた。


「くそ!!こうなりゃ……」


 ノスフェルはMPの限りファイアーボールを唱え続けた。次々と燃えるオーク達。オーク達の陣形は崩れるが直ぐに新しいオークがやってくる。


 ノスフェルのMPは限界に近づき、とうとう膝をついてしまった。


「こんな……ところで……」


 その様子を見たオーク達は示しを合わせたように、一斉に襲い掛かった。


 振り上げられる棍棒、突進してくる巨体、近付いてくる汚ならしい鳴き声、ノスフェルは恐怖で瞳孔が拡大する。


 その時、少女の大きな声が聞こえた。


「ファイアーボール!!」


 突然の乱入者にオーク達は立ち止まり、声のする方を見たが、オーク達の視界は迫り来る大炎によって真っ白になった。


 ノスフェルを囲うオーク達は巨大な炎の渦に巻き込まれ、ノスフェルはその渦の中心でオーク達が燃え尽きるのをただただ見ていた。


「これって……ファイアーストーム?」


 炎の渦の外、魔法を唱えた少女シーリカは息を切らしながら自分の魔法を眺めていた。


─────────────────


 大人達を連れて走ったシーリカはオーク達が一斉にノスフェルに襲い掛かる後ろ姿を目撃する。後ろをついて来るカールは恐怖に怯えるノスフェルの姿を視認した。


 助けなきゃ、シーリカはそう思った。ノスフェルと共に過ごした鮮やかな思い出が甦る。


 シーリカは無我夢中で魔法を唱えた。


「ファイアーボール!!」


 しかし、手から放出された炎は球の形を成していない。炎は大地を滑るようにオーク達を飲み込み、大きな渦を形成した。


 ノスフェルの父カールは少女の唱えた大炎を息をのんで見ているだけだった。


─────────────────


<帝国領・ウェーバーの街付近の森の奥>


 森の奥には地下へと続く深い洞窟があった。ウェーバーの街の人々はその付近にはレベルの高い魔物が現れるとのことで近寄ったりはしない。そのため洞窟の存在はおろか、そこがダンジョンであることすらも知らない。オーク達を統べるオークキングもその付近に生息している。


 バギバギッ…グシュゥ……


 と、何かを噛み砕く音とそれによって漏れ出す液体の滴る音が洞窟内に響いた。横たわる巨大なオークキングをむさぼる四足歩行の獣の魔物。ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ魔物キマイラがもう一度オークキングの身体に噛みついた。


 すると、コツコツと洞窟の奥から足音が聞こえる。ときよりカシャンと金属と金属が触れあう音も聞こえてきた。


 キマイラは勇ましいライオンの耳を動かし、食料であるオークキングが招かざる来訪者に盗られてしまわないよう四本の内の1つの足で押さえ付けた。オークキングの血が傷口から一気に吹き出す。


 キマイラの見つめる先、暗い洞窟の奥から、黄緑色の長い髪を揺らしながら、腕に金色の腕輪を幾つも身に付け、手には身の丈をこえる金色のロッドを握りしめた女が現れた。ロッドの先端には球体が取り付けられており、球体の中は闇に染まっているように見えるが、よく見ると無数に煌めく光が見える。まるで小さな宇宙がそのロッドに嵌め込まれているようだ。もう片方の手は大きな本を持っている。


 女は言った。


「こんなところにいた!全くぅぅ!私を置いてぇぇ~!!……はぁ」


 と深いため息をつく。そしてその女は続ける。


「今回も失敗かぁ……フェレス様のように上手くできないなぁ……もっと別の理論を使っているのかも……」


 女はそう言うと、キマイラの足元に横たわっているオークキングを見た。


「なっ!!…もしかして生態系壊しちゃった……えっ?これって私のせい?……あぁなんてことを……」


 悲嘆に暮れる女は臨戦態勢に入っているキマイラを睨み付けた。


 重たい空気が洞窟内を襲う。一瞬にして戦意を失ったキマイラは洞窟から飛び出し、逃げていく。


「あっ!こら!!待てぇぇ!!」


 森の中を駆け巡るキマイラの後ろを必死に追う女。


「待てっての!!」


 ロッドをキマイラに向けて魔法を唱える。第三階級闇属性魔法のブラックアウトだ。キマイラは闇に包まれる。方向感覚を失ったキマイラはその場に立ち止まった。


「全くぅぅ!貴方が街に行ったら、その街、滅んじゃうでしょ!!」


 女はロッドを肩に担ぎながら言った。


 しかし、キマイラは咆哮をあげ、女の魔法を弾いた。


「え?そんなこともできるの?」


 驚きと喜びが混在する女。しかしそんな歪な感情を抱くのも束の間、魔法を弾いたキマイラは女を襲う。


「きゃっ!!」


 女は驚いて尻餅をつき、大きな本を落とした。カッとなった女はロッドを両手で持って唱える。


「グラヴィティ!!」


 キマイラは動きを止め、プルプルと身体を震わした。四本の足が地面にめり込む。みるみる内に低い姿勢になるキマイラ。まるで見えない重石が上から降ってきたかのように身体を起こそうとするが上からかかる圧力に耐えられない。


 グシャ


 とうとうキマイラが押し潰され、血溜まりだけが円を描くようにして残った。


「全くぅぅ手間を掛けさせてぇぇ!!」 


 女は落とした本のことを忘れ、そのままダンジョンへと戻った。


「さっ次の実験を始めなきゃ!!」 


 女はそう言うと、背後から強大な魔力を感知する。後ろを振り返ると、森の奥から大きな炎が渦巻いているのが見えた。


「へぇ……これも私のせい?」


────────────────

 

 親愛なるシーリカ。


 あれから5年が経ったね。君が第三階級火属性魔法ファイアーストームを唱えて直ぐに帝都へ、しかもサリエリ様の元で魔法の訓練と研究をすると聞いた時、正直僕は君に嫉妬をしていたよ。僕もあれから沢山魔法の訓練をしたんだ。君に追い付きたくて。


 そんな僕は今年から晴れて魔法学校の特進科に合格して、帝都に住むことになったんだ。だからシーリカ、君に会いに行くよ。もしかしたら忙しくて僕のことなんて忘れてしまっているかもしれないけれど、それでも君の魔法をもう一度だけ見たいんだ。


 どうか、身体には気を付けて。


  

       ノスフェル・ウェーバー


 ノスフェルは、シーリカが帝都に行ってから今まで5年間、手紙を書き続けていた。


 返事は一通もない。シーリカは読んでいるのか、それとも届いてすらいないのかもわからない手紙を書き続けた。どんどんと内容が薄くなり、次第に日記のような書き方になっていることに15歳のノスフェルは気付いていた。


 身長も伸びて、逞しく成長したノスフェルは手紙をシーリカ宛に出してから帝都へ引っ越す準備をする。


「よし!こんなものか!?」


 アイテムボックスに詰め込んだ荷物と閑散とした自分の部屋を一通り眺め、感慨にふける。1年前、偶然森で見つけた古めかしい本も手に取り、アイテムボックスへとしまった。明日、帝都に行くまでの道順を頭の中で整理しながら、ノスフェルは屋敷の外に出た。


「当分ここへは戻れなくなるからな……」


 屋敷を眺め、大きく伸びをしながら街を散策しようとしたその時、小さな子供がヨロヨロとした足取りで屋敷に向かってくるのが見えた。


 ──衰弱している?大丈夫かあの子?


 ノスフェルはその子供の元へと駆け出した。その子供とはまだ距離はあるが、近づくと女の子であることがわかった。


 ──10歳ぐらいの……女の子……?


 ノスフェルはその女の子にどこか見覚えがある。訝しみながら更にその女の子の元へ近づくと、あることに気付いた。


「まさか……シーリカ!!?」


 ノスフェルは全速力で走った。様々な疑念が渦巻くなか、今にも倒れそうなシーリカを抱きかかえる。シーリカは息も絶え絶えでかなり衰弱していた。


「成長……していない……シーリカ!!一体どうしたんだ!!?あれから……帝都に行ったんじゃないのか!?」


 シーリカはとじている目を僅かにあけて、消え入りそうな声で言った。


「…ノスフェル様……?あぁ……ここは、天国なのね……私の大好きな…ノスフェル様がいる……」


 ノスフェルはシーリカの弱々しい声だけでなく、子供の時と全く同じ声を聞くだけで胸が締め付けられた。


「天国などではない!!一体何があった!?サリエリ様のもとに行ったんじゃないのか!?」


「…サリ…エリ?……ヒィッ!!」


 シーリカは耳を抑えて、身体を震わせながらノスフェルに抱き付く。シーリカは涙と共に吐き出すようにして自分がサリエリに何をされたのかをノスフェルに訴えた。


 シーリカがノスフェルに抱き付く力がとても弱々しい。反対にノスフェルはシーリカをこんな目に合わせたサリエリ・アントニオーニへの憎悪を強くたぎらせた。


◆ ◆ ◆ ◆


~ハルが異世界召喚されてから16日目~


<フルートベール王国右軍・帝国左軍>


 水竜を破裂させた後、ノスフェルは戦場におりたった。


 着ている服が破け、足を引きずりながらノスフェルは息を切らしているメルに向かって歩みを進めた。そしてメルに告げる。


「私は……死ぬわけにはいかない。この手でサリエリ・アントニオーニを殺す迄は!!」


 メルはそれを聞いて、息をきらしながら言った。


「貴方は……誰かを殺すことを生きる目的にしているの……?そんなのは…間違ってる……」


「暗殺者風情が……どの口が言う!!?」


 ノスフェルは憎悪に比例するように膨大な魔力をまとった。

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