第269話

~ハルが異世界召喚されてから2日目~


「ウィンドカッター!」

「ファイアーボール!」


 的に魔法がヒットする。


 詠唱者達は拳を握り締め、上手く言ったことを噛み締めていた。


 レイは現在魔法学校の試験を受けている。早く一人前の魔法剣士になるべく、帰って訓練をしたいと思っていた。


 そして自分の番になると得意の第一階級光属性魔法を唱えて、すべての的にヒットさせた。


 ──こんなことをしたって父上には認められない。


 レイは兄レナードの顔が過る。


 試験官や受験生が静かな歓声をあげている。レイはそれをやめてほしかった。受験生はともかく試験官は兄レナードの強さを知っている筈だ。自分と兄の強さにはかなりの差がある。


 その差を早く埋めたいとレイは常々思っていた。


 レイはチラリと次の詠唱者を見やる。先程から何か考え込んでいるようだ。自分の番であるにも拘わらず中々魔法を唱えない。


 きっと緊張で魔法を顕現させられないのだろうとレイは思った。周囲の受験生達もざわつき始める。しびれをきらした肉付きの良い試験官がとうとう言った。


「どうした?早く始めなさい」


 それでも顎に手を置いて考え込む受験生。


 もう1人の若い試験官は祈るようにして魔法を唱えない受験生を見ていた。きっと良い先生だろう。


 レイはもう一度、考え込んでいる受験生の少年を見た。すると、その少年は呟く。


「レイ」


 レイはその少年の口から自分の名前が発せられ、疑問に思った。この少年に以前会ったことがあるのかもしれないと考えたレイ。しかし、その疑問は驚きに変容する。


 先程、急かした試験官がため息をつき、少年の実技試験に終止符を打とうとすると、もう一人の若い試験官が声をあげる。


「なっっっ!!!」


 その声に驚いた一堂は若い先生を見やった。その先生の顔は光に照らされ表情が見えない。一堂は目映い光源、口を大きく開けて驚いている先生の目線の先に視線を送る。


「はっ!!」

「何!?」

「え!?」


 一堂は思い思いの感想を短い言葉で言い表した。しかしレイはその魔法の正体を口にする。


「第五階級…光属性魔法……」


 試験を終えたハルはフィルビーと共に獣人国へと向かった。


──────────────


<獣人国ダンプ村>


 獣人ダルトンの先輩にあたるロバートは地面に這いつくばる。


「くそっ!何故だ!?何故お前のが強い!?」


 ダルトンは冷静に答える。


「わからない。フィルビーを抱き締めたときに不思議な力を感じたんだ」


「ウガァ''ァ''ァァ!!」


 ロバートは自分がダルトンに手も足も出ないことに嘆き叫んだ。


 ロバートの背中に手を当てる同じくダルトンの先輩にあたるイアンは告げた。


「ロバート…また一緒に生きよう」


「…俺はお前のことを……」


 ロバートはイアンを殺そうとしたことを悔やんでいた。


「良いんだ。ロバート。悪いのは戦争だ」


 イアンが優しく声をかける。


 ダルトンはフィルビーを抱き締めながらとある疑問を口にする。


「どうしてフィルビーはここに?」


「ハルお兄ちゃんが連れてきてくれたの」


 フィルビーはハルを見る。ダルトンはフィルビーの視線の先に焦点を合わせた。


 ハルはダルトンとフィルビーに近付き、声をかけようとしたがダルトンに遮られた。


「ありがとうございます」


 ひれ伏すようにして謝意を述べるダルトンにハルは言った。


「今、様々な疑問が君に浮かんでいると思う。僕はハル・ミナミノ。フルートベール王国から来た。この獣人国の反乱はフルートベール王国に多大な損害を与えるんだ……」


 ハルは説明する。フィルビーと出会った経緯を。


「サバナ平原では反乱軍の右翼、つまり君達のいるここから、直ぐの所にいる反乱軍幹部のバーンズの魔道具を破壊しておいた。僕がそんなことしなくてもダルトン、いまの君なら簡単に勝てると思うけどそのステータスに慣れておく必要があるからね。君がこの反乱を止めるんだ」


 ハルはダルトンにしか聞こえないトーンで言った。ダルトンは呟く。


「俺に、そんなことができるんでしょうか……」


「君ならできる。偉そうなこと言ってるけど、実は僕もやっと君と同じ行動がとれるようになったんだ。だから君ならできる」


 ダルトンは限界を突破したばかりで全能感に溢れていたがハルを見てそんな気持ちは失くなっていた。しかし、そんなハルに君ならできると言われ、ダルトンは胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。


「…ここからサバナ平原へと向かえばいいんですね……」


「そう。君がこの国を救う英雄になるんだ」


 ハルはダルトンにレッサーデーモンの牙で造られた短剣を渡し、その場をあとにした。


 ハルはサリエリの元へと向かいながら考える。自分の行動を振り返った。


 実技試験で何故、第五階級魔法を唱えたかと言うと、既に紫色のドレスを着た女エレインに第七階級魔法を唱えてしまった為、暗躍しながら帝国の戦力を削ろうとするのに意味がなくなった。寧ろ相手にこちらの戦力を見せつけた方が真っ向からの勝負になりやすいのではないかと考えたのだ。そして他国に剣聖の復活と、第五階級魔法詠唱者の喧伝をする。おそらく王国にはスタンのように他国の密偵やそこまでいかなくても口利きくらいの者なら何人もいるだろう。帝国とダーマ王国が繋がっていることがわかったならば、ヴァレリー法国と早めにパイプを繋ぐべきだとハルは考えた。あともう二つ程理由がある。それは今後の展開がどう転ぶかの検証の為だ。



~ハルが異世界召喚されてから2日目の夜~


 サリエリは輝く水晶玉の前で腕を組みながら声を発した。


「苦戦しております……」

 

 サリエリは水晶玉の向こう側、マキャベリーがどのように反応するかドキドキしていた。水晶玉から声が聞こえる。


『流石に国の存亡がかかっていると想定以上の力を発揮しますね』


 マキャベリーがサリエリの凶報を受け止めた。


「明日もまた今日以上に進軍を続けます」


『まだ明日落とさなくても結構ですよ。それよりも現在フルートベールで動きがあったので、そちらに飛び火していないか気になるところです』


 サリエリはドキッとした。マキャベリーに尋ねる。


「動きというのは?」


『剣聖が再び立ち上がりました』


「そ、そのことから獣人国に飛び火とはどのようなことを考えておいでですか?」


 サリエリのいつも以上に慎重な聞き方にマキャベリーは疑問に思うが、ゆっくりと述べた。


『防衛に割いていた兵力を剣聖の復活により更に分散出来るため、獣人国に物資や兵がフルートベールから送られてくるかもしれないですね』


「…今のところ、そのような兆候はないのぉ……」


『その可能性があるということだけ頭に入れておいてください』


 そういうと、水晶玉の光が消えた。


 それを見ていたハルが口を開く。


「通信の魔道具があるなんて……なるほどこれで帝国の動きの早さが説明できる……」


「そ、それよりもミナミノ様!!見てくださいませんか!?私めの訓練の成果を!!」


 サリエリは無邪気な少年のような笑顔をハルに向け、魔法を披露するために腕をまくった。

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