第257話

 ヴァレリー法国魔法兵団副団長のエミリアは自分が主と認めたシルヴィアが戦っているにもかかわらず、その場にへたりこみ絶望にうちひしがれていた。


 曾てない殺気を全身に浴びて身体の感覚の全てが狂ってしまったようだ。


 殺気を放った少女から目が離せない。人は恐怖の対象を常に視野にいれて、危険がいつ訪れるかを見張っていないと安心できない生き物だ。


 白髪の少女がフルートベール王国の兵士を次々と殺している。


 ──あれが……終われば次は……私だ……


 エミリアは近づく死期の足音を何もせずに震えながら聴いていたが、剣と鎌がぶつかり合う甲高い音を聞いて震えが止まった。あの斬り裂くことをやめない鎌の動きを止める者が現れたからだ。


「剣聖……」 


 エミリアは恐怖から僅かに解放され、立ち上がる。まさか他国の者の戦いを見て自らの士気が上がるとは思ってもみなかった。エミリアは敬愛するシルヴィアの援護もせずに戦意喪失していただけでなく、自分が戦意を取り戻したきっかけが剣聖の出現であることに不甲斐ない心持ちでいた。


 ──だけど、そんな後悔はあと!!今はこの生意気ですましたガキを倒さなきゃ!!


 エミリアはその小さな身体から魔力を練り上げると、シルヴィアと戦闘を繰り広げているアベルに視線を向けた。


 エミリアは両手を前へ押し出して唱える。


「トルネイド!」


 エミリアの両手から2本の竜巻が放出された。


 アベルはシルヴィアと相対している側面から鋭利を帯びた竜巻が迫ってくるのを察知し、後方へ飛んだ。


 しかし、2本目の竜巻が背後から襲ってきた。


「くっ!」


 アベルは上空へと飛び上がり、竜巻に呑まれることはなかったが、アベルが飛び上がった更に上空でシルヴィアが大上段に構えて長剣を一気に振り下ろした。


 なんとか持っている魔法の剣で防ぐことができたが、その衝撃を抑えきれず地面に叩き付けられる。


 アベルは背中から着地したが、直ぐに起き上がり構えようとした。しかし、又もや竜巻が押し寄せる。


「ちっ」


 アベルが避けようとしたその時、


「ルベア~~!!」


 ここ数日呼ばれていた名前を口にする者がアベルの後ろにいた。


「なぜここに……」


 アベルは避けるのを中止し、後ろにいるコゼットに当たらないよう、剣を構えて身を挺する。


「ルベア!!」


 アベルは竜巻を魔法の剣で受け止めた。轟音と突風がアベルを襲う。踏ん張りをきかせている両足も徐々に後退していった。始めに剣を握る手、それから腕に裂傷を負い、それが頬に達した時、アベルは危機感を抱き、気付けば咆哮のような叫び声をあげていた。


「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 竜巻は次第に威力を失くし、消失した。


 エミリアは嘆いた。


「そんな……」


 しかし、アベルは膝をつき、肩で呼吸し始める。


 それを見たシルヴィアは呟いた。


「ようやく揺らいだか……」


 そして、少年の名を叫ぶ少女を見た。それから全体の戦況を確認する。


 信じられない程の速度で打ち合いをしている剣聖とツインテールの少女。


 次に戦士長と学校長が黒髪の少年と戦っている様子を見た。煙が舞う中で剣戟の音が聞こえる。その外でアマデウスが今か今かと魔法を唱えようと待ち構えている。丁度その時、アマデウスがシルヴィアに含みのある視線を投げ掛けた。そしてファイアーボールがシルヴィアの足元目掛けて唱えられる。


 ──なるほど……


 アマデウスから受け取った無言の作戦にシルヴィアは了承した。


 自身の誇る最強の魔法の1つを打ち破られ、悲嘆にくれるエミリアに先ほどの作戦を伝えるシルヴィア。


 そして、ポーションとMP回復ポーションの入っている2つの小瓶を口に咥えているアベルを見やった。


 エミリアは例の作戦を早速実行する。


「フレイム!」


 アベルは魔法の剣を大地に叩き付け、瓦礫の壁を造り、押し寄せる火炎から身を護った。


 その隙にシルヴィアは別角度からアベルに詰め寄り、一撃を浴びせる。


 アベルはシルヴィアの長剣を受け止めたが違和感を抱く。


 ──軽い……


 アベルがそう思うとシルヴィアはアベルの背後、観客席へと向かった。


 ──まさか!!


「きゃー!!」


 シルヴィアは長剣をコゼットの喉元に突き付けアベルに告げた。


「動くな!動けばこの少女と、横から先程の竜巻がお前を穿つぞ?」


 アベルはチラと左横を見た。


 先程魔法を防がれたエミリアが移動し、両手を構えているのが見える。


 アベルの持つ魔法の剣が無数の小さな粒となり風に舞うように消え去った。


「ルベア!」


 コゼットは今何が起きているのか、自分が何故人質に取られているのかもわからず、ただ目の前のクラスメイトが自分のせいで戦うことをやめたのを制する為に声を出した。

 

「俺の名前はルベアではない。ワーグナー……俺の名前はアベル・ワーグナーだ」


 その名を聞いてシルヴィアが言った。


「ワーグナー!?帝国四騎士の……お前は息子か?」


「そうだ。だからダーマ王国出身であるその子は関係ない」


「そう言う訳にはいかない。何故ならダーマ王国には聞きたいことが山ほどあるからなこの娘も利用価値は十分にある……5秒やろう。その間に降伏するかどうか決めろ。5……4……」


 シルヴィアにしっかりと拘束されているコゼットは叫んだ。


「ひ、卑怯よ!それが騎士のすることなの!?」


「3……2……1……お前は優れた戦士だがまだ子供。時間だ……殺れ!!」


 シルヴィアの合図で魔法を放つエミリア。


「アクアレーザー!!」


 エミリアの周囲から無数の小さな魔方陣が顕現し、殺傷能力十分な水流が放たれた。


 アベルはその場から動こうとしたが、人質にとられているコゼットを見やる。


 唇を噛んだアベルはその場を動かずに魔力を込めて、ダメージを最小限にしようと努めたが、水流はアベルを左から右へと掠めて過ぎ去った。


 今度は口に出して言うアベル。


「まさか!?」


 アベルが弓矢のように放たれた水流の軌跡をおうと、その水流はオーウェンの元へ……そして自分の方へと向かって来る巨大な炎の渦を見た。


 アベルは炎の嵐に呑まれた。

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