第214話

「フェランツァ枢機卿猊下はとても慈悲深く、戒律を重んじ、人々を導いておりました……」


 遺体の第一発見者はフェランツァ枢機卿の記憶を一言語る度に、傷だらけで血まみれの彼の遺体が脳裡に過っているようだった。


 ユリとソフィアはこれ以上この第一発見者に負担をかけないよう、質問をするのをやめた。


 それは良心が痛むだけでなく、死者を悪くいう人が少ないからだ。ましてや聖職者であり、同じ神に使えるものとすればなおのことだ。少女を強姦するような司祭でさえ、死ねば聖者のように扱われることもあるのだから。信じられる証言が得にくい。


 ユリとソフィアは案内され、フェランツァ枢機卿殺害現場に到着した。


 その部屋を見て2人は驚く。そんな2人にお構いなしに案内してくれた第一発見者は述べた。


「発見された状態のままにしております」


 その部屋はまるで猛獣を解き放ったかのように壁や床、天井までもがキズだらけだった。クローゼットやベッドにもそれが及んでいる。


 ユリは黙って壁につけられたキズをなぞるようにして触れて呟いた。


「ナイフの跡……」


 ソフィアは現場を見てあることを思い出した。


「これは……」


『部屋の至るところに、ナイフによる傷跡が見られる。』


 昔、新聞で読んだ凶悪事件を思い出した。当時のソフィアはその事件に身を震わしたのを覚えている。


「どうしたの?」


 ユリが質問した。


「……昔見た殺人現場と似ていると思ってね」


「へぇ……その犯人は捕まったの?」


「えぇ……確か、帝国で捕まったわ」



─────────────


「え~っと……この組み合わせは……『き』でこれがぁ……何だっけ!?その後ろは『う』だろぉ~?」


 頭を抱えるレッド。


 刑務作業を終え、軽く疲れを残したまま今はハルと字を読む訓練をレッドはしている。


 ハルはレッドの太股や腕にアザがあることを認識していた。しかし敢えて訊かなかった。何故ならここからが重要な局面だからだ。ハルは二段ベッドの上に視線を送った。そこにはメルが横になって身体を休めている。


 レッドは脳を振り絞るようにして考えている。その反動でうめき声をあげていた。すると二段ベッドの上から声が聞こえる。


「きぼう……」


 メルが二段ベッドの上で横になりながら呟いた。この時ハルは拳を握り締めガッツポーズをする。


 ──よし!!


「あぁ!!そうか『ぼ』だぁぁぁ!!」


 レッドが自分の記憶力の無さに絶望しているところ申し訳ないがハルは喜んだ。しかし今回は戻らない。前回ここで、メルが口をきいたことにより戻ってしまったからだ。


 そしてハルは初めてメルに話しかける。


「字が読めるの?」


 メルはレッドの持ってきた本『刑務所のリタ・ヘイワース』を読みながら返事をする。


「神様の教え方が上手いから覚えた」 


「神様?」


 ──え?この子そっち系?やっぱりヤバい奴か!!宇宙から聞こえてくる声、神の声が教えてくれる的な!?てかそんな奴を懐柔して、海の老人を撲滅しようとするなんて無理じゃね!?


 ハルがそう思っていると、メルは読んでいる本を横に起き、ハルを指差しながら呟いた。


「神様……」


「ん?僕?」


 ハルは自分の人差し指で己をさした。


「そう、神様」


「え?僕が神様?」


 ハルは混乱してきた。


「そう、貴方が僕を甦らせたんでしょ?」


 ハルの混乱がピークに達した。

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