第193話

~ハルが異世界召喚されてから11日目~


 ルナとエリンはシスティーナ宮殿の一室に案内され、事態の収拾がつくまでここで待機を命ぜられた。部屋には神ディータを象徴する彫像と絵画で彩られていた。


 ルナもエリンも深夜に起きた出来事を何回も説明した為にクタクタだった。しかしどんなに説明してもレオナルドの待遇は変わらなかった。彼は今も宮殿にある牢屋に入れられている。


 クタクタの身体に鞭を打ち、ルナはチェルザーレ枢機卿と話をする機会にすべてをかけていた。なんとしてもレオナルド・ブラッドベルの処刑を取り消さなければならない。そして、今チェルザーレ枢機卿がいる部屋の前にいる。扉を固く閉ざしている護衛シーモアが扉を叩いて、訪問者の来訪を知らせる。少しして従者が顔を覗かせた。


「どうぞこちらへ、猊下がお待ちです」


 ルナは後ろについてるエリンを見つめ、これからの勝負に幸運が訪れることを心の中で祈り合う。


 ルナが部屋に入り、それに続いて侍女としてエリンも入室しようとしたが、冴えない従者に遮られる。


「ここから先はルナ・エクステリア様のみ通ることを許されております。侍女の方は私とあちらの部屋でお待ち頂けますか?」


 エリンはそれでも無理矢理部屋に押し入ろうとしたが、ルナが目で"私は大丈夫"と伝えてきた為、その場にとどまった。そしてエリンは従者ポドリックに言った。


「部屋の前で待ってます」


「そうですか……」


 ポドリックは残念そうな声で言う。


 ルナは部屋に入り、奥まで歩いた。その部屋は真っ赤な壁と真っ赤な絨毯が敷き詰められ、その壁に目一杯の絵画が飾られている。天井にも絵が描いてあった。絵画の一つ一つも赤を基調としている為に部屋全体が紅に染められているようだった。


「どうぞこちらへお座りください」


 チェルザーレ枢機卿の優しげな声が聞こえた。ルナは我に帰り、大きな声で懇願した。


「お願いです!ブラッドベル様の処刑を取り消してください!!私達は無実です!いきなりゲーガン司祭に襲われたんです!!」


「でしょうね……」


「でも!本当なんで…す?」


 ルナは自分が予想していた言葉と真逆の言葉がチェルザーレの口から発せられたことに理解が追い付かなかった。


「貴方達の言い分は真実だと思っています」


 この人は何を言っているんだとルナは訝しむ。


「で、でしたらどうして処刑を!!?」


「私が未熟だからです……さぁまずはそこにお座りください。話はそれからです」


 ルナは不思議に思いながらも背もたれが角ばった椅子に腰掛けた。


「まず何からお話すればよいか……まずは同じ聖職者として謝罪させてください。本当に申し訳ありませんでした」


 いきなり頭を下げてきたチェルザーレに驚くルナは、謝罪された訳をうかがう。


「ゲーガン司祭の行動には今まで頭を悩まされていたのです。それは私が首席枢機卿になる前からの話です。ロドリーゴ枢機卿はゲーガン司祭の行いに対して咎め、悔い改める機会を与えたのです。私自身、ゲーガン司祭はすっかり心を入れ替え、神の赦しを与えられたと考えておりました。そのため今回の責任者にすげたのですが……全く裏目にでてしまいました……」


 ルナは訳を聞き驚いた。希望も見えてきた。


「それならブラッドベル様の処遇を……」


「それはできません……」


「何故ですか!?」


 チェルザーレは躊躇ったが、観念したように伏し目がちで口をひらく。


「私はまだ首席枢機卿になってから日が浅く、民や他の枢機卿達をまとめきれておりません。私がロドリーゴ枢機卿らを暗殺したと言う者も出てくる始末……それだけならまだしも帝国が声をかけてきたのです」


「帝国?」


 ルナは思いがけない事ばかり耳にして混乱している。


「国が混乱している最中、ここぞというときに帝国が私を脅してきたのです……同盟を結びフルートベール王国を滅ぼすと……」


「そんな!」


「もちろん、初めは断り、帝国との国境付近の護りを強化しましたが、そもそもロドリーゴ枢機卿らを暗殺したのは彼等だと言うのです……それはつまり、我々の命を奪うのは簡単だということです。そしてこうも言ってきました……同盟を断れば第二のドレスウェル王国になるだろうと」


 ルナはドレスウェル王国侵略の際に帝国がした所業を思い出す。


「この言葉で私は自分の弱さを痛感しました。それに今回の件、暗殺事件が起きた矢先に他国の者が街の心の支えである司祭を殺害したのです。そこにどんな理由があれ憤る者達があとをたちません。殺害したブラッドベル殿を釈放してしまってはこの国は混乱に次ぐ混乱により内側から崩れ去ってしまうでしょう」


 ルナはチェルザーレの言っていることは理解できた。しかし、理性が追い付かない。


「…ッしかし!それではブラッドベル様に汚名が!」


「彼の部下が夜明けにかけて聖王国からフルートベールへ向かったと情報があります。おそらくブラッドベル殿の命令で真実をフルートベールに知らせるための伝令でしょう。国境でその者を捕らえることもできましたが……それが私にできるせめてもの償いです……どうか理解してください!」


 ルナは自分と年齢がそうかわらないチェルザーレを見て言った。


「…最後に一つだけ……何故私の保護を?」


「……貴方の命を守りたかったのです。帝国と戦争になれば貴方は戦場へ赴く。貴方は自分が思っているよりも多くの者に命を狙われているのです」


「そんな!それだけの為に?」


「貴方を暗殺、或いは拉致しようとしている者達がおります」


 ルナは初めて聞くことばかりだ。


「わ、私は今も生きております。自由に暮らしてます。そんな計画は……嘘です!」


「貴方の運が良かっただけなのかもしれません。もしくは優しい誰かが貴方の知らない所で戦ってくれていたのかも……」


 チェルザーレは最後の言葉だけ含みを持たせて言った。ルナの反応を見ているのだ。


「しかし、もう心配には及びません。この国が、私が貴方をお守りします」


───────────


 どのくらいの時がたったのだろうか。ルナが扉の向こう側へ入ってからというものエリンは、その扉の前で仁王立ちしている青年の前で同じく仁王立ちしていた。


 視線を逸らさない2人。エリンは思った。


 ──コイツ…強い……


 しばらく見つめあった後、エリンは口を開く。


「あんたの名前は?」


 青年は答えた。


「…シーモア。お前は?」


「エリン」


「口の聞き方を知らない侍女だ」


 本来、侍女と偽っているエリンが本名を言ってしまうのはよくないことだ。しかし、エリンはお構い無しだ。


「あんたも人のこと言えない……喋れないのかと思ったじゃない」


「無駄話は好かない」


「あーしとの話は無駄じゃないの?」


「お前は戦士だ。下らん詮索は戦いを汚す。それをお前は知っている。私の名前を聞いたのは単に戦ってみたいからだ」


 身長の高いシーモアはエリンを見おろしながら言った。


「あんたはどうなの?あーしと戦ってみたい?」


 シーモアが返事をする前に彼が守っている扉が開いた。中からルナが出てくる。ルナの後ろからチェルザーレが言った。


「ポドリック。このお方を部屋までお連れしろ」


 別の部屋で待機していたポドリックはヒョコと顔を見せた。ルナ達を連れて歩いた。エリンは後ろにいるシーモアとギリギリまで目を合わせ、お互いの間合いから離れるとルナの背中を追うことに専念した。


 案内され部屋に戻ると、オレンジ色の長い髪の上に黒いリボンをした女の子が椅子にちょこんと座っていた。


 ルナとエリンは部屋を間違えたと思い外へ出ようとするが、女の子がそれを止めた。


「ちょっと!!まずレディーに挨拶するのが礼儀ってもんでしょ!?」


 ルナとエリンは思った。


((レディーって何??))

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