第164話

 二人の魔法少女が見たこともない魔法、古の第八階級魔法を唱えていた。そしてその二つの魔法が合わさることにより、第十階級魔法へと変化していく。


 ──疾風…迅雷


 身動きがとれないなか平田はその魔法の名前を心の中で呟いた。自分が召喚した魔族はそれを少しの間受け止めていたが、消えてなくなった。何故それがわかったのか。それは身体が動くようになったからだ。


 再び身体を動かす喜びを味わった平田だが、爆発に巻き込まれ飛ばされていく。その最中、暖かな魔力が平田を包んだ気がした。


 気を失い、目が覚めると地上だった。地面に伏していた平田は辺りを見回すと、そこは公園だった。


「なんとも……運が良い……」


 平田は自分が召喚したメフィストフェレスのおかげで、生身の身体を取り戻していた。またサイボーグ化するのを考えると面倒臭いが、生き延びた喜びを堪能する。


 平田は立ち上がろうとしたが、まだ身体が上手く動かず、もう少しだけここに伏したままでいようと考えた。


 ザッ


 公園に敷き詰められた人工芝を踏み締める音が聞こえる。誰かがやって来るようだ。平田は警戒したが、その者が姿を現したと同時にその警戒心を解いた。


 ──ふぅ……ただの高校生か……


 その高校生の少年は平田の方へと真っ直ぐ歩いてくる。平田は喉を振り絞り声をだした。


「君!助けてくれないか?」


 怪しまれるだろうが、長くここにはいられない。それに平田は運が良い。しかし、少年は平田の声が聞こえなかったのか、歩む速度はそのままに平田の方へ向かってくる。


「おい!!聞いているのか!?」


 少年は何かを握っている。よく見るとボロボロのステッキを握っていた。


「何故だ!?何故お前みたいな奴がそれを持っている!?それは私のだ!!」


 平田は伏したまま怒鳴った。


 ボロボロのステッキは微かに光を帯びていた。少年は平田の前で歩みを止めた。平田は少年を見上げた。少年はステッキの先端を平田に向ける。


「そ、そうだ!私に返すのだ!!」


 平田は手を伸ばし、そのステッキを握ろうとしたその時、少年南野ハルは魔法を唱えた。


「鬼火」


 黒い小さな炎が平田を焼き付くす。声をあげる間も無く平田は焼失した。南野ハルは溜め息をつくと呟いた。


「ウェルズ計画まであと3年……」



───────────



 歓声が聞こえる。


 その歓声は次第に小さくなった。


「On your marks」


 スタートラインに着くと、しゃがみ込み、白線に手が触れぬようにクラウチングスタートの構えをとる。


「ナツキ大丈夫かしら……」


 ユミコは観客席から声を漏らす。娘の活躍を見ようと意気込んでやってきたは良いものの、娘よりも緊張し始めるユミコにナツキの妹アオイは答えた。


「大丈夫でしょ?お姉ちゃんなら」

 

 アオイは叔母のキミコの写真を抱いている。ナツキの走る姿が見えるようにちゃんと写真の枠を押さえていた。


「ミライさんもそう思うでしょ?」


 アオイにふられてミライは自信ありげに答える。


「ええ、ナツキなら優勝できるわ」


「なんであんたが自信満々なわけ?」


 マユリがミライに突っ掛かる。


「ナツキのことならよく知ってるから」


「なによ!新参者が!!私達の方がナツキのことよく知ってるんだから!!ねぇシオリ?」


 シオリは黙ってナツキのスタートの入り方を観察していた。陸上部のマネージャーをやっていてわかるのはこの入り方で走者のリラックス度をある程度計ることができるのだ。


「Set」


 ナツキはお尻を上に持ち上げて、指先に上半身の体重を乗せ、合図を待つ。


パァン


 合図とともに紺野ナツキは走りだした。



 風を感じる。あれから魔法を使っていない。魔法で風を起こすことも出来るがもっと簡単な方法がある。それは走ることだ。前へ向かってただ走り抜ける。挫けて、止まってしまうこともある。もしそんな時があったら家族や友達のことを想う。彼等の声が私を何度でも立ち上がらせるのだ。



────────────


 内務省公安9課の戸草は内藤キミコの事件を報告し終わり、西新宿の街を歩いている。


 鳩の群れが戸草の前にたむろしているかと思えば、その鳩達は一斉に飛び立った。飛び立つ鳩の群を潜るようにしてある男が前からやってくる。戸草が内藤キミコの事件を奪う前に少しの間だけ現場検証をしていた刑事だ。


 ──名前は確か…菊池


「よお」


「まだ根に持っているのか?」


 気軽に挨拶してくる菊池に憎まれ口を叩く戸草。


「俺には沢山の知り合いがいるんだ。刑事課は勿論、鑑識や……交通部にもな」


 戸草は黙って菊池の言うことを聞いている。


「道路が陥没した事故があっただろ?それがあった次の日は大地震だ。妙なのは交通部のどの課に尋ねてもあの陥没事故修復の警備をしていないことだ。だけど現場には何人か警察官の制服を着た奴等がいた」


 戸草の目付きが鋭くなる。


「ありゃお前たち公安だろ?何を隠してる?」


 戸草は息を吐き、身体から力を抜いた。これは臨戦体勢に入る合図のようなものだった。


「あれは俺のいる9課じゃない6課だ。お前も知っている通り公安のそれぞれの課は独立している。俺も6課がそこで何をしていたかは知らない」


 戸草は止めていた歩みを再び進めた。そして、菊池の横を通り過ぎた。菊池は振り返り、口を開く。


「南野ハル」


 戸草は足を止めた。


「ありゃなにもんだ?何故2人いる!?クローンか?それとも別次元からきた奴か?」


 戸草は菊池の質問に質問で返した。


「接触したのか?」


「14歳の方は只のガキだ!だが17歳のヤツは違う」


 内藤キミコの家でパソコンの画面に映っていた者達を菊池は秘密裏に調査していた。公安の戸草が来る前に画面を別物にしていたのだ。


 菊池は遠くから17歳の南野ハルを軍用の双眼鏡で覗き見た記憶を呼び覚ます。14歳と同様、世の中にさめたガキかと思ったが、双眼鏡越しで南野ハルと目があった。菊池は敏腕刑事として名高いが、それは数々の修羅場を潜り抜けたからだ。刃物や銃を構える被疑者、容疑者。時には拳を交えて逮捕までこぎ着けた。そんな菊池が、かつてないほどあの南野ハルに怯えたのだ。


「彼を知る者は俺と局長の2人だけだ」


「じゃあ俺で3人になった。良かったな秘密を共有できる奴が増えて」


 菊池は事件を奪った戸草に対して仕返しができたと少しだけ喜んだ。


「どうやって彼に辿り着いたか知らないがお前には関係のないことだ」


「お前は奴と会ったのか?」


 首を横にふる戸草。それを見た菊池は一笑にふした。


「俺はもう奴に顔を知られている……俺の言いたいことがわかるか?」


「……まさか」


「そうそのまさか。俺がアイツと接触する」


「……」


「だからアイツのことを教えろ!!」

 

 戸草はすれ違った菊池に近寄り、肩に手を置いて述べた。


「いずれお前に召集をかける。だからそれまでは奴と接触するな」


「じゃあアイツが何者か教えろ」


 戸草と菊池はお互い眼を合わせ、暫し沈黙が続いた。戸草は眼を逸らした。これは戸草の敗北を意味している。


「ジョン・ミルトンの『失楽園』を知っているか?」


「は?あのサタンに唆されたイブがアダムと伴に楽園を去るっていう」


「彼はサタンだ」


「は!?悪魔って言いたいのかよ!?」


「半分正解だ……ミルトンについてもっと調べてみろ。俺から言えるのはこれだけだ」


 戸草は菊池のもとから去った。

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