聖王国編
第165話
~ハルが異世界召喚されてから1日目~
〈獣人国〉
一歩一歩馬が蹄を乾いた大地にうずめる度に土煙があがる。そんな荒れ地に負傷した兵を休ませる簡易テントがたてられていた。その周囲に獣人達が押し寄せている。馬に乗ってやってきたサリエリを多くの獣人族が一目見ようと取り囲んでいた。
「ええい!モツアルト様は負傷者を癒しにきたのだぞ!お前らが邪魔をしてどうする!」
大柄な熊のような獣人バーンズが群がる者達を両手で払うようにしながら進む。
「どけどけ!どくんだ!」
もう一人の大柄なトラのような獣人ルースベルトも同じような動きをしてみせた。しかし、帝国四騎士の1人サリエリ・アントニオーニ、ここではモツアルトが仮初めの部下達を諌める。
「よいよい。お前達、あまり邪険にしてはならぬぞ?」
「し、しかし!」
「やはりモツアルト様は素晴らしいお方です...」
ゆっくりと負傷者のもとへ行くサリエリは第一階級の聖属性魔法を唱えた。裂傷がみるみるうちに塞がっていく。
「「おおお!」」
「「奇跡だ!」」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
奇跡の力を前にして獣人達はサリエリにひざまずいた。
そこに一筋の矢が射られ獣人国の暗殺部隊がサリエリの命を奪おうとしたが、反乱軍の幹部、バーンズとルースベルトになんなく制圧されてしまった。
サリエリは組み伏せられている暗殺部隊にはまるで興味を示さず、2人に尋ねる。
「それより、ヂートはどこにおる?」
「はい、奴はサバナ平原にて我々の軍の指揮、そして自ら戦力となり明日の総攻撃に向けてある程度、敵戦力を削っております」
ルースベルトが暗殺者の腕を握り締め、押さえる力を強めながら答えた。それに伴って暗殺者は苦痛に顔を歪め、呻き声を漏らした。
「ふむ...」
サリエリは、少し考え込んでから口にする。
「バーンズ…ヂートの所に行ってワシの元に一旦下がるように伝えてくれぬか?」
明日、獣人国に総攻撃を仕掛ける。ヂートのことだからある程度、戦力を削るなんて器用なことは出来ないとサリエリは考えたようだ。
──明日の総攻撃。こんな辺境の地でこんな姑息なことをしていたのだ。2年間も。
他国への情報の漏洩を抑えるため、獣人国側にも密偵も忍ばせている。
準備万端とサリエリが意気込んでいると、話題にあがっていたヂートが、タイミングよくサリエリの元へやって来た。
サリエリは労をねぎらう。
「今、お前を呼ぼうと思っていたところじゃった。どうした?うつむいて?」
いつもひょうきんな態度をとるヂートが珍しく黙ったままだ。
サリエリの問い掛けにヂートは少し黙ってから、口を開く。
「モツアルト様!!モツアルト様は帝国の回し者じゃぁないですよね?」
「っ!!?」
表情には出さないまでも、内心では心臓が飛び出るほど驚いていた。
「何を言っている!?」
「バカなことを言うな!!」
バーンズとルースベルトがすかさずヂートを叱責する。
2人の援護のお陰でサリエリは冷静さを装う時間を稼ぐことができた。
「フォッフォッフォッそんなわけなかろう?して、お主は何故そう思ったのじゃ?」
──えぇぇぇぇぇバレとる!!!どうして?……いや、もう明日が最終決戦なのだから今更なんと言われようが問題ないか……
サリエリは笑い飛ばす振りをした。そしてヂートの語る言葉に聞き入った。
「サバナでの戦闘中に味方の何人かが話してたんです。あの辺り一帯にそういう噂が立ち始めてました。モツアルト様は帝国四騎士の1人のサリエリ・アントニオーニだと」
サリエリは笑い飛ばし、ヂートに背を向け考え込んだ。
──名前まで……むぅ~不味いのぉ……
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「マキャベリーよ、些か不味いことになったぞ?」
サリエリは本拠地へ戻りマキャベリーに連絡をとった。
『なんでしょうか?』
水晶玉から声が聞こえる。
「芝居をせんでもいい。もう知っておるのだろ?」
サリエリの予想通り、マキャベリーはすでに獣人国側の密偵からこの噂について聞いていた。
『はい。一体どのようにしてそのような噂が?』
「それがわからんのじゃ、既に噂として広まっておった」
『私もそのように聞きました。噂というものは広がるのにある程度月日を要します。現在考えられるのは……』
「第二階級闇属性魔法ヒプノシス……」
『そうです。もしくは……いえ、何者かが暗躍していると私は考えています』
マキャベリーは何か言おうとしたが止めた。
「じゃが昨日、今日でヒプノシスを唱えたとなると、この噂が広まった状況的に考えて、何十人単位の者がこの獣人国に潜入したことにならんか?」
闇属性魔法ヒプノシスは単体に催眠術をかけ、意のままに行動させる恐ろしい魔法だが、誰かを攻撃させるような命令はできない。しかし噂程度なら造作もない。
『……はい。今のところそんな情報は入っておりません。明日の総攻撃は十分に注意をしてください。場合によっては明日、獣人国をおとせなくても構いません』
サリエリは了承した。水晶玉の光が失われていく。
マキャベリーも輝きを徐々に失っていく水晶玉を見つめながら眉をひそめた。
──良い手ですね……何者かの暗躍をちらつかせることにより、こちらの攻撃を遅れさせる。遅れれば遅れるほど噂は広まる……
それにもし帝国が本当に関与していなくても、隣国には帝国の信を落とす利益がある。
──あの組織はこんなことはしないはず……
おそらくヴァレリー法国かフルートベール王国、大穴で商国がこの件に関わっている。
マキャベリーはこの情況を楽しむかのように次の手を考えた。
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ハルは第四階級闇属性魔法フェイスフルを唱えていた。ヒプノシスだと効果は単体のみであり、持続時間も短いが、フェイスフルならば多くの者を何時間も催眠状態……というよりも洗脳することができる。仮にフェイスフルをかけられた者が捕まったとしても、この魔法について疑われる可能性は低い。もう100人ほどの反乱軍兵士にフェイスフルをかけて帝国が獣人国のクーデターを煽動し、企てている噂を広めさせていた。
ハルはフェルディナンと別れてから、既に幾度も戻り、獣人国に於いての最適解を見付けていた。戻ってしまう主な理由は魔法学校の友達と語らい、共に授業を受けるだけで喜びを実感でき、鐘の音が鳴り響く。あれから幾つも魔法を覚え、帝国の攻撃を如何にして防ぐかを考え、戻りながら試行錯誤を繰り返してきた。自分の関わってきた大切な人達を守るために。
「よし、王国へ戻ろう」
「戻るのぉ?」
フィルビーが疑問を呈する。ハルはフィルビーの頭を撫でて言った。
「フィルビーのお兄ちゃんは明日助ける。それまで生きてるってことは知っているからね」
不安がるフィルビーを他所にハルは考えた。
ダルトンを直ぐに助けても良いが、ダルトンが経験したステータスの上昇は、ハルが経験した限界突破と同じようなモノだ。
同じようなモノと言ったのは、ハルが体験した限界突破は単なるレベル上限が上がったモノだが、ダルトンの起こしたそれは、ステータス数値を根本から変える何かだった。
──きっとこの世界にはまだ秘密がある。
ダルトンは苦しむだろうが、ハルも経験したように、あの出来事は苦しいが今後の人生に於いてとても大切なことであると今なら思える。
その機会をハルには潰すことなどできなかった。
恒星テラが沈み、衛星のヘレネの姿が少しずつくっきりとし始める。
ハルはフィルビーと一緒にフルートベール王国の路地裏についた。テクスチャーでステータスを偽装してから、ルナが来るのを待つ。
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